ポリフェノールは寿命を延ばすか?
- カテゴリ:スポーツ生理学
- 2010.07.30
以前、いくつかの新聞に「ワインポリフェノールが細胞の寿命を延ばす」という小さな記事が掲載さ
れたのを覚えていらっしゃる方も多いかと思います。
このコラムでもすでにご紹介した通り、ポリフェノールというと、活性酸素を除去する抗酸化作用で
有名ですが、最近の研究から、いくつかのポリフェノールが寿命をコントロールする分子的な仕組
みそのものにはたらき、寿命を延ばす可能性があることがわかってきました。
食物摂取量を減らすと寿命が延びる
寿命を延ばす方策については、酵母菌からマウスまで、幅広い生物を対象として多くの研究がな
されてきました。
その結果、すべての生物に共通して効果のある方策は唯一、食物摂取量(エネルギー摂取量)を
減らすことであると結論づけられています。
当初、この効果は、エネルギー代謝の低下により酸素摂取量が減り、そのために活性酸素種に
よるダメージが軽減されるためであろうと想像されていました。
ところが、これが「エネルギー不足」という、ある種のストレスに対する防御反応であり、
より過酷な状況で生き延びるための仕組みに基づいているという考え方が強くなってきました。
この仕組みで中心的な役割を果たすのが、以下に述べるSir という遺伝子と、その遺伝子がつ
くる「シルツイン」(sirtuin)というタンパク質です。
長寿タンパク質と長寿遺伝子
シルツイン(以後 Sir と略す;斜体のSir はその遺伝子をさす)は酵母菌からヒトにまで広く存在
する、共通性の高い一連のタンパク質群で、酵母菌では Sir2、線虫では Sir-2.1、ヒトでは SIRT1
と呼ばれます。
これらはすべて、デアセチラーゼという酵素としてはたらきます。
酵母菌では、エネルギー不足状態にすると菌の寿命が延びるとともに、このSir の酵素活性が上
昇します。
さらに、酵母菌や線虫に Sir 遺伝子を外から導入し、Sir を人為的に多量に作らせるようにすると、
いずれも寿命が延びることが報告されています。
したがって、Sir はまさに「長寿タンパク質」、その遺伝子 Sir は「長寿遺伝子」ということにな
ります。
Sir の細胞内でのはたらきは完全に解明されてはいませんが、遺伝子DNAのパッキングを密にし、
安定化するものと考えられています。
Sirの活性調節
エネルギー不足によって Sir の活性が上昇するメカニズムのひとつは、有酸素性代謝活性の低
下であろうと考えられています。
糖や脂質が有酸素性代謝で分解されるときには、エネルギーの運搬役として NAD という物質が
はたらきます。
糖や脂質が分解されるときに、このNAD が還元されて NADH となり、最終的にNADH の H+ が
ATPをつくる原動力となります。
Sir は NAD によって強く活性化され、NAD/NADH 比が低下するとその活性も低下します。
エネルギーが不足すると、NADH生産が低下し、NAD が余剰になってきますので、Sir が活性化
されるのだろうと考えられています。
しかし、ヒトのような高等動物の場合には、代謝低下を引き起こすほどのカロリー制限は、日常的
な活力を低下させたり、他のさまざまなストレスを誘発したりするため、かえって健康状態を悪化
させる可能性の方が高いといえるでしょう。
そこで、カロリー摂取を抑えなくとも、Sir を直接活性化する物質を見つけ、これを摂取しようという
ことになります。
古来人間が探し求めてきた「不老長寿」の妙薬ともいえるものです。
Sir を活性化するポリフェノール
Howitz ら(2003)は、ある種のポリフェノールに、Sir を直接活性化し、エネルギー不足を伴わず
に寿命を延ばす効果があることを発見し、科学誌「ネイチャー」に報告しました。
ポリフェノールは、植物によってつくられる中間代謝物の総称で、フェノール環(「亀の子」)がいく
つも連なった構造をしています。
構造の違いによって、フラボン、カテキン、タンニン、アントシアニジンなど、多種多数のものがあり
ます。
この中で Sir を強く活性化するのは、フェノール環が2〜3個連なった小さな物質で、特に「レスベ
ラトロール」(resveratrol)という、赤ワインに多く含まれる物質の効果が最大です。
酵母菌にこの物質を与えると、通常の栄養条件のもとで、その寿命が70%も延びます。
さらにこの物質は、ヒトのSir(SIRT1)を強く活性化することも示されました。
赤ワインがヒトの寿命を延ばす可能性が示唆されたといえますが、むずかしいのはその量です。
少量のレスベラトロールはSIRT1を強く活性化しますが、量が多くなるとその効果はかえって低減
してしまいます。
すなわち、「飲み過ぎは効果がない」ことになります。
運動と寿命の関係
一方、運動と寿命の関係はどうでしょうか?
運動は「エネルギー需要」を増しますので、一過的には「エネルギー不足」の状態と同様に
NAD/NADH 比を上げ、Sir を活性化すると考えられます。
しかし逆に、激しいエアロビックトレーニングを行うと、トレーニング効果として有酸素性代謝機能
が向上しますので、安静時での NAD/NADH比が低下し、Sir が不活性化されてしまうかもしれません。
このあたりをはっきりすることは、今後の研究課題といえるでしょう。
石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース162号(2003年12月発行)より転載
