Kentai BLOG

老化物質"AGE"を増やさない運動と栄養: ダイエットの影響⑥

栄養面での対策は?
こうしたAGE生成を防ぐ手だてはいくつか考えられます。
まず、十分なタンパク質を摂取することで、クエン酸サイクルを回すエネルギー基質を確保すると
ともに、筋肉量の減少を防ぐことが可能でしょう。
2つめは、クエン酸の摂取です。クエン酸はミトコンドリア内のクエン酸サイクルに直接入り、最終
的にオキザロ酢酸を増やす効果があります。
実際、糖尿病ラットにクエン酸を与えるとことで、ケトン体とAGEがともに減少することが示されて
います(Nagai ら、2010)。
3つ目は、抗酸化物を摂取し、活性酸素が関与するAGE生成の最終段階をブロックすることです。
ただし、カテキンやタンニンなどの抗酸化フラボノイドは、適量であればAGE生成を抑えるものの、
過剰になると逆にAGE生成を促進するので要注意です(Fujiwaraら、2011)。
次回(Kentaiニュース199号)は、「筋力トレーニングはAGEを増やす?」というお話しをいたします。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース198号(2012年1月発行)より転載

老化物質"AGE"を増やさない運動と栄養: ダイエットの影響⑤

極端な低糖質ダイエットはAGEを増やす?
極端に糖質を制限するダイエットを行うと、上記の糖尿病の場合と同様のことが起こる可能性が
あります。
糖質が不足する分、脂質代謝への依存度が上がります。
しかし、脂肪酸を充分に代謝するためには、クエン酸サイクルをよく回す必要があり、それには、
解糖系からクエン酸サイクルへとつながる「有酸素的解糖」によってオキザロ酢酸を供給するという、
「ブースター」が必要になります。
つまり、極度に糖質が不足すると、クエン酸サイクルも回りにくくなり、糖尿病の場合と同様に
ケトン体が増加します。
低糖質では血糖そのものは増加しませんが、ケトン体によるAGE生成は進んでしまうことになります。
糖質が不足しても、解糖系からクエン酸サイクルへとつながる代謝系を進めることはできますが、
タンパク質が分解されてできるアミノ酸がエネルギー基質として必要になります。
したがって、極端な低糖質ダイエットには、AGE生成による老化を助長したり、筋肉量を激減させ
たりする恐れがあると考えておくべきでしょう。(⑥へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース198号(2012年1月発行)より転載

老化物質"AGE"を増やさない運動と栄養: ダイエットの影響④

ケトン体がAGE生成を引き起こす
永井准教授の講演で興味深かった点のひとつが、「ケトン体によるAGE生成」です。
ケトン体は、脂肪酸の「β酸化」という代謝過程でつくられる中間代謝物で、アセトンやメチルグリ
オキサールなどがあります。
これらが、グルコースによる糖化を経ることなく、タンパク質のAGE化を引き起こすことがわかりま
した(Nagaiら、2010)。
糖尿病では、糖の代謝が低下するため、脂質代謝が亢進します。
脂質代謝では、体脂肪に蓄えられたトリグリセリドが脂肪酸とグリセロールに分解され、脂肪酸は
筋肉などでβ酸化されてアセチルCoAという物質になりクエン酸サイクル(TCAサイクル)に入ります。
クエン酸サイクルは「サイクル状」の反応系で、その「入り口」は、サイクルを1周してできるオキザ
ロ酢酸とアセチルCoAが結合してクエン酸をつくるという反応です。
したがって、サイクルの回転に比べて過剰の脂肪酸が供給されると、この「入り口」のところで
オキザロ酢酸の供給が不足し「渋滞」が起こります。
結果的にβ酸化の過程にも渋滞が波及し、多量のケトン体がつくられることになります。
実際、糖尿病では血中ケトン体濃度の上昇が見られ、グルコースとケトン体の両方よってAGE生
成がさらに進行してしまいます。(⑤へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース198号(2012年1月発行)より転載

老化物質"AGE"を増やさない運動と栄養: ダイエットの影響③

AGEは病気や老化の原因になる
AGE化されたアミノ酸(CMLやCEL)をもつタンパク質を「AGE化タンパク質」と呼びます。
よく知られるAGE化タンパク質に、ヘモグロビンA1cやAGE化コラーゲンがあります。
生体内でタンパク質がAGE化すると、その機能が低下したり、過剰な炎症反応を引き起こしたり
します。
糖尿病では、長期的な血中グルコースの増加によって、ヘモグロビンA1cが増加するとともに、
さまざまな血漿タンパク質や血管壁のコラーゲンがAGE化し、動脈硬化に至ります。
また、加齢に伴うAGEの蓄積は、皮膚の「しわ」や「しみ」などの老化現象の原因となるほか、
アルツハイマー病などの発症にも関連します。(④へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース198号(2012年1月発行)より転載

老化物質"AGE"を増やさない運動と栄養: ダイエットの影響②

AGEとは何か
AGEは"Advanced Glycation Endproduct"の略で、日本語では「終末糖化産物」といいます。
グルコースなどの糖をタンパク質と混ぜ、長時間放置したり加熱したりすると、タンパク質中のアミ
ノ酸に結合します(糖化)。
その後、「アマドリ転移」と呼ばれる反応、活性酸素による酸化、さらに脱水、縮合などの複雑な
反応が進行し、最終的にAGEがつくられます。
代表的なAGEに、カルボキシメチルリジン(CML)やカルボキシエチルリジン(CEL)などがあります。
この反応は、発見者の名から「メイラード反応」と呼ばれます。
食品の加熱調理で起こり、カステラなどが「こんがりきつね色」に焼けるのは、メイラード反応によって
生じるAGEが褐色を帯びているためです。(③へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース198号(2012年1月発行)より転載

老化物質"AGE"を増やさない運動と栄養: ダイエットの影響①

昨年の11月24日に、「機能性食品セミナー」という会合で講演をする機会がありました。
この中で、日本女子大の永井竜児准教授による「終末糖化産物(AGE)」についての講演を聴くこと
ができましたが、その内容がとても興味深いものでした。
近年の研究から、"AGE"は老化(AGING)の有力な原因物質のひとつと考えられています。
そこで今回と次回の2回にわたり、AGEと運動や栄養との関連性について考えてみたいと思い
ます。(②へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース198号(2012年1月発行)より転載

上半身を鍛えることの健康効果⑥

パッシブ・セーフティーとしての筋力
老若男女を問わず、「転びそうになる」ことは多々ありますし、転んでしまうことだってあります。
大事に至らないためには、「転倒を未然に防ぐ足腰体幹筋力」と、「転んでしまったときに大怪我を
防ぐ上半身の筋力」の両者が必要です。
これらはそれぞれ、「アクティブ・セーフティー」と、「パッシブ・セーフティー」と呼べるでしょう。
今後は、中高年のトレーニング種目として、ベンチプレスやプッシュアップなども推奨して行く
つもりです。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース197号(2011年11月発行)より転載

上半身を鍛えることの健康効果⑤

横転び」による大腿骨骨折を防ぐ
一方、「横転び」の場合には、股関節の外側を強打し、骨盤や大腿骨頸部の骨折を引き起こす可能
性が生じます。
横転びでの股関節外側への衝撃力については、Weerdesteynら(2008)が、若齢者を対象として測
定しており、マーシャルアーツの「受け身」動作を行うことによって衝撃力を低減できることを示して
います。
この受け身動作では、倒れる直前に上半身を同方向に預けるようにすることで、骨盤から上肢にか
けての広い部分で接地することになり、力が分散されるようです。
このような転び方は一種の技術といえますが、実際には肩から上肢にかけての筋力が伴っていない
と、上半身を「預ける」ようにして転ぶのはむずかしいでしょう。(⑥へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース197号(2011年11月発行)より転載

上半身を鍛えることの健康効果④

上肢による衝撃吸収能力が重要
DeGroedeらは別の研究で、若い被験者を対象とし、前転びを腕で止めたときの床反力を直接
測定しています(DeGoede and Ashton-Miller, 2003)。
その結果、上腕三頭筋と大胸筋を上手に使って「柔らかく」接地した場合、そうでない場合に比べて、
ピークの力が2/3程度まで低減すると報告しています。
こうした研究に基づき、Sran ら(2010)は、若齢女性と高齢女性(それぞれ20名)にさまざまな速度で
「斜め腕立て」を行わせ、エキセントリック動作時(肘を曲げていき、止まるまで)の反力から、
筋によるエネルギー吸収量を計算しました。
その結果、筋によるエネルギー吸収能力が、高齢女性では若齢女性の半分程度まで低下している
ことが示されました。
これらの研究から、上肢と肩の筋力を用いた「ブレーキ能力」も、加齢に伴って著しく低下し、
転倒時の衝撃を上手く吸収できなくなってしまうことが示唆されます。(⑤へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース197号(2011年11月発行)より転載

上半身を鍛えることの健康効果③

転倒の3パターン
「転倒」と一口に言っても、さまざまな転び方があり、大きく分けると「前転び」(前方への転倒)、
「横転び」、「後ろ転び」の3パターンになります。
DeGeodeら(2003)は、高齢者の転倒事例のうち、男女とも約60%が「前転び」で、「横転び」と
「後ろ転び」がそれぞれ約20%ずつであると報告しています。
それに伴う外傷として、上腕骨の骨折と、大腿骨の骨折がそれぞれ同じくらいの頻度で発生し、
首・体幹部の骨折と続きます。
転んだときに、最初に衝撃を受け止める部位としては、手または上腕が40〜50%と最も多く、
臀部が約20%、頭部が男性で約10%、女性で約20%となっています。
これらのことから、高齢者の転倒では「前転び」が圧倒的に多く、「上腕と肩でいかに上手に衝撃を
吸収できるか」ということが最終的な危険回避の点で重要なことがわかります。
同時に、そのような場合に、容易に骨折しない上腕骨をつくっておくことも重要となるでしょう。
(④へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース197号(2011年11月発行)より転載

上半身を鍛えることの健康効果②

高齢者の転倒とロコモ
現在、高齢の方が要介護になる原因の第1位は脳卒中(29%)ですが、第4位に転倒・骨折があり、
その割合は約11%、数では年間約12万人に上るとされています。
転倒に関連する要因にはさまざまなものがありますが、アメリカ老年学会(2001)の調査によれば、
最も影響の強い要因が筋力低下で、バランス障害、関節炎などが続きます。
こうした流れを受けて、2007年に、「ロコモティブ・シンドローム」(通称「ロコモ」)という病名が提唱
されました。
日本語では「運動器症候群」といい、「筋、骨、関節などの運動器の障害や機能低下により、
要介護となるリスクの高まった状態」と定義されます。
したがって、介護予防のためには、これらの運動器の機能を、なるべく早いうちから維持・向上する
ことが重要です。
しかしこの場合でも、中心となるのは、「足腰体幹」で、上半身の筋力はあまり関係ないように見受け
られます。
実は、上半身の筋力は、「転んでしまった」ときに威力を発揮します。(③へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース197号(2011年11月発行)より転載

上半身を鍛えることの健康効果①

これまで何度か、「筋肉を鍛えることが健康にとっていかに重要か」ということをお話ししてきました。
特に、大腿前面(大腿四頭筋)、殿筋群、腹筋群、下背筋群などの筋肉は、加齢よる萎縮が著しい上、
日常生活動作において重要なはたらきをするため、「健康長寿のためには、足腰体幹を鍛えましょう」
と主張してきたと思います。
一方、足腰体幹のトレーニングは概して、「地味で単調できつい」というのも正直なところです。
上半身のトレーニングの方が、多様で面白く、また目に見えて効果も出やすいでしょう。
実際、「筋トレ」というと、胸、肩、上腕などの種目が連想されると思います。
反面、これらの筋は、下肢筋と比べて加齢による萎縮の程度が低く、また「立つ」、「歩く」などの
日常生活動作にも直接関連しないことから、健康との関連で語られることはありませんでした。
そこで、これらの筋肉を鍛えることが健康面でどのようなプラス効果をもたらすかについて、
まず介護予防の観点から考えてみたいと思います。(②へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース197号(2011年11月発行)より転載

バーベルを下ろす速度は速い方がよいか遅い方がよいか?⑤

上げるのも下ろすのもゆっくりの方がよい
 ラットの筋を無理矢理伸張するのと、バーベルなどをコントロールしながら下ろすというのでは、
勿論状況が異なります。
しかし、筋の中で力を発揮している筋線維に着目して見れば、比較的ゆとりのある伸張性張力を
発揮しながら徐々に引き伸ばされるか、あるいは過大な伸張性張力を発揮しながらすばやく引き
伸ばされるかという点で、状況は類似しています。
したがって、スロートレーニングで大きな効果を上げるためには、単にゆっくりと負荷を上げるだけ
でなく、負荷を下ろすときにもゆっくりと行った方がよいと考えられます。
ただし、極度にゆっくりと負荷を上げ下げするという動作はやりにくいものです。
したがって、実際のトレーニングでは、4秒:4秒、5秒:5秒など、動作のしやすいスピードとリズムを
用いるとよいでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース196号(2011年7月発行)より転載

バーベルを下ろす速度は速い方がよいか遅い方がよいか?④

筋の伸張速度とタンパク質の合成
 一方、負荷を下ろすスピードについてはどうでしょうか。
残念ながらヒトを対象とした研究をまだ行っていませんが、ラットを用いた研究から類推してみま
しょう。
私たちのグループでは、ラットの下腿筋を電気刺激し収縮させた状態で、モーターを使って強制
的に伸張するというトレーニングモデルを用いて実験を行っています。
ここで、速い速度で伸張する条件(F条件)、ゆっくり伸張する条件(S条件)という2条件で比較をし
たところ、きわめて興味深い結果が得られました。
F条件では、トレーニング刺激後の筋力低下が著しく、その回復も遅く、筋線維内ではタンパク質
分解を引き起こすシグナルが増強していました。
一方、S条件では、トレーニング刺激後の筋力低下はそれほど大きくなく、回復も早く起こり、筋線
維内ではタンパク質合成を促すシグナルが増強していました(Ochi ら、2010)。
2日に1回という頻度で繰り返しトレーニングすると、F条件では徐々に筋線維が萎縮しましたが、
S条件では逆に、徐々に筋線維が肥大しました。
このように、伸張する速度によって、筋線維は相反する反応を示すことがわかりました。
(⑤へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース196号(2011年7月発行)より転載

バーベルを下ろす速度は速い方がよいか遅い方がよいか?③

ゆっくり負荷を上げるとホルモン分泌に効果がある
 このように、あえて負荷をゆっくりと上げるときには、動員する運動単位の数を少なくし(最大筋
力を下げ、相対負荷を高める)、ゆっくりと下ろすときには運動単位を多めに動員する、というよう
にします。
また、ゆっくり上げるときには、動員されている筋線維にとっては力発揮時間が長くなり、代謝的
な負荷も大きくなります。
一方、ゆっくり下ろすときには、動員されている筋線維にとっては、力発揮時間は長くなりますが、
力学的ストレスは小さくなります。
それぞれが、トレーニング効果の点でどのような意味があるかは不明です。
そこで、私たちのグループでは、50%1RMの負荷を用い、「上げる時間(秒):下ろす時間(秒)」
を、5:1、1:5、3:3にそれぞれ変えた場合の効果を調べました。
その結果、成長ホルモンやテストステロンの分泌量は(5:1)の場合に最も多く、続いて(1:5)、
(3:3)となりました(Gotoら、2009)。
少なくとも内分泌系を刺激する効果を得るためには、負荷を上げるスピードは遅い方がよさそう
です。(④へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース196号(2011年7月発行)より転載

バーベルを下ろす速度は速い方がよいか遅い方がよいか?②

負荷を下ろすときの筋力調節
 まず、負荷を上げ下げしているときに、筋がどのようにはたらいているかを理解しておく必要が
あります。
今、ある重さの負荷を一定速度で上げ下げしているとします。
一定速度ですから、加速度を生み出す外力は作用していない、すなわち、筋力と負荷は釣り
合っています。
上げるときも下ろすときも、筋が発揮している力は同じなのにもかかわらず、運動の方向だけが
逆転しているということです。
これは、上げるときと下ろすときで、活動させている筋線維の数(正確には運動単位の動員数)を
変えているからです。
例えば、負荷を上げるときに、100の運動単位を使うとします。
このときの最大筋力に対して負荷が軽ければ、負荷は上がります。
一方、このままでは負荷が下りてこないので、動員する運動単位を50に減らします。
これで負荷が最大筋力を上回れば、個々の筋線維は等尺性最大筋力を超える「伸張性筋力」を
発揮しながら伸張されます。
動作としては、筋でブレーキをかけながらゆっくりと負荷を下ろすことになります。
動員する運動単位をもっと少なくすれば、下ろす速度は速くなりますが、頑張っている小数の筋線
維にはより大きな負荷がかかります。(③へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース196号(2011年7月発行)より転載

バーベルを下ろす速度は速い方がよいか遅い方がよいか?①

5年ほど前に発表した「スロートレーニング」(正確には「筋発揮張力維持スロー法」)が、随分広く行
われるようになりました(Tanimotoら、2006)。
軽い負荷でも筋が肥大し、筋力が向上することから、要介護・要支援高齢者のリハビリテーション、
妊婦さんの筋力強化にも用いられるようになっています。
オリジナルのスロートレーニングでは、「筋の緊張を持続しながら負荷を上げ下げすること」が最も重
要で、それを満たすための用件として「ゆっくり動くこと」が必要であるとしています。
一方、負荷を上げ下ろしする速度そのものに、何らかの意味はないものでしょうか?
今回は、この点について、私たちのグループの研究をもとに考えてみます。(②へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース196号(2011年7月発行)より転載

トレーニングと食事の適切なタイミングは? ④

結果をどのように解釈するか?
これらの研究結果から、ダイエットのためにも、筋肉づくりのためにも、トレーニングは食事の前に行
うのがよいと思われます。
筋肉づくりの場合には、トレーニング前に、胃の内容物が少なくなっていて、筋肉内にはグリコーゲン
や分岐鎖アミノ酸が十分にある(エネルギー不足になっていない)という状態が理想的でしょう。
単純に「朝食抜き」のトレーニングがよいとは思えません。
ただし、ご紹介した研究はあくまでも一過的な反応を調べたものばかりですので、今後、長期効果も
含めたさらなる研究が必要でしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース195号(2011年4月発行)より転載

トレーニングと食事の適切なタイミングは? ③

筋量増加のための食事のタイミング
筋力トレーニングは、上手く行えばそれ自体で成長ホルモンの分泌を強く促す効果がありますの
で、おそらく「負のフィードバック」によってグレリンの分泌を強く抑え、ダイエット効果をもたらすも
のと想像されますが、まだ確証はありません。
一方、筋力トレーニングの場合には、脂肪の分解というより、筋の肥大効果を増強することの方
が重要でしょう。
まず、グレリンが成長ホルモンの分泌を促すという点を考慮すると、満腹の状態よりも空腹時にト
レーニングをした方が、成長ホルモン分泌がより促進され、トレーニング効果も高いのではないか
と想像されます。
この点に関連して、Deldicqueら(2010)は、興味深い研究を報告しています。彼女らは、若齢男
性を対象とし、高糖質の朝食を摂ってからトレーニングした場合(B)と、朝食を摂らずにトレーニン
グした場合(F)で筋バイオプシーを採取し、筋タンパク質の合成に関わる因子の変化を調べました。
両群とも、トレーニング直後には、糖質とロイシンを含むサプリを投与しています。さまざまな因子
の中で、特に筋タンパク質の合成に深く関わると考えられる「p70リボソームS6キナーゼ」
(p70s6k)のリン酸化は、トレーニング直後から4時間後にかけて、(F)の方が(B)より有意に高い
値を示しました。
このことは、筋力トレーニング(+糖質とロイシン摂取)は空腹時に行った方が、タンパク質合成を
促す効果が高いことを示唆しています。 (④へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース195号(2011年4月発行)より転載

トレーニングと食事の適切なタイミングは? ②

消化管ホルモンの関連性
運動をした直後に食欲が低下することは、多くの方がすでに経験しているかもしれません。
これは、運動によって交感神経が活性化し、消化器の活動が低下するとともに、アドレナリンの影響
で血糖が上昇するためと考えられますが、最近では、消化管から分泌されるホルモン(消化管ホル
モン)が深く関係することがわかってきました。
消化管ホルモンには多種ありますが、特に胃から分泌されるグレリン、小腸から分泌されるペプチド
YY(PYY)、グルカゴン様ペプチド(GLP-1)などが注目されています。
グレリンは、空腹になると分泌され、食欲を増進させるとともに、脳下垂体からの成長ホルモン分泌
を促進します。
一方、PYYやGLP-1は食欲を低下させるはたらきがあります。
上の実験で、経時的にこれらの消化管ホルモンの血中濃度を測定すると、運動直後にはPYYと
GLP-1の濃度はともに上昇し、それが運動後約1時間にわたって持続すると報告されています。
一方、グレリン濃度は運動直後に低下し、運動後1時間で元のレベルに回復します。
したがって、運動によるこれらの消化管ホルモンの変化が、食欲を低下させ、食事量を減らす効果
をもたらすものと考えられます。 (③へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース195号(2011年4月発行)より転載

トレーニングと食事の適切なタイミングは? ①

 丁度1年前、「食事が筋肉のタンパク質合成を促す」と題して、筋肉づくりにおける食事の重要性
を解説しました。
食事による栄養摂取、特に糖質とロイシンが筋肉でのタンパク質合成を促すことから、たとえ減
量時でも、食事の回数を減らさないようにすることが重要であるという内容でした。
次に問題となるのは、運動と食事のタイミングをどのようにとると、筋量の増加や体脂肪の減量
により効果的かということでしょう。
今回は、この点についての最近の研究をご紹介します。

減量のための食事のタイミング
 昨年の「ためしてガッテン」という番組で、ダイエットのためには食事前に運動をした方が効果的
なことが紹介されたかと思います。
モニターさんを2グループに分け、一方には昼食の前に有酸素運動を、他方にはその逆をやって
もらったところ、食事の前に運動を行ったグループの方で減量効果が高かったというような内容で
した。
研究者としての視点でみれば、必ずしも有意な差を示しているようには思えませんでしたが、こ
の企画は、次のようなYoshikawaら(2009)の研究に基づいています。
彼らは、運動習慣のない肥満者と非肥満者を対象とし、朝9時に朝食、12時に昼食という食事ス
ケジュールの中で、10時〜11時に1時間の有酸素運動(最大酸素摂取量の50%強度の自転車
漕ぎ)を行わせた場合の、昼食の食事量に及ぼす影響を調べました。
その結果、肥満者、非肥満者のいずれにおいても、運動を行った場合の方が有意に(平均で
20%程度)、昼食でのエネルギー摂取量が減少しました。
同様の効果は、強い運動を短時間(75%最大酸素摂取量で30分)行った場合にも見られました。
一方、運動と食事の間隔を2時間にしてしまうと効果はありませんでした。 (②へ続く)

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース195号(2011年4月発行)より転載

筋の記憶力:PART2

 2001年9月の本コラムで「筋の記憶力?」という記事を掲載しました。
現役を退いてから15年ぶりにボディビルコンテストに復帰し、全日本クラス別90kg級で6位、社会
人マスターズで優勝した当時のことです。
長いブランクのためにすっかり筋肉は萎えてしまっていましたが、コンテスト出場を心に決めてか
ら6ヶ月あまりの筋力トレーニングで、一応「コンテストコンディション」といえるような状態にできた
こと自体、本人にも驚きでした。
そこで、「筋には以前のトレーニングの効果が、ある種の記憶となって長期間残っているのではな
いか?」と考え、そのことを多少学問的に解説しようと試みました。
その後研究が進展し、ごく最近になって、この9年前の想像を実際に検証するような研究が報告
され、"Muscle Memory"という用語まで論文に掲載されるに至りました。
今回は、この「筋の記憶力」について、新しい知見をもとに再考してみたいと思います。

トレーニングとディトレーニング
 私の指導院生の小笠原君は、6ヶ月間継続して筋力トレーニングを行うグループ(Tグループ)
と、4週間トレーニング、3週間ディトレーニング(トレーニングを休止)というスケジュールで同じく6
ヶ月間トレーニングするグループ(TDグループ)で、筋力の増加や筋のサイズなどを継時的に測
るという研究を行いました。
まだ論文公表前の段階ですので、詳細は述べられませんが、要約すると次のような知見が得ら
れました:TDグループでは、ディトレーニング中に筋力と筋サイズは徐々に落ち込んでしまいまし
たが、トレーニング再開とともにこれらは急速に回復し、結果的に6ヶ月後の筋力と筋サイズは、
Tグループに完全に追いつきました。
このことは、少なくとも3週間程度、筋肉には「記憶のようなもの」が残り、トレーニング再開後すぐ
に、休止前の筋力と筋サイズに戻ることを示唆しています。

筋肥大と筋線維核数の増加
 トレーニングによる筋肥大は、筋線維の肥大と若干の筋線維の増殖によって起こりますが、主
要因は筋線維の肥大です。
筋線維の肥大は、まず筋線維内でのタンパク質合成の上昇によって起こります。
しかし、筋線維の中にある核(筋線維核)には支配可能な「なわばり」といえる領域(核領域)があ
るため、ある一定の限度を超えて筋線維が肥大するためには、筋線維核の数を増やす必要があ
ります。
このとき、新しい核の供給源となるのが、「筋サテライト細胞」という細胞です。
この細胞は、筋線維の素になる「幹細胞」で、筋線維の周囲に貼り付いています。
トレーニングすると、この筋サテライト細胞が分裂・増殖し、筋線維に融合することで核数が増え、
筋線維がさらに肥大するという仕組みです。

ディトレーニングしても筋線維核は減らない
 最近、Bruusgaardら(2010)は、マウスとラットを用いた興味深い研究を米国科学アカデミー紀
要(PNAS)という一流誌に報告しています。
彼らは、生きている筋線維中の核を標識し、特別な顕微鏡観察法によって、動物が生きたままの
状態で、筋線維の横断面積と核数を経時的に測るという手法を用いました。
トレーニングに相当する刺激として、後肢の前脛骨筋(TA)を切除し、共同筋である長指伸筋
(EDL)に過負荷をかけ肥大を起こさせました(代償性肥大)。
一方、ディトレーニングに相当するものとして、EDLを支配する運動神経を切除し、筋萎縮を起こ
させました(除神経)。
その結果、TAの切除から2週間でEDLの筋線維横断面積が平均20%増大しましたが、その肥大
に3日ほど先行して、長さ1mmあたりの筋線維核数が約40から60に増加しました。
その後、除神経すると、筋線維は急速に萎縮しましたが、増加した筋線維核数は減りませんでした。
この核数の増加は、除神経して2ヶ月たっても維持されました。
さらに、最初に過負荷をかけて筋線維核を増やしておくと、除神経による筋萎縮の程度そのもの
も低減することがわかりました。
この実験系では、残念ながら除神経で萎縮した筋に再び過負荷をかけることができませんので、
再負荷後に急速に肥大が起こるかは不明です。
しかし、過負荷によって筋線維核が増えることが、一種の「長期記憶」として筋線維に定着する可
能性が強く示唆されたといえます。

若いうちに筋肉をつくり、時には休む
 これらの研究から、筋には確かにトレーニング効果を「記憶する」メカニズムがあり、その一端は
筋線維核の増加だろうと考えられます。
その「記憶」の長さは、マウスでは2ヶ月以上。
寿命から類推すると、ヒトでは10年以上にわたる可能性があります。
15年のブランクの後でも、比較的早期に筋を立て直すことができたことにも納得できます。
このことは、まず若いうちにしっかり筋肉をつくっておくと、生涯の財産になることを示唆しています。
一方、トレーニングプログラムの観点では、コンスタントにトレーニングを継続することが、必ずしも
ベストのやり方でない可能性があります。
一定期間の完全休息や、全く異なるタイプのトレーニングなどを挟み込んだ、バリエーションのあ
るプログラムが、最終的によりよい結果に結びつくのではないかと思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース193号(2010年10月発行)より転載

クレアチンとスポーツ競技力

クレアチン(Cr)摂取によって筋クレアチンリン酸(PCr)が増加する
ATPを「エネルギーの通貨」にたとえると、クレアチン(Cr)からつくられるクレアチンリン酸
(PCr)を「エネルギーのカード預金」にたとえることができます。
実際、筋内のATP濃度は高くありませんが、(~4mM)、PCrの濃度はその約7倍もあって、
ATPが減少すると直ちに、PCr+ADP→ATP+Crの反応がおこり、ATPが供給されます。
筋に含まれるPCrの濃度を、核磁気共鳴分光法(NMRまたはMRS)という方法を用いて
調べると、Cr摂取によって、平均で約20%(10~30%)増加することが分かりました。
筋内のCr濃度も同程度の増加を示すとされています。
ただし、このレベルはほぼ飽和状態で、摂取量をさらに増やしてもこれ以上に増加することは
ないようです。

PCrが増えると筋の能力はどのように変わるか
PCrが増えることは、「エネルギーのカード預金」が増えることですから、ハイパワーの持続力が
増大することは容易に予測できます。
通常の濃度のATPとPCrで約8秒間の全力運動が可能ですので、PCr量が20%増加すれば、
これが約10秒間に延長することになります。
しかしそれだけではありません。
少しむずかしい話しになりますが、筋が収縮のためにATPを分解して獲得するエネルギー
(自由エネルギー)の大きさは、ATPの分解産物であるADPの濃度が増えると減少します。
PCr濃度が上昇するとADP濃度は下がりますので、若干ではありますが、この自由エネル
ギーが増大することになります。
したがって、単発のパワー発揮も増大するものと予想されます。

Cr摂取によるパフォーマンスの増大
ヒトを対象としてこれまでに行われてきたいくつかの実験は、上の予測とおおむね一致します。
自転車エルゴメーターで全力ペダリングを間欠的に繰り返すと、次第にパワーが低下しますが、
こうしたパワーの低下がCr摂取によって有意に抑制されたという報告が複数(少なくとも4報)
あります。
さらに、垂直跳び、等速性筋力、ベンチプレスの1RMなど、単発のパフォーマンスが増大
(5~15%)したという報告もされています。
重要な点は、これらがすべて5~7日という、短期間のCr摂取による効果がある点です。

Crを摂取すると筋は肥大する?
上の実験では、クレアチンモノハイドレートを1日当り15~25g、5~7日にわたって摂取して
います。
筋内PCr濃度は、これで20%ほど上昇し、ほぽ飽和状態に達します。
CrとPCrがそれぞれ20%も増加すると、筋線維内の浸透圧が上昇し、外から水が入ってきます。
その結果、若干筋容積が増大します。
しかし、これは真の意味での肥大ではありません。
また、あまり水が入ってきてしまうと、他のイオンの濃度が低下し、細胞機能が損なわれてしまい
ますので、CrやPCrの濃度にも当然上限があることになります。
一方、筋内のPCr濃度を長期間上昇させたまま保てば、これが筋のタンパクの合成を刺激し、
筋肥大を助長する可能性もありますが、この点はまだ確かめられていません。

Cr摂取は糖質摂取の複合効果
摂取したCrは、「担体」(トランスポーター)によって血中から筋線維内に運ばれます。
この担体は、インスリンによって活性化されます。
したがって、糖質や炭水化物とCrを組み合わせて摂取すると、Crとグルコースが効率的に筋に
取り込まれ、より大きな効果がもたされると予測されます。
そして、たしかにその通りになることが、最近Stoutら(1999)によって報告されました。
したがって、Crを単独で摂取する場合でも、食事直後のように血糖の上がるタイミングをとらえて
摂取するのがよいと考えられます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース136号(1999年8月発行)より転載

サプリメントは寿命を縮めるか?

2007年3月の新聞に、「抗酸化ビタミンのサプリメントが寿命を縮める」という内容の記事が掲載
されました。
デンマークのジェラコビッチ(Bjelakovic)らが、アメリカ医師会雑誌(JAMA)に発表した論文
(vol. 297, 2007)に基づく報道でした。
今回はこの「サプリメント有害説」について、私たちの最近の研究結果も交えて考えてみることに
します。

サプリメントの本質は何か
報道された研究は、抗酸化ビタミンであるビタミンA、C、E、β-カロチンと、セレニウムを含むサプ
リメントの長期摂取が、中~高齢者の死亡率にどのような影響を及ぼすかを調べたものです。
これまでに公表された多数の研究結果の中から無作為に68件を選び、さらにそれらを方法論的
に信頼性の高い研究と低い研究に分け、「メタ解析」によって全体として何が言えるかを調べました。
その結果、全研究のデータ(延べ約23万例)から、セレニウムは有意に死亡率をやや下げるが、
その他については、死亡率を上げも下げもしないと結論づけられました。
しかし、信頼性の高い研究(47件)に絞って調べると、β-カロチンは7%、ビタミンAは16%、ビタミ
ンEは4%、全体として5%、それぞれ有意に死亡率を高めてしまうという結果になりました。
論文としては、きちんとした統計分析を行っていて、正しい結論を導いていると思います。

しかし、論文をよく読んでみると、元データにいくつか問題点があることがわかります。
まず、68件の引用研究のうち51件が臨床研究で、心疾患、ガンなどの疾病の罹患者を対象とし
ており、健常者を対象とした研究はわずか17件のようです。
このような場合、試験開始時での病状や、薬物治療との相互作用などが強く結果に影響する危
険性があります。
抗酸化サプリメントに「心疾患を改善する」、「ガンの進行を予防する」などの薬理効果を期待する
ため、そもそも臨床研究の数が多いのだと思います。
しかし、サプリメントは本来「薬」ではなく、さまざまな理由で不足しがちな栄養素を補給するもの
であるはずで、これに薬効を期待すること自体が問題です。
ちなみに、健常者を対象とした研究のデータのみを個別に見ていくと、17件中7件で死亡率はや
や低下し、残り10件は例数不足で結論できない、というように解釈できます。

適切な量が重要では?
さらに、サプリメントの与え方があまりに多様です。
1種のビタミンを単独で与えるものから、すべてを複合して与えるものまであり、またそれらの投与
量も広範囲です。
例えば、ビタミンAでは1,333~200,000(IU)、Eでは10~5,000(IU)の範囲にわたっています。
ビタミンA、E、β-カロチンなどは脂溶性で、代謝・排出されにくいため、過剰摂取はもとより問題です。
実際、これらには50%致死量(実験動物に投与して、50%の個体が死亡する量)が定められてい
ます。
「運動が心臓病を予防する」ことは今や大勢が認めるところですが、その根拠となっている
パッフェンバーガーの研究では、心筋梗塞の罹患率が、1週当たり2000~3000 kcal の運動によ
り半減し、それ以上の運動では再び上昇することが示されています。
脂溶性ビタミンの場合にも同様に最適量があると考えられます。

寿命とは何か
研究論文で示されている「死亡率」、「心疾患の罹患率」、「ガンの罹患率」などが軽はずみに「寿
命」に置き換わってしまうことも問題でしょう。
寿命は、年齢と死亡率の関係から評価すべきものです。
ヒトの場合、死亡率は50歳を超えると指数関数的に上昇し、死亡率100%になる年齢が「最長寿
命」となります。
日本人では約120歳です。
死亡率50%(=生存率50%)となる年齢が平均的な寿命(いわゆる「平均寿命」ではありません)
といえます。
このように、死亡率そのものが年齢の影響を強く受けますので、サプリメントの効果に関しても、
「50%生存年齢を延伸するか?」という見方での研究が実際には必要です。
抗酸化ビタミンが対象ではありませんが、私たちが最近行った研究を1例としてご紹介しましょう。

寿命は変わらないが活動量が上がった
私たちは、分岐鎖アミノ酸を中心としたアミノ酸サプリメントの継続摂取が、マウスの生存曲線に
及ぼす影響を調べました(工藤ら、昨年の抗加齢医学会で発表)。
生まれてから死亡するまで、足かけ2年間、250匹のマウスを飼い続けるという大変な実験でした
が、最長寿命、50%生存齢のいずれについても、アミノ酸摂取群、カゼイン摂取群(対照群)、通
常餌摂取群の間で全く差が出ませんでした。
「サプリメントで寿命が簡単に変わるはずがない」と当初から考えていましたので、これはある程
度予想された結果でした。
ところが、マウスの1日当たりの活動量を赤外線センサーで測ると、アミノ酸摂取群が、高齢になって
も他の2群より有意に高いことがわかりました。
一般に、小動物の寿命はエネルギー消費量に反比例するとされていますので、これは重要な結
果だと考えています。
ヒトの場合に置き換えれば、「寿命は変わらないが、QOLが上がる」といえるのではないかと思い
ます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース187号(2008年12月発行)より転載

筋肉痛と筋の損傷は無関係?:筋肉痛研究の新しい展開

トレーニングを行う者にとって、筋肉痛はきわめて身近なテーマと思われます。
また、一般人にとっても、慣れない運動の後の筋肉痛はいやなものであるらしく、運動会のシーズン
などには、頻繁にマスコミ関係から筋肉痛に関する質問を受けます。
広い意味での筋肉痛にはいろいろな種類のものがありますが、一般に「筋肉痛」と呼んでいるも
のは、「遅発性筋痛」といって、運動やトレーニングの翌日、あるいは2日後に遅れてやってくるも
のを指します。
この筋肉痛の発生メカニズムについては、これまで「筋の微細な損傷に伴う炎症反応によるも
の」という定説があり、私たち研究者もこれを受け入れてきました。
ところが、最近になって、新しい説につながる研究も現れはじめています。
この新しい説は、筋肉痛にまつわる様々な疑問点を解消してくれる魅力的なものですので、その
概略をご紹介したいと思います。

筋肉痛のメカニズムに関する諸説・定説
筋肉痛のメカニズムに関する古い説に、「乳酸説」があります。
これは、高強度の運動によって筋で生成された乳酸が筋肉痛の原因であるとするものです。
確かに、筋の中にある化学受容器は、乳酸や水素イオンなどのさまざまな物質を受容し、「痛み」
感覚を生じさせます。
運動直後に起こる筋肉痛(筋が重く、だるく感じる)にはこれが関係している可能性はありますが、
遅発性筋痛が起こる頃には、乳酸などの代謝物質は筋から完全に除去されていますので、この
説はありえないということになります。

一方、下り坂を走る、重い負荷を下ろすなど、筋が伸張性収縮を繰り返すと、強い筋肉痛が起こり
ます。
このとき、筋線維に微細な構造的損傷が見られること、筋線維内のタンパク質(筋損傷マーカー)
や、炎症反応によって発現するタンパク質(炎症マーカー)が血漿中に現れることなどから、「伸張
性収縮による筋線維の微細な損傷に伴う炎症反応によって筋肉痛が起こる」という説が生まれ、
定説となって多くの研究者に支持されています。

定説への疑問
この定説はそれなりに説得力があり、筋肉痛に関する質問を受けたときには、これを説明するの
が常でしたが、完全に納得できるというものではありませんでした。
まず、筋肉痛に関わる研究の多くが、「筋を壊す」ことを前提にしているような、過激な伸張性負
荷を課していることが問題です。
私の研究室では、ラットに伸張性トレーニングを負荷するモデルを使っていますが、効果的に筋肥
大を引き起こすような、通常の負荷強度では、明確な筋損傷や、著しい炎症反応の亢進は見ら
れません。
ヒトの場合にも、筋損傷に至らないようなマイルドな運動が筋肉痛を引き起こすこともあります。
また、強い運動と無関係に、「肩こり」のような筋肉痛に類似した現象も起こります。
さらに、筋肉痛は持続的に起こるのではなく、筋を圧迫したり、動かしたりしたときにのみ起こります。
これらは、定説ではうまく説明できません。

新しい動物モデル
「筋肉痛」に関する研究が十分に進展してこなかった理由のひとつに、筋の構造分析や生化学的
分析を存分に行える動物実験モデルがなかったことがあります。
動物は「痛い」と言ってくれませんので、どの程度筋肉痛が起こっているのかを知ることができま
せん。
ところが最近、Mizumuraらのグループが、ラットの後肢筋に針で圧迫を加え、どのくらい強く圧迫
したときにラットが脚を引っ込める反応を示すかで筋肉痛を数値化するモデルを用い、興味深い
研究結果を続々と報告しています(Muraseら、2010、など)。

筋肉痛に関する新たな仮説
この動物モデルを用いた研究で、伸張性筋力発揮を繰り返した後に、確かに筋肉痛が起こること
がわかりました。
ところが、筋肉痛を示した動物の筋を調べると、筋線維の損傷も、炎症反応も起こっていない場
合が多く見られました。
その代わりに、ブラジキニン(BK)、神経成長因子(NGF)などの発現増加が見られ、特に、NGF
の抗体を与えてそのはたらきをブロックすると、筋肉痛の発生が抑えられることなどもわかりました。
これらの結果に基づいて、Mizumuraらは、次のような仮説を提唱しています:1)伸張性収縮によって
筋線維からATPやアデノシンなどが漏出し、これらが血管内皮細胞からBKを分泌させる;2)BKは
筋線維にはたらき、筋線維からNGFを分泌させる;3)NGFは筋内の機械刺激受容器(圧受容器)
にはたらき、その感度を上昇させる;4)その結果、通常では圧受容器を刺激しないような軽度の
圧迫や筋収縮にも圧受容器が過敏に反応し、痛みが生じる。

筋肉痛はひとつではない?
この仮説は、まだ細かい点で検証の余地を残していますが、定説にまつわるさまざまな疑問点を
見事に解消してくれる点で、きわめて魅力的に思います。
この仮説が正しければ、筋肉痛と筋の損傷・炎症には直接的な関係はないということになります。
一方、過激な運動による筋の損傷が、別のメカニズムで筋肉痛を引き起こす可能性もあります。
「遅発性筋痛」にもいくつかの種類があり、より細かい分類が必要となってくるかもしれません。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース192号(2010年7月発行)より転載

コエンザイムQ10をめぐる論争:「元気」と「長寿」の関係

日本抗加齢医学会という学会の大会に参加しました。
この学会では最近、コエンザイムQ10(CoQ10)のアンチエイジング効果に関する論争が展開し
ています。
この問題は、「活動的でいること」と「長寿であること」の関連性という、根の深い命題にも関わって
いるといえます。

マウスの寿命と活動量
「元気で長生き」は勿論理想ですが、元気=活動的と捉えると、やや複雑な問題になります。
私たちの研究室では、高アミノ酸食がマウスの寿命に及ぼす効果を約3年にわたって調べ、上記
の学会で報告しました。
この研究では、高アミノ酸食の摂取が、高齢期の筋量と身体活動量の低下を防止するものの、寿
命そのものには影響しないという結論になりました。
すなわち、少なくとも実験室での飼育という状況では、「元気で=活動的」は必ずしも「長生き」に
はつながらないことになります。

CoQとは
さて、問題となっているCoQは、ユビキノンとも呼ばれる脂溶性の物質で、生体内ではコレステ
ロールなどと同様に脂肪酸から合成されます。
CoQ10は、CoQの中で10個の炭素からなる鎖をもつものをいいます(ここでは、CoQ10として限
定されない場合には単にCoQと記載します)。
細胞内のミトコンドリアの内膜に存在し、「電子伝達系」という反応経路の補酵素として重要なは
たらきをします。
電子伝達系は、有酸素性代謝系の最終段階に相当する反応系で、脂質や糖質のエネルギーを
用いて多量のATPを合成するための主要部を構成します。
したがって、CoQはエネルギー代謝のために不可欠の物質といえます。
こうした観点から、CoQ10は、我が国では1974年に心不全の治療薬として認可され、2001年か
らはサプリメントとしても売られるようになりました。

加齢とともにCoQは減る
Kalenら(1989)は、さまざまな組織中のCoQ10含量を調べ、20歳を過ぎると加齢とともに減少す
ることを示しました。
特に、心臓での減少が著しく、80歳までの間に半分程度にまで減少してしまうようです。
したがって、この加齢による減少分を外から補うことが、心臓やその他の組織での代謝活性の低
下を防ぎ、アンチエイジングにつながると期待されるようになりました。

CoQと寿命
ところが、CoQが減ると、逆に寿命が伸びることが、動物実験で示されました。
線虫(ハリガネムシ)には、「クロック-1」(clk-1)という遺伝子があります。
この遺伝子を破壊した線虫を作ると、寿命が野生型に比べて50%も伸びることが報告されました。
このclk-1は、CoQを合成する酵素をつくる遺伝子なので、長寿の線虫は、CoQを合成する能力
がないことになります。
しかし、線虫は餌とする大腸菌からCoQを摂取していますので、clk-1を壊しても体内にCoQが全
くないというわけではありません。
CoQを外から与えないと、clk-1を壊した線虫は幼虫期に死んでしまいます。
一方、野生型の線虫でも、幼虫期にはCoQを与え、その後CoQのない餌を与えると寿命が延び
ることが報告されました(Larsenら、2002)。
マウスやヒトにも同じclk-1遺伝子があり、CoQの合成に関わっています。
ヒトやマウスのclk-1遺伝子を、clk-1を壊した長寿線虫に導入すると、野生型と同じレベルまで寿
命が縮まることも明らかにされています(Takahashiら、2001)。
このように、少なくとも線虫では、CoQは「無ければ死に至るが、多いと寿命を縮める」という、「両
刃の剣」のようなはたらきをもちます。
これには、おそらく次のような機構が関わっています:CoQはミトコンドリアによるATP生成に不可
欠の物質で、ミトコンドリアによるATP生成が極度に低下するとアポトーシスという細胞死が起こり
ます。
一方、CoQが補酵素としてはたらく反応では、スーパーオキシドという活性酸素もつくられ、活性
酸素が増えると、ミトコンドリアの機能不全や、さまざまな細胞機能の低下につながります。
さらに複雑なことに、CoQそのものが、こうしてできた活性酸素をトラップする抗酸化物質としても
はたらきます。

どのように考えたらよいか?
以上のような研究から、現在のところCoQ10のアンチエイジング効果に関しては賛否両論があり
ます。
ただし、実験室内での飼育という条件が、普通の生活環境と大きく異なる点には注意が必要で
しょう。
例えば、サルなどの高等哺乳類を含め、飼育下での動物の寿命を延ばすには、エネルギー摂取
量を減らすことが最も効果的です。
上記のclk-1を壊した線虫の場合にも、摂餌量も活動量も極度に低下した状態で生き長らえます。
私たちヒトの場合でも、エネルギーの摂取も消費も少ない状態、極論すると「冬眠」のような不活
性状態にすれば、最も寿命が伸びるのではということになります。
しかし、これでは「健康」という概念からかけ離れてしまうでしょうし、さまざまなストレスにさらされ
る日常生活を生き抜くことができるかは疑問です。
価値観にも依存するでしょうが、あくまでも「活動的である」ことを目標にし、「長寿」は結果として
捉えることが現実的でしょう。
CoQ10についても、「疲れやすくなった」と感じたら、過剰にならない範囲で摂取するのがよいと
思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース190号(2009年12月発行)より転載

暑中トレーニングのすすめ(?) 

猛暑が続いていますが、夏はビルダーに限らず他の多くの競技の選手にとっても一年中で最も重
要な季節でしょう。
私がコンテストに出ていた当時、猛烈な暑さの中で、連日滝のように汗を流しながらトレーニング
していたことを覚えています。
近年では高温環境でのトレーニングが熱中症の危険を伴うことが広く知られるようになり、冷房の
ないジムの方がむしろ珍しくなったようです。
しかし、私の実感としては、猛暑の中でのトレーニングが、秋のミスターユニバースやミスター日
本に向け、体にみがきをかける上で重要な要因となっていたように思えてなりません。
これに関連した興味深い研究結果が報告されましたのでご紹介します。

高温ストレスと熱ショックタンパク質
温度環境とトレーニング効果の一般的関係については、以前にもお話ししました。
その中で、私たちの体をつくるタンパク質の多くが、約41℃以上の温度にさらされると熱変成を始
めることに触れたかと思います。
私たちの体は、こうした熱ストレスに対処するための防御機能を備えていて、そのひとつが「熱シ
ョックタンパク質」(Heat Shock Protein-以後 HSPと略)の生成です。
HSPには、分子量の小さなものから大きなものまでさまざまなものがあり、体の組織が高温にさ
らされると、その合成が高まります。
また、力学的ストレスなどのさまざまなストレスによってもつくられることが分かってきていますが、
運動やトレーニングとの関連性についてはまだ十分に解明されていません。

熱ショックタンパク質のシャペロン作用
HSPの機能は一言では説明しきれませんが、大まかにいうと、さまざまなタンパク質のまわりに
「寄り添う」ように結合して、タンパク質を熱変成や分解酵素によるアタックから守ります。
すまわち、タンパク質を「防護」するはたらきがあり、このような作用を「シャペロン作用」と呼びます。

高温処理が筋萎縮を低減した
このように、HSPにはタンパク質分子を防護する作用がありますので、「筋を一時的に高温にさら
し、あらかじめHSPをつくらせておけば筋の分解が低下するかもしれない」という発想も可能です。
そのような発想に基づく、興味深い研究がNaitohら(2000)によって報告されました。
実験には、ラットの後肢を懸垂(宙吊り)した状態で飼育し、後肢筋を萎縮させるという「廃用性萎
縮モデル」が用いられました。
これを2週間ほど続けると、特にヒラメ筋で顕著な萎縮が起こり、筋重量は半分程度にまで低下し
ます。
ところが、後肢懸垂をする前に、ラットを41℃の高温室に1時間置くと、ヒラメ筋の萎縮が30%ほ
ど低減されたのです。
さらに、高温処理をしたラットの筋では、後肢懸垂中にHSP-72というHSPの合成が高まってい
ることが分かりました。
HSPそのものが筋萎縮を低減するのかどうかはまだ議論の余地がありますが、一時的な高温環
境が、筋の分解を低減するのは確かなようです。

高温を利用する療法
高温処理が、筋やその他の組織に良好な効果を及ぼし、傷害などの治癒を促進することは経験
的にも知られていて、さまざまな療法に利用されてきました。
身近なところでは、温泉療法やサウナなどがあります。
また、外科的傷害では多くの場合、まず患部を冷やし、炎症が治まってから温めます(温熱療法)。
マイクロ波やレーザーなど用いた治療でも、局所的に患部を熱することになります。
一方、近年よく行われる「アイシング」は、一見全く逆のことのようです。
これは、酷使した筋を氷冷することで、微小な筋損傷による炎症の進行や分解酵素の活性化を
抑えることを目的としますが、極低温から常温へ戻したときの温度差が「熱ショック」と同様の効
果をもつ可能性があります。

「加温トレーニング」の可能性
このように考えると、筋を温めたり冷やしたりすることは、トレーニング効果と無関係ではなさそう
です。
筋のサイズは筋タンパク質の合成と分解のバランスで決まりますので、分解を少しでも抑えられ
れば、トレーニングはさらに効果的になるでしょう。
前述の「猛暑の中でのトレーニング」は、結果的に筋温を上昇させ、減量中にもかかわらず筋分
解を抑えてくれるのかもしれません。
また、「日焼け」をすると、皮膚が黒くなると同時に、筋サイズを保ちながら皮下脂肪を減らすよう
な効果があります(ビルダーはお分かりと思います)。
これは、日光浴による体表温の上昇と関係しているかもしれません。
局所的に筋を加温・冷却できる装置を作り、「加温トレーニング」を試みると面白そうです。
などなど、想像をめぐらすときりがありません。
これらはすべて将来の研究課題です。
当面、目的とする筋のその周辺をサポーターなどで保温してトレーニングしてみること、ゆったりと
風呂に入ること、サウナを利用することなどは試す価値があるかもしれません。
一方、高温環境下でのトレーニングについては、あまりに体温(コア体温)が上昇すると熱中症に
なり、生命にも危険が及びますので、くれぐれも注意が必要です。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース142号(2000年8月発行)より転載

成長ホルモンは体脂肪を減らすか?

前回、15年ぶりのコンテスト復帰戦が、全日本クラス別選手権6位(2001年)に終わったことを報
告しました。
その後、体調の回復が順調に進んだこともあり、社会人マスターズ大会で、優勝することができま
した。
今回のトレーニングの特徴は、エアロビクスを全く行わなかったこと、「加圧トレーニング」を導入し
たこと、食事制限をあまり行わなかったことです。
にもかかわらず、体脂肪が予想以上に減ってくれました。
この一要因として、成長ホルモンのはたらきがあげられるでしょう。

アナボリズムとカタボリズム
私たちのからだは、エネルギーを得るために、グリコーゲン、中性脂肪、タンパク質などの大きな
分子を小さな分子に分解していて、これをカタボリズム(異化)と呼びます。
一方、組織や器官をつくり、維持するために、アミノ酸、グルコース、脂肪酸などの分子からさらに
大きな分子を合成していて、これをアナボリズム(同化)と呼びます。
異化と同化を合わせて代謝と呼びます。
代謝に関わるホルモンは、主として異化を刺激するもの(カタボリック・ホルモン)と同化を刺激す
るもの(アナボリック・ホルモン)に大別できます。
前者の代表例はコルチゾールやアドレナリン、後者の代表例はインスリン、成長ホルモン、男性
ホルモンなどです。

成長ホルモンは「二刀流」
そもそも成長ホルモンはアナボリック・ホルモンですので、ほとんどの細胞や組織の成長を促すも
のと長い間考えられてきました。
脂肪組織をつくる脂肪細胞もその例外ではありません。
ところが、1980年代になって、成長ホルモン欠損症(GHD)が体脂肪の増大を伴うこと、GHD患
者に成長ホルモンを投与すると体脂肪が減少することなどが次々とわかってきました。
そして現在では、成長ホルモンが筋や骨などに対してはアナボリックな作用をもち、体脂肪に対し
てはカタボリックな作用をもつという、「両刀使い」であることが、疑いのない事実として受け入れら
れるようになってきました。

成長ホルモンの分泌リズム
成長ホルモンは脳下垂体から分泌されますが、その分泌は、15分ほどでピークに達し、60分ほど
で元に戻るというように、「パルス状」に起こります。
成人では、こうしたパルス状の分泌が1日8回ほど起こります。
その大きさには大小があり、睡眠後に大きな分泌が起こることはよく知られます。
加齢とともに、1日当たりの分泌回数と分泌のピーク値の両者が減少していきます。
一般成人では1回の分泌量の平均値は血中濃度にして15〜20μg/l とされています。

1回の注射で脂肪が分解された
臨床で多量の成長ホルモンを投与する場合ではなく、こうして自然な状態でパルス状に分泌され
るような程度の成長ホルモンによっても体脂肪は分解されるのでしょうか?
これに対する解答が、Moller らによる最近の一連の研究によって明らかになりました。
彼らは、200μgの成長ホルモンを静注して血中成長ホルモン濃度のピーク値が約18 μg/l にな
るようにし、その直後の体脂肪の分解を調べました。
体脂肪は、脂肪細胞の中で中性脂肪として蓄えられています。
脂肪細胞は必要に応じ、これを脂肪酸とグリセロールに分解し、血液中に遊離します。
したがって、血中の脂肪酸とグリセロールの濃度は、体脂肪の分解の指標になります。
上記のように成長ホルモンを1回注射した結果、その2時間後には血中脂肪酸、グリセロールとも
に約2倍に増大し、自然におこる程度の成長ホルモンの分泌が、体脂肪の分解を引き起こすのに
十分であることが示されました。

腹の脂肪と太腿の脂肪の違い
Moller らのグループはさらに、「マイクロダイアリシス」という方法を用い、腹部の皮下脂肪、大腿
部の皮下脂肪のそれぞれの組織で局所的に遊離されるグリセロールの濃度を調べました。
その結果、成長ホルモンの投与によって、腹部の脂肪の方が、大腿部の脂肪に比べ、多くのグリ
セロールを遊離することが示唆されました。

細胞レベルのメカニズムは?
培養したヒト脂肪細胞に成長ホルモンを与えると、生体内の場合と同様、脂肪酸とグリセロール
が培養液中に遊離されます。
しかし、成長ホルモンがどのようなメカニズムで脂肪分解を促すのかはまだよくわかっていません。
脂肪細胞中で脂肪分解を担うのは、「ホルモン感受性リパーゼ」という酵素です。
この酵素を強く活性化するのはノルアドレナリンで、成長ホルモンではありません。
成長ホルモンはおそらく遺伝子にはたらいて、この酵素自体の生合成を促すのであろうと想像さ
れています。

成長ホルモンを分泌させるトレーニング
以前、筋中の乳酸濃度を高めるようなレジスタンストレーニングがノルアドレナリンと成長ホルモン
の分泌を強く促すことをお話ししました。
したがって、こうしたトレーニングは体脂肪、特に腹部の脂肪を減らすのにも効果的と思われます。
その典型が「加圧トレーニング」ですが、一般的なトレーニングでも、成長ホルモンの分泌を促す
さまざまな工夫が可能です。
この点については、最新の情報も含め、改めてご紹介します。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース149号(2001年10月発行)より転載

筋の記憶力?

2001年7月、日本ボディビルクラス別選手権(85 kg級)に出場しました。
15年ぶりの大会復帰でした。
結果は6位と不本意なものでしたが、コンテストに出場できたというだけで幸せでした。
その年の1月には、「少し体のよい普通の人」程度の体で、しかも右肩の慢性障害のために満足
なトレーニングができない状態でしたので、6ヶ月で日本レベルの大会に出場できるまで回復した
こと自体、不思議でなりません。
まるで、15年前の「記憶」が筋に残っていたかのようです。
実際、しばらくトレーニングを中断し、体が萎えてしまっても、トレーニング再開後早期に筋のサイ
ズが回復したという経験をお持ちの読者も少なくないと思います。
そこで今回は、「筋の記憶」について考えてみます。

核の「なわばり」
ご存知のように、筋線維は長さ数センチにも及ぶ巨大な細胞で、多くの核をもつ「多核体」です。
核の中には遺伝子があり、タンパク質を合成して筋線維を太くする最初のステップはこの核の中
の遺伝子で起こります。
最近の研究から、ひとつの核が支配できる細胞の体積には上限があると考えられるようにな
り、"nuclear domain" (核の支配領域)と呼ばれるようになりました。

筋肥大と筋線維核の増加
このように、ひとつの核の支配領域に上限があれば、筋線維が肥大できる程度にも上限があるこ
とになります。
これを超えてさらに筋線維が肥大するためには、筋線維に含まれる核の数が増えなければなら
ないでしょう。
実際、動物実験では、過負荷により肥大した筋線維で核数が増えていることが示されています。
逆に、萎縮した筋線維で核が減るかについては、減るとする研究と減らないとする研究があり、結
論が出ていません。

サテライト細胞の役割
筋線維のような多核体では、核だけが分裂して増えるということはありません。
したがって、どこからか核を輸入する必要があります。
この核の供給源となっている細胞は、おそらくサテライト細胞と呼ばれる細胞です。
サテライト細胞は、筋が形成される過程で、最終的に筋線維に分化せずに残った、「筋線維のも
とになる細胞」(筋芽細胞)です。
筋線維と、筋線維を包み込む「基底膜」という膜の間にあって、筋線維に寄り添うようにはりつい
ています。
これまで、サテライト細胞は、筋線維が損傷したときなどに分裂・増殖し、これを修復したり、新た
に筋線維を再生したりすると考えられてきました。
しかし、最近では、サテライト細胞がトレーニング刺激によって分裂・増殖し、もとの筋線維に融合
することによって、筋線維の核数を増やすのであろうと考えられるようになりました。
実際、マウス骨格筋にγ線を照射すると、サテライト細胞は分裂できなくなりますが、こうした状態
で筋に過負荷をかけても、筋線維の肥大が起こらなくなります。

筋線維の数と筋の大きさ
一方、サテライト細胞には、単独で新たな筋線維をつくる能力もありますので、トレーニングによっ
て、若干ですが筋線維の数が増える可能性があります。
実際、ラットでは、トレーニング後の筋の中に、細い筋線維が新たに出現します。
こうして筋線維の数が増えれば、「器」の数が増えますので、トレーニングを続けることによってさ
らに筋が肥大できることになります。

筋線維の数を決める物質
そもそも、生まれながらにして筋の中にある筋線維数には個体差があります。
筋線維の多い人はその分、トレーニングによって筋肥大しやすいといえます。
こうした筋線維の数を決める要因のひとつが、ミオスタチンという成長因子であることが分かって
きました。
ミオスタチンは、筋線維自身から分泌され、筋芽細胞の分裂を抑制することで、筋線維の形成と
筋肥大を抑えるはたらきをもちます。
胎児期には、このミオスタチンが多量に分泌され、分娩前の胎児の過剰成長を抑えています。
一方、出生後には、ミオスタチンの分泌量が低下し、著しい筋・骨格系の成長が起こります。
したがって、この時期のミオスタチンの分泌量の差によって、生来の筋線維数の差が決まると考
えられます。
さらに最近、マウスを用いた私達の研究から、筋に過負荷をかけたときにも、ミオスタチンの分泌
量が低下することが分かりました。
したがって、長年にわたりトレーニングを行うと、少しずつ筋線維が増えていくと考えられます。

筋の記憶の仕組み
これまで述べたことから、「筋の記憶」の仕組みについて、少なくとも2つの可能性が考えられます。
ひとつは、長年のトレーニングによって、筋線維内の核数が増え、トレーニングを中断し筋が萎縮
しても、核数は増えたままであるという可能性です。
このような状態であれば、筋線維はトレーニング再開後、比較的速やかに元のサイズに戻るでしょう。
もうひとつは、長年のトレーニングによって筋線維数が増えていて、たとえ筋が萎縮してもその数
は減らず、個々の筋線維が萎縮しているという可能性です。
この場合にも、トレーニングを再開すれば、筋のサイズは元に戻りやすいでしょう。
これらの両方が同時に起こることも、もちろん考えられます。
同輩の熟年ビルダーの皆さん、頑張りましょう。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース148号(2001年8月発行)より転載

ポリフェノールは寿命を延ばすか?

以前、いくつかの新聞に「ワインポリフェノールが細胞の寿命を延ばす」という小さな記事が掲載さ
れたのを覚えていらっしゃる方も多いかと思います。
このコラムでもすでにご紹介した通り、ポリフェノールというと、活性酸素を除去する抗酸化作用で
有名ですが、最近の研究から、いくつかのポリフェノールが寿命をコントロールする分子的な仕組
みそのものにはたらき、寿命を延ばす可能性があることがわかってきました。

食物摂取量を減らすと寿命が延びる
寿命を延ばす方策については、酵母菌からマウスまで、幅広い生物を対象として多くの研究がな
されてきました。
その結果、すべての生物に共通して効果のある方策は唯一、食物摂取量(エネルギー摂取量)を
減らすことであると結論づけられています。
当初、この効果は、エネルギー代謝の低下により酸素摂取量が減り、そのために活性酸素種に
よるダメージが軽減されるためであろうと想像されていました。
ところが、これが「エネルギー不足」という、ある種のストレスに対する防御反応であり、
より過酷な状況で生き延びるための仕組みに基づいているという考え方が強くなってきました。
この仕組みで中心的な役割を果たすのが、以下に述べるSir という遺伝子と、その遺伝子がつ
くる「シルツイン」(sirtuin)というタンパク質です。

長寿タンパク質と長寿遺伝子
シルツイン(以後 Sir と略す;斜体のSir はその遺伝子をさす)は酵母菌からヒトにまで広く存在
する、共通性の高い一連のタンパク質群で、酵母菌では Sir2、線虫では Sir-2.1、ヒトでは SIRT1
と呼ばれます。
これらはすべて、デアセチラーゼという酵素としてはたらきます。
酵母菌では、エネルギー不足状態にすると菌の寿命が延びるとともに、このSir の酵素活性が上
昇します。
さらに、酵母菌や線虫に Sir 遺伝子を外から導入し、Sir を人為的に多量に作らせるようにすると、
いずれも寿命が延びることが報告されています。
したがって、Sir はまさに「長寿タンパク質」、その遺伝子 Sir は「長寿遺伝子」ということにな
ります。
Sir の細胞内でのはたらきは完全に解明されてはいませんが、遺伝子DNAのパッキングを密にし、
安定化するものと考えられています。

Sirの活性調節
エネルギー不足によって Sir の活性が上昇するメカニズムのひとつは、有酸素性代謝活性の低
下であろうと考えられています。
糖や脂質が有酸素性代謝で分解されるときには、エネルギーの運搬役として NAD という物質が
はたらきます。
糖や脂質が分解されるときに、このNAD が還元されて NADH となり、最終的にNADH の H+ が
ATPをつくる原動力となります。
Sir は NAD によって強く活性化され、NAD/NADH 比が低下するとその活性も低下します。
エネルギーが不足すると、NADH生産が低下し、NAD が余剰になってきますので、Sir が活性化
されるのだろうと考えられています。
しかし、ヒトのような高等動物の場合には、代謝低下を引き起こすほどのカロリー制限は、日常的
な活力を低下させたり、他のさまざまなストレスを誘発したりするため、かえって健康状態を悪化
させる可能性の方が高いといえるでしょう。
そこで、カロリー摂取を抑えなくとも、Sir を直接活性化する物質を見つけ、これを摂取しようという
ことになります。
古来人間が探し求めてきた「不老長寿」の妙薬ともいえるものです。

Sir を活性化するポリフェノール
Howitz ら(2003)は、ある種のポリフェノールに、Sir を直接活性化し、エネルギー不足を伴わず
に寿命を延ばす効果があることを発見し、科学誌「ネイチャー」に報告しました。
ポリフェノールは、植物によってつくられる中間代謝物の総称で、フェノール環(「亀の子」)がいく
つも連なった構造をしています。
構造の違いによって、フラボン、カテキン、タンニン、アントシアニジンなど、多種多数のものがあり
ます。
この中で Sir を強く活性化するのは、フェノール環が2〜3個連なった小さな物質で、特に「レスベ
ラトロール」(resveratrol)という、赤ワインに多く含まれる物質の効果が最大です。
酵母菌にこの物質を与えると、通常の栄養条件のもとで、その寿命が70%も延びます。
さらにこの物質は、ヒトのSir(SIRT1)を強く活性化することも示されました。
赤ワインがヒトの寿命を延ばす可能性が示唆されたといえますが、むずかしいのはその量です。
少量のレスベラトロールはSIRT1を強く活性化しますが、量が多くなるとその効果はかえって低減
してしまいます。
すなわち、「飲み過ぎは効果がない」ことになります。

運動と寿命の関係
一方、運動と寿命の関係はどうでしょうか?
運動は「エネルギー需要」を増しますので、一過的には「エネルギー不足」の状態と同様に
NAD/NADH 比を上げ、Sir を活性化すると考えられます。
しかし逆に、激しいエアロビックトレーニングを行うと、トレーニング効果として有酸素性代謝機能
が向上しますので、安静時での NAD/NADH比が低下し、Sir が不活性化されてしまうかもしれません。
このあたりをはっきりすることは、今後の研究課題といえるでしょう。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース162号(2003年12月発行)より転載

「歩く」科学が示す減量法

以前は、健康づくりのための運動といえば、ジョギングやエアロビクスが代表でしたが、最近では
「速めに歩くこと」(Walking)が注目されています。
これは主に、筋肉や骨格に過大な負担がかからないという長所の故にですが、「歩く」ことを生理
学やバイオメカニクスから見ると、非常に良い面があることが分かります。
しかも、ボディビルダーや、減量を必要とする他のスポーツの選手にとって重要な、「いかにして
筋肉を残し脂肪を落とすか」という問題のヒントにもなり得るのです。
筋や骨を維持し、余分な脂肪だけを上手に落とすことは、健康づくりにのみならず、さまざまなス
ポーツにおいても重要です。
そのためには、糖質、脂質、アミノ酸(タンパク質の構成成分)からなっているエネルギー源のう
ち、脂質が多く使われる運動をすれば良いことになります。
さまざまな運動をしている時に、何がエネルギー源として使われているかを知ることは容易では
ありませんが、生理学的には可能です。

自動車のガソリンに、アルコールなどを混ぜ、それらの混合比を当てるゲームを想像して下さい。
いろいろな推論の方法がありますが、最も確かな方法は、排気ガスを分析することでしょう。
ヒトの場合も同じです。呼気と吸気のガス分析を行い、(体の外に排出された二酸化炭素の体
積)÷(体にとり込まれた酸素の体積)を計算します。
これを呼吸比(RQ)と呼びます。
ごく大ざっぱな言い方をすると、RQが1に近ければ、使われているにはほとんど糖質ですが、0.7
くらいであば、糖質、脂質ほぼ半分です。

運動の強さをさまざまに変えてRQを測ってみると、RQは運動強度が高いときに1に近く、運動強
度を下げるに従って小さくなることがわかります。
例えば、若い人では、心拍数が120~130/分程度になる運動(極めてゆっくり走るくらい)をする
時に、糖と脂質が半分ずつ使われていることになります。
また、運動をはじめてから脂質が使われはじめるまでには20~30分程度の時間がかかることも
わかっています。
つまり、脂肪をエネルギー源として使うためには、緩やかな運動を30分以上続ける必要があると
言えるでしょう。

余分なエネルギーを使うために「速めに歩く」ことが良いことは、バイオメカにクスからも示すこと
ができます。
まず、筋肉のエネルギー効率から見てみましょう。
筋肉が収縮するとき、仕事(力学的エネルギー)と熱を発生させます。
1秒間に筋肉が仕事をする量は、負荷の大きさが最大筋力の30%くらいのときに最大です。
1秒間に筋肉が発生する熱は、もう少し軽いところ(最大筋力の20%程度)で最大になります。
全エネルギーは仕事と熱の和ですから、負荷がかなり軽いときの方が、重いときよりエネルギー
の消費が大きいことになります。
この点からも、「速めに歩く」ことは、丁度良い負荷になると想像されます。

それでは、歩くこと自体のエネルギー効率はどうでしょうか。
運動をした時のエネルギー消費量は、先ほどと同様、呼気・吸気のガス分析を行い、体の中に取
り込まれた酸素の量(酸素摂取量)を測れば、これから推定することができます。
専門的にはむずかしい問題もありますが、大雑把に見積って、酸素摂取量が1リットルのとき、
5kcalのエネルギーを消費したと思って下さい。
この様な方法で、マルガリアという生理学者は、人が色々な速度で歩いたり、走ったりした時のエ
ネルギー消費を測りました。
1kmを移動するのにどれだけのエネルギーを使ったかをエネルギー効率とみなすと、歩くときに
は、(話しができすぎの様ですが)時速4kmが最も効率の良い速度になります。
このような速度で歩いている時には、銃身の上下動を前進のためのエネルギー獲得にうまく利用
し、「卵がころがる」様な運動をしていると考えられます。

一方、走る時には、上に向かって強くジャンプをしますので余分にエネルギーを使うことになりま
すが、エネルギー効率は速度によらずほぼ一定です。
速く走ってもあまりエネルギー効率が悪くならないのは、アキレス腱がバネの様な働きをしてエネ
ルギーを節約からだと言われています。

さて、歩く速度を4km/時から上げていくと、エネルギー効率も次第に悪くなり、8km/時ほどで、走
る場合と同じになります。(ですから、これ以上の速度で歩く競歩は驚くほどきつい運動なのです)
このことから、同じ距離を「速めに歩く」場合と、それなりの速度で走る場合とでは、同程度のエネ
ルギーを使うことになります。
しかも、歩く方が負荷は小さく、長時間かかりますので、脂質をたくさん使うと考えられます。

きびしいダイエット中に(低血糖で)高い強度の運動をむやみに行うと、「ストレスホルモン」と呼ば
れる糖質コルチコイド(副腎皮質ホルモン)が分泌されます。
このホルモンは、筋肉を残しながら脂肪を落とすためには、もちろん高い強度のトレーニングを続
ける必要があります。
しかし同時に、トレーニング前の低血糖を防止することと、脂肪を上手に使う工夫も大切です。
通勤時の歩く距離を増やしたり、気晴らしを兼ねて山歩きするのも一案でしょう。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース101号(1993年10月発行)より転載

スピードスケート選手の大腿部

スピードスケート選手の特徴は、何といっても「ボディビルダー顔負け」なほど見事に発達した大
腿部と臀部でしょう。
以前から、「スピードスケートの選手の大腿部がなぜ良く発達するか」という問題について関心を
持っていましたが、最近の研究から、この問題に対するヒントのようなものが得られましたので、
今回はこの点についてお話しします。

スケート選手の筋の特徴
勝田と久野(1991)は、さまざまなスポーツの選手の大腿部をMRIを用いて観察し、大腿部を構
成する筋群の形態的特徴を調べました。
スピードスケート選手については、例数は少ないのですが、大腿四頭筋のうちの外側、内側、中
間のそれぞれの広筋と、後ろ側のハムストリングスが均等によく発達し、大腿中央部付近が非常
に太い、「ビヤダル形」になっていることが分かります。
一方、柔道選手や陸上競技選手では、これらの筋の起始側(体幹側)と、大腿直筋(股関節屈
筋)がよく発達し、全体的に腿の付け根が太く、膝の上部が細い「逆三角形」の形態をしているよ
うです。
私たちの研究室でも、ラグビーのトップ選手(フォワード)について調べ、同様の特徴があることを
認めました。
大腿周径囲の最大長を測ると、70cmを超える人も少なくないのですが、極度に太く見えることは
ありません。
これは大腿部の付け根に比べ、膝の真上から大腿中央部にかけてがあまり太くないからだと考
えられます。
逆に、バレーボールの選手などでは、膝の真上の部分が特に太くなっていて、この場合にも、見
かけ上「損」をしていることになります。
大腿四頭筋を構成する筋は、「羽状筋」といって、筋線維が筋の長軸から傾いて走行しているた
め、このように運動様式に依存した発達の部域差が生じるものと考えられます。

スケート動作中の筋力発揮
スケート滑走中に膝伸筋(大腿四頭筋)や股関節伸筋(大臀筋とハムストリングス)が実際にどの
ように活動しているかについての詳細な研究はないようです。
そこで、その動作から類推して、これらの筋の活動を次の4つの相に分けて考えます。

1)膝、股関節の伸展による強い前方への加速(ストローク)
2)脚の素早い前方への振り出し
3)エキセントリックな筋力発揮(伸張性筋力発揮)による推進力の受け止め(接地直後)
4)等尺性筋力発揮の維持(深いクラウチング姿勢の維持)

このサイクルの中で、例えばスプリント・ランと比べて異なる点は、1)、3)、4)の筋力発揮時間が
極めて長いことでしょう。
結果的に、スケート滑走中は、膝・股関節伸筋群は、強弱こそあるものの、ほとんど力を出し続け
ていることになります。
こうした状態が、500mでもほぼ40秒続くことになります。
また、膝・股関節の作動域が極めて広いことも特徴で、深くしゃがむスクワットをするのと同様の
効果があると考えられます。
クラウチングの深い選手ほどその傾向は強いでしょう。

筋肥大と局所循環
形よく発達したスピードスケート選手の大腿部には、上に述べたように、接続的な筋力発揮と広
い関節作動域という、2つの秘密があるようです。
筋がその最大筋力の約30%を超える力を発揮すると、筋内圧が上昇するために血液の循環が
抑制されることが分かっています。
したがって、スケート滑走中には、筋内は、低酸素状態になるとともに、代謝産物も蓄積するとい
う、極めて厳しい環境になると予想されます。
これは、以前ご紹介した「血流を制限したトレーニング」(加圧トレーニング)の場合に類似してい
ます。
私たちの研究室では、このような筋内環境が、筋肥大を刺激する重要なシグナルになると考えて
います。
また、筋内の代謝産物の蓄積は、脳のホルモン調節センター(間脳視床下部)を刺激し、成長ホ
ルモンなどの分泌を活性化する可能性があります。

トレーニングへの応用
上に述べたことをトレーニングに応用してみましょう。
スクワットで考えます。
まず、膝・股関節の作動域を十分にとるため、ヨーロッパスタイルのパラレルスクワットを用いま
す。
1セットの持続時間が30-40秒になるように、10レップスを目安にします。
負荷をかついだらゆっくりとしゃがみ、最下点で少し静止し、強く蹴り上がります。
立ち上がったら止まることなく、すぐにまたしゃがみます。
できればセット間のインターバルを1分程度にします。
こうすることで、成長ホルモンの分泌をさらに活性化できるでしょう。
かつて、素晴らしい大腿部でミスターユニバースを勝ち取った須藤孝三選手も、このようなスクワ
ットを行なっていたと聞いています。
ただし、これは相当に「きつい」トレーニングです。
同様の筋内環境にするためということであれば、デクライン式のレッグプレスを用いた方が容易で
しょう。
横浜市スポーツ医科学センターの宝田氏によれば、脚が心臓より上に位置するので、筋内の低
酸素環境が助長される可能性があるとのことです。
確かにこの点は、デクライン式のレッグプレスが経験的に大きな効果をもたらす理由のひとつかも
しれません。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース128号(1998年4月発行)より転載

体脂肪をめぐる最近の話題:2. 消化管ホルモンと脂肪の蓄積

前回、脂肪組織が内分泌器官でもあり、さまざまなホルモンやサイトカインを分泌すること、これら
が過剰に分泌されると、健康に直接悪影響を及ぼすことなどをお話ししました。
今回も同じく脂肪の話題になりますが、脂肪を太らせる要因として、消化管ホルモンのはたらきが
重要であることがわかってきましたので、この点についてご紹介しましょう。

注目される消化管ホルモン:GIPとPYY3-36
胃や腸は消化器官ですが、内分泌器官としてもはたらき、さまざまなホルモンを分泌します。
古くから知られているものに、ガストリンやモチリンなどがあり、胃酸の分泌や腸の蠕動運動を促
して、消化・吸収を助けます。
一方、胃酸の分泌を抑制するホルモンもあり、消化管抑制ペプチド(GIP)と呼ばれています。
最近、このGIPが肥満との関係で注目されています。
GIPは、脂肪が膵液リパーゼによって分解され、小腸から吸収されたときに、十二指腸から分泌さ
れます。
おそらく、エネルギーの大きな脂質を摂取したという信号となって、消化活動を減速し、余分なエ
ネルギー摂取を抑えるはたらきをしているものと想像されます。
脂肪食が「腹もち」がよいのは、こうしたしくみが一因となっています。
また、ごく最近Batterhamら(2002)は、同様に栄養が小腸から吸収されたときに、PYY3-36とい
うホルモンが分泌されることを示しました。
このホルモンは、脳の視床下部にある摂食中枢に直接はたらいて、食欲を抑えると考えられ、痩
身薬として期待されています。

GIPと肥満の関係
このように、GIPやPYY3-36は、余剰なエネルギー摂取を避け、肥満を予防する「満腹ホルモン」
としてはたらくものと思われます。
何度かお話ししましたが、それでも脂肪が太ってきてしまった場合には、脂肪細胞からレプチンが
分泌され、摂食中枢にはたらいて食欲を下げるという「念押し機構」もあります。
ところが、GIPが逆に肥満を招くこともわかってきています。
Miyawakiら(2002)は、GIPをつくることのできないマウス(GIPノックアウトマウス)と、通常のマウ
スに高脂肪食を与えたところ、通常のマウスでは体脂肪量が倍以上に増えたのに対し、ノックア
ウトマウスでは、体脂肪量が全く増えないことを見いだしました。
また、レプチンをノックアウトしたマウスは極度の肥満になりますが、レプチンとGIPをともにノック
アウトしたマウスでは、肥満の程度が低いこともわかりました。
これらは、長期的な高カロリー食のもとでは、GIPはむしろ肥満を助長するようにはたらくことを示
唆しています。

インスリンとGIPの相乗作用
こうしたGIPのはたらきは、脂肪細胞に対する効果によるものと考えられます。
脂肪細胞は、血液中のグルコースを取り込み、これから中性脂肪を合成して蓄積します。
脂肪細胞によるグルコースの取り込みは、インスリンによって刺激されます。
従って、血糖の上昇→インスリンの分泌→脂肪細胞によるグルコースの取り込み→脂肪細胞の
肥大、という図式になります。
ところが、Miyawakiら(2002)の研究から、このインスリンのはたらきが、GIPによって増強される
ことがわかりました。
すなわち、GIPは脂肪細胞によるグルコースの取り込みを促進するはたらきがあるということにな
ります。
また、栄養として小腸から吸収された脂肪は、タンパク質とコレステロールでできた「袋」に包まれ
たかたちで血液中を運ばれてきます(リポタンパクコレステロール)。
脂肪細胞は、血中のリポタンパクを細胞表層のリポタンパクリパーゼ(LPL)という酵素で、一旦脂
肪酸とグリセロールに分解し、これらを吸収してから中性脂肪に再合成して蓄積します。
GIPはこのLPL活性を高めることもわかりました。

低インスリンダイエットの落とし穴
「低インスリンダイエット」が流行しています。
この方法は、上記のように脂肪細胞によるグルコースの取り込みはインスリンによって活性化さ
れますので、食後にあまりインスリンが分泌されないようにすれば肥満を防げるというものです。
膵臓からのインスリンの分泌は、血中のグルコースによって刺激されます。
したがって、同じ炭水化物でも、グルコース(ブドウ糖)に比べて果糖やガラクトースを多く含むも
のを摂取した方がよいということになります。
食品を摂取したときに、インスリンの分泌を促す指標として用いられるものが「グリセミック指数」
(GI値)で、通常白パン(日本では白飯の場合が多い)を100として表します。
GI値の低い食品にはパスタ、蕎麦、フルーツなどがありますので、これらを食べるのがよいという
ことになります。
これは誤った考えではないのですが、脂肪食の影響をやや軽視しているきらいがあります。
実際、マウスに同じカロリーの通常食と、果糖+高脂肪食(低GI値)を与えたところ、後者の方で
より著しい肥満が起こったという報告もあります。
これは、インスリンの分泌が低くとも、脂肪食によってGIPの分泌が高まり、脂肪細胞に対するイ
ンスリンの作用を増強してしまうためと考えられます。
低GI値にばかりこだわるのではなく、やはり脂肪の摂り過ぎそのものに、まず注意を払う必要が
あるといえるでしょう。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース155号(2002年10月発行)より転載

体脂肪をめぐる最近の話題:1. 内分泌器官としての脂肪組織

体脂肪と健康
体脂肪を敵とするのは、アスリートだけではありません。
一般人にとっても、過剰の体脂肪は体型を崩すばかりでなく、健康を脅かします。
ご存じのとおり、肥満は虚血性心疾患、脳血管障害、糖尿病などの生活習慣病の危険因子とさ
れています。
このことは主に、肥満とこれらの病気の罹患率の関係を調べた疫学的研究から裏付けられてい
ます。
一方、肥満がこれらの病気を引き起こすメカニズムについては、実はあまりはっきりしておらず、
これまで複雑で難解な機構が提唱されてきました。
専門家でさえ、「太り気味だとなぜ悪いの?」と正面切って問われると、答えに窮するかもしれま
せん。
ところが最近、脂肪組織が内分泌器官でもあり、さまざまなホルモンを分泌することがわかってく
ると、脂肪と健康の関係がより明確になってきました。

痩せるホルモン:レプチンとアディポネクチン
脂肪組織は主に脂肪細胞からできています。
10年ほど前、この脂肪細胞が「レプチン」というホルモンを分泌することが発見され、「体脂肪は
内分泌器官である」ということで大変な話題になりました。
このコラムでも何回かご紹介したとおり、脂肪細胞が中性脂肪を蓄積するとレプチンを分泌しま
す。
レプチンは中枢にはたらき、食欲を低下させるとともに交感神経を活性化して脂肪分解を促し、
太り始めた脂肪細胞を痩せさせます。
一時、「究極の痩身薬」として注目されましたが、残念ながら通常の肥満では、レプチンの分泌量
自体も多いことがわかりました。
その後、「アディポネクチン」という新たなホルモンが発見され、これが肝臓や骨格筋にはたらい
て脂肪酸の代謝を高めることがわかりました。
これらの2つのホルモンは、全身にはたらいて脂質代謝を改善する、いわば「善玉のホルモン」と
考えることができます。

糖尿病を引き起こすホルモン:レジスチン
一方、最近になって、からだに「悪さ」をするホルモンも脂肪細胞から分泌されることがわかりまし
た。
「レジスチン」と名付けられたこのホルモンは,脂肪細胞自身や肝臓、骨格筋などに対するインス
リンの作用を阻害します。
通常であれば、血糖が上がると膵臓からインスリンが分泌され、インスリンは肝臓、骨格筋、脂肪
組織にはたらいて糖の取り込みを刺激し、血糖を下げます。
一方、レジスチンが多いと、このインスリンの作用が阻害されるため、インスリンが分泌されても
血糖が下がりにくいことになります。
このような状況を「インスリン抵抗性」と呼びます。
インスリン抵抗性の原因となることから、「レジスチン」という名前がついたわけです。
インスリン抵抗性は、生活習慣病である II型糖尿病の初期段階です。
すなわち,「脂肪細胞は糖尿病を引き起こす物質を分泌する」ということができます。

心筋梗塞を引き起こすサイトカイン
脂肪細胞はまた、さまざまなサイトカイン(元来,白血球から分泌される局所性ホルモン様物質)
を分泌することもわかってきています。
その中で、インターロイキン-6 (IL-6)、TNF-α(腫瘍壊死因子-α)、PAI-1(プラスミノーゲン活性化
抑制因子)などが注目されています。
これらは本来、炎症反応に関わる因子で、IL-6 や TNF-αは動脈の内壁に過酸化脂質を沈着さ
せ、動脈を狭く、固くします。
PAI-1 は、血液凝固を促進し、血栓を生じさせやすくすると考えられています。
これらのことから,「脂肪細胞は、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす物質を分泌する」ということが
できます。
少々乱暴な表現をすると、体脂肪が蓄積すると、「全身の血管が炎症のような状態」になるといえ
るかもしれません。

内臓脂肪か皮下脂肪か
これらのホルモンやサイトカインは、主に皮下脂肪と内臓脂肪のどちらから分泌されるのでしょう
か。
少なくとも TNF-α や PAI-1 などについては、内臓脂肪のほうが分泌活性が高いことが示唆され
ています。
これには、内臓脂肪の生い立ちが関連しているかもしれません。
内臓脂肪はおそらく、骨髄由来の多能細胞(いろいろなものになれる細胞)がつくる、比較的幼若
な脂肪組織と思われます。
その分、さまざまな物質をつくる能力も発現しやすいものと考えられます。

脂肪の増えすぎが問題
レジスチンやPAI-1 も、脂肪組織内で局所的にはたらいていれば、脂肪細胞への糖の取り込み
を抑制することで、脂肪組織自身が太りすぎるのを防止する、有用な物質です。
いわば、脂肪細胞の「満腹のサイン」といえます。
しかし、それにもかかわらず過剰のエネルギー摂取によって、体脂肪が体の30%というような量
になると、それらの影響が全身に波及すると思われます。
従って、常に脂肪組織に「エネルギー備蓄のための余力」をもたせておくことが重要なのでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース154号(2002年8月発行)より転載

筋萎縮の遺伝子治療への期待と不安

私がまだ学生のころ、「トレーニング直後に筋の中で生成される物質と同じものを筋に注射しただ
けで筋肥大が起こらないものか?」とよく考えたものです。
それから20年ほどの間、このようなことは「夢物語」でした。
しかし最近、これとほぼ同様のことが、加齢にともなう筋萎縮や筋ジストロフィーの遺伝子治療の
ための「最終兵器」として、にわかに現実味をおびてきました。
今回は少々恐ろしいお話しをご紹介しましょう。

筋肥大を促す因子:IGF-I
以前、筋量を決める決定的な要因として、ミオスタチン(GDF-8)という成長因子のお話しをしました。
ミオスタチンの遺伝子をこわした動物をつくると、筋が著しく肥大し、マウスではその筋量が通常
の2~3倍にもなります。
すなわちミオスタチンは筋の発達を抑制している因子ということになります。
一方、筋肥大を促進する可能性のある因子もいくつかあり、その代表が、インスリン様成長因子-I
(IGF-I)です。
この因子は、トレーニングによる機械的刺激や、成長ホルモンの作用によって筋線維から分泌さ
れ、筋線維自身にはたらいてタンパク合成を促す(自己分泌)と考えられています。
したがって、最終的な筋量はIGF-Iとミオスタチンのバランスで決まるとも考えられていますが、
IGF-Iの役割がどれほど大きいかについては、これまでよく分かっていませんでした。

ウイルスを用いてIGF-I遺伝子を筋に注入する
ところが、昨年の末、Barton-Davisらが、このIGF-Iに関する戦慄的な実験結果を公表しました。
彼らは、マウスのIGF-I遺伝子をアデノウイルスというウイルスの遺伝子に組み込み、このウイル
スの懸濁液をマウスの下腿筋に注射しました。
すると、6カ月齢のマウスにたった1回注射しただけで、その4カ月後には、長指伸筋の筋断面積
と筋力が、生理食塩水を注射したもの(対照とする反対側)に比べ、約15%増大したのです。
さらに、23カ月齢という老齢マウスに同様の注射をすると、やはりその4カ月後には筋断面積と
筋力がいずれも約15%増大し、通常の6カ月齢のマウスの場合とほぼ同様の筋断面積と筋力を
もつようになりました。
これをヒトの場合にあてはめると、「70歳の老人の筋に1回注射をすれば、20歳代の筋に回復す
る」というようなことになるでしょう。

ウイルスを媒体として、多数の細胞に一様に遺伝子を注入するという手法は、遺伝子治療の基
本戦略になりつつあるものです。
筋に注射された多数のアデノウイルスは、筋線維に感染し、筋線維の中に入り込みます。
ウイルスの増殖能は弱く、筋線維をこわすことはありませんが、筋線維に注入されたウイルスの
遺伝子は、ウイルス自身のタンパク質を筋線維につくらせ続けます。
したがって、IGF-I遺伝子を組み込んだウイルスにひとたび感染した筋線維は、いつまでもIGF-Iを
つくり続け、こうして過剰につくられたIGF-Iが筋肥大を引き起こすものと考えられます。

IGF-Iは局所的にはたらく
Barton-Davisらはさらに、ウイルスを注射したマウスの循環血中のIGF-I濃度を測り、筋内でつく
られたIGF-Iは筋中にとどまっていて、ほとんど循環血中に出てこないことを示しました。
なぜIGF-Iが筋の中にトラップされるのかはよく分かりませんが、このような局所的なIGF-I生成が
体循環に現れないことが、これまでIGF-Iの作用がやや過小評価されてきた一因と考えられます。
いずれにしても、この実験結果は、「1回注射をするだけで、目的とする筋のみを肥大させること
ができ、全身的な副作用は現れない」ことを示唆します。
ボディビルダーにはよだれが出るような話しです。

スポーツへの悪用の危険性
上の実験は、老化に伴う筋萎縮の治療を考える上で重要です。IGF-Iは、骨形成にも関係してい
ると考えられますので、骨粗しょう症の治療にも応用できるかも知れません。
また、全身のIGF-I活性の低下が老化を引き起こすという考えもあり、たとえば20歳のときに全身
の細胞にこの遺伝子を注入すれば、外見上年をとらずにすむかも知れません。
もちろんこのようなことは倫理的に問題です。

ここまでは行かなくとも、「スポーツへの悪用」についてはBarton-Davisらも論文中で危惧してい
ます。
「1度注射をするだけで、後は何をしなくても筋が太く、強くなる」と聞けば、おそらく多くのアスリー
トやビルダーの目の色が変わるでしょう。
しかもこの不正を検出するには、筋組織のDNA分析しか手だてはないものと思われます。
10年後に「遺伝子ドーピング」などということばが出現することのないように、今後十分な配慮が
望まれます。

トレーニング科学へのインパクト
ポジティブな面を考えてみましょう。
IGF-Iが、トレーニングによる筋肥大に関わる(少なくとも一つの)重要な因子となる可能性が強ま
りました。
今後、研究面では、局所的なIGF-I生成を高めたり、ミオスタチン生成を抑制したりするようなトレ
ーニングが、「効果的なトレーニング法」のひとつの指標となるでしょう。こうした展開によって、21
世紀にふさわしい「革新的トレーニング法」が生まれることを期待しています。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース135号(1999年6月発行)より転載

「バーベルを下ろすこと」の大切さ

ウエイトトレーニング(最近では「レジスタンストレーニング」と呼びます)といえば、「バーベルを持
ち上げること」を即座に連想します。
しかし、上げたバーベルは次に下ろさなければなりませんので、正確には「バーベルを上げ下げ
すること」となります。
トレーニングによって筋が太くなり、筋力が増すことは立証されています。
しかし、これらの効果が、バーベルを何度も持ち上げた結果なのか,逆に何度も下ろした結果なの
かは、実は明らかではありません。

バーベルを上げる時、筋は力を発揮しながら短縮します。
一方、バーベルを一定の速度で下ろす時、筋は力を発揮しながら伸張されます。
従って、バイオメカニクスの分野では、前者を短縮性動作(コンセントリック・アクション)、後者を
伸張性動作(エキセントリック・アクション)と呼びます。
ある重さのバーベルを上げ下げする場合、筋が発揮する力は、上げる時(短縮性運動)も下げる
時も(伸張性運動)も同じです。

トレーニングを行うときの短縮性動作と伸張性動作、それぞれの効果は質的に異なるのでしょう
か。
筋を肥大させたり、筋力を高めたりする効果はどちらが大きいのでしょうか。
これらを厳密に調べた研究はあまりありません。
そこで、このような問題について私達が行っている実験の一部をご紹介しましょう。

同じ人の左右の腕(肘屈筋)に、プリーチャーベンチカールという、おなじみのトレーニングをさせ
ます。
ただし、例えば右腕はダンベルを上げる動作(短縮性動作)のみ、反対に左腕はダンベルを下ろ
す動作(伸張性動作)のみ、といった具合に、左右でやりかたを変えます。
トレーニングの前後で筋断面が増える場合も、筋力が増える割合も大きいことが分かりました。
つまり、「ダンベルをあげる動作」よりも「ダンベルを下ろす動作」の方が、トレーニング効果が大き
いということになります。
普段私達が行っているトレーニングでは、実験の場合の様に厳密に負荷を設定しませんので、こ
の結果を直ちに一般化するわけにはいきません。
しかし、あえて大まかに見積もると、バーベルの上げ下げを交互に行う通常のトレーニングでは、
全体の効果のうち40%程度が短縮性動作に、60%が伸張性動作すなわり「バーベルを下ろす動
作」によるものと考えることが出来ます。

ところで、伸張性動作には、「筋を破壊する」という、もうひとつの側面があります。
大きな負荷を用い、伸張性動作を主として行うトレーニング(伸張性トレーニング)をすると、強烈
な筋肉痛と著しい筋力の低下がおこります。
これらは、初回のトレーニング後2~3日でピークに達し、完全に回復するまで1ヶ月近くかかるこ
ともあります。
その原因は、筋の微細構造が壊れ、強い免疫(炎症)反応がおこるためと考えられています。
脚の筋郡について見ると、山や階段を登る時には短縮性動作を繰り返し、降りる時には伸張性動
作をくり返すことになります。
ネズミを2つのグループに分け、一方に坂をかけ登る運動、他方に坂をかけ降りる運動をさせる
と、坂をかけ降りたネズミの筋により大きなダメージが生じます。
私達の場合にも、例えば山登りの後で筋肉痛に悩まされるのは、山を登ったためではなく、山を
降りたためと言えるのです。
 
それではなぜ、伸張性トレーニングの方が大きな効果が得られるのでしょうか。
それは、私達のからだの中の修復機能自体も、トレーニングによって同時に高められるためと考
えられます。
実際、最初のトレーニング後には強い筋肉痛が続きますが、それをある程度我慢して2回目、3回
目とトレーニングを重ねると、筋の損傷からの回復速度が著しく高まることが示されています。

長期的な筋のダメージを伴うことから、伸張性トレーニングが敬遠された時期がありました。
その様な時期に作られた、あるメーカーのマシンについて調べたところ、伸張性動作時の負荷
が、(同じ重量をセットした時の)短縮性動作時の負荷の80%しかありませんでした。
他の多くのマシンでも、機械的摩擦などで、伸張性動作時の負荷が軽くなる傾向がある様です。
私達の実験結果から見れば、このことはマシントレーニングの大きな欠点のひとつと言えるでしょ
う。
また、「走る」「跳ぶ」など、すべてのスポーツの基本となる運動で、伸張性動作は極めて重要な
役割を果たしています。
従って、普段から伸張性動作による筋のダメージに対する抵抗力を高めておかないと、持続して
高度なパフォーマンスを発揮できないということになると思います。

これらのことから、伸張性トレーニングは今後ますます注目されてくると考えられます。
普通のトレーニングを行う場合でも、「ていねいにバーベルを下ろすこと」が重要であることは言う
までもありません。
トレーニング科学はまだ未熟ですので、多くの場倍、経験が実証に先んじる様です。
トレーニングの熟練者で、雑なバーベルの下ろし方をしている人はあまり見ませんので、今回の
話も、多くの読者には「釈迦に説法」だったかも知れません。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース100号(1993年8月発行)より転載

「サイズの原理」とトレーニング

負荷が小さく、量が少なくとも効果的に筋が肥大するという、摩訶不思議なトレーニング法「加圧
トレーニング」について前回ご紹介しました。
トレーニングの指導者や実践者の方々の間には、私がこのようなことを言い始めたことに対する
ある種の戸惑いがあるようです。
というのも、私自身が現役の時には、極めて高重量を用いてハードトレーニングをすることで定評
がありましたし、研究者としても、「いかにして筋に強い負荷をかけるか」を主張してきたからで
しょう。
ところが、研究が進むにつれ、トレーニング効果のメカニズムは想像していたよりはるかに複雑
で、例えば筋肥大といったひとつの効果を得るためにもさまざまなアプローチが可能と思うように
なりました。
そこで、今回は、どの教本にも載っていて、半ば常識となっている「負荷と効果の関係」について、
少し違った角度から検討してみることにしました。

負荷と効果の原則
トレーニングを行なう場合、その目的に応じて適切な負荷を設定しなければなりません。
筋のサイズを増さずに筋力を高めるのであれば最大挙上負荷(1RM)の90%以上、筋を肥大さ
せるとともに筋力を増すのであれば1RMの80%前後、筋持久力を増すのであれば1RMの
60%以下というのが原則となります。
これは、経験的にも、多くの実験からも概ね実証されています。
生理学的な根拠は十分に揃っているとはいえませんが、そのひとつに「サイズ原理」があります。

サイズの原理
私たちの筋肉を構成している筋線維には、大きく分けて速筋線維(FT)と遅筋線維(ST)があ
ります。
これらを支配している運動神経は脊髄に一個の細胞体を持ち、そこから軸索と呼ばれる突起を
伸ばしています。
軸索は筋肉の中で枝分かれをして、数百本の筋線維に接合しています。
一個の運動神経と、それが支配する筋線維の集団を、運動単位と呼びます。
つまり、筋肉中には、FTを支配する運動単位と、STを支配する運動単位がたくさん含まれて
います。

一般に、FTを支配する運動神経は、STを支配する運動神経に比べ、細胞体が大きく、軸索も
太く、支配している筋線維の数も多い、すなわち「サイズが大きい」という特徴があります。
私たちが徐々に大きな力を出していくような場合には、まずサイズの小さな運動単位から使い始め、
大きな力を出す段階になって初めてサイズの大きな運動単位を使うようになることが実験で確か
められています。
これを「サイズの原理」と呼びます。
言い替えると、発揮する筋力が小さいときにはSTから優先的に使われ、筋力の増大とともにFT
が使われるようになるということになります。
これは、エネルギーを節約するために大変都合のよい仕組みですが、大きな筋力発揮に向いて
いて、肥大する程度も高いFTをトレーニングするには、やはり1RMの80%前後の大きな負荷を
使って大きな筋力発揮をすることが必要なことを示しています。

サイズの原理の例外
ところが、最近までのいくつかの研究から、次に述べるように、サイズの原理にも例外があること
が分かってきました。

1)エキセントリックトレーニング
極めて軽い負荷を用いてトレーニングを行なうとき、筋の電気的活動を記録すると、負荷を上げ
(コンセントリック)、引き続き保持する(アイソメトリック)動作では、負荷が軽いので確かに
STが使われますが、次に負荷を下ろす(エキセントリック)動作では、逆にFTが使われることが
報告されています。
つまり、エキセントリックトレーニングでは、負荷の大きさにかかわらずFTが優先的に用いられる
ことになります。
エキセントリックな動作をうまく制御するのは(神経系にとって)むずかしく、体を守るために急激
な筋力発揮を要求される場合もあることから、収縮、弛緩速度の大きなFTを使うのだろうと想像さ
れていますが、詳細な機構は不明です。

2)バリスティックトレーニング
次に、極めて軽い負荷を急激に加速する場合を想像して下さい。
最近、サルを用いた研究から、このような動作を訓練すると、STを全く使われずに、FTを使う
ようになることが示されました。
このことから、急激な力発揮を行なうトレーニング(バリスティックトレーニング)でも、負荷の
大きさに関わらずFTを優先的に使う能力が高められると想像されます。
ただし、軽い負荷でもこれを強く加速するには大きな力が必要なので、「小さな筋力発揮にFTを
使う」ことでは必ずしもありません。
1)と2)を合わせ、さらにFTの使い方を練るのがプライオメトリックトレーニングということもで
きるでしょう。

3)加圧トレーニング
前回お話しした通り、加圧トレーニングでは、負荷が極めて軽いにもかかわらず、筋の活動レベ
ルは高負荷の場合と同じです。
この理由として、血流を阻害した場合、低酸素状態でも十分に働くことのできるFTが止むを得ず
使われるためだろうと私たちは考えています。
これらのトレーニングは、うまく行なえば大変効果の大きなものですが、いずれも「サイズの原理」
に対するアンチテーゼを含む点で共通するのが興味深いところです。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース120号(1996年12月発行)より転載

「加圧トレーニング法」の生理

前回、パンプ・アップのメカニズムとトレーニングとの関係についてお話ししました。
その中で、現在私たちが行なっている、新しいトレーニング法の研究をご紹介すると予告しました
ので、今回はこれに関連したことをお話しします。
このトレーニング法は、私たちが仮に「加圧トレーニング法」と呼んでいるもので、筋肥大のメカニ
ズムにも深く関係している可能性があることから、研究対象としても極めて興味深いものです。
自己流にこれを行なうと大変危険なこともあり、公表については慎重に検討してきましたが、先の
体力医学会での発表を皮切りに、普及を試みる運びとなりました。

「加圧トレーニング法」とは?
このトレーニング法は、私たちの共同研究者であり、現サトウスポーツプラザのオーナーの佐藤義
昭氏が独自に考案し、長年行なってきた運動療法を、科学的に処方可能(方法、器具ともに国際
特許出願中)にしたものです。
その基本原理は、筋内の血流を適切に制限した状態でトレーニングをすると、極めて軽い負荷で
の少量のトレーニングによって効果的に筋が肥大するというものです。
そもそものヒントは「正座」にあり、一時的な血行不良を引き起こす正座が、かつての日本人の足
腰の強さの秘訣ではないかとの類推に基づくものだそうです。
対象は現在のところ、四肢の筋群に限られていますが、大腿部の筋群に適用できるだけでも、リ
ハビリテーションや中高齢者のトレーニングとして有用と思われます。

加圧トレーニングの方法
まず、上腕または大腿の基部を、圧センサを内蔵した、特別のベルトで加圧します。
このときの加圧の程度が大変重要で、動脈流を緩く抑え、静脈流を強く阻止するようにします。
加圧の程度を誤ると、逆に筋萎縮を起こす場合があるばかりか、障害の危険を伴うので、注意が
必要です。
この状態で、1RMの40%あるいはそれ以下の低強度の負荷を用い、ショートインターバルの
トレーニングを5分程行ないます(3~4セット)。

驚異的な筋肥大と筋力の増大
トレーニング処方の基礎理論からいえば、上のような低強度の負荷では、通常、筋肥大や筋力の
増加を期待できません。
ところが、このトレーニング法ではそれらが起こります。
私たちは、平均年齢60歳の女性11名に、この方法を用いて肘屈筋のトレーニング(ダンベカー
ル)を週2回、4カ月間行なわせました。
その結果、上腕部の筋断面積と筋力がいずれも、平均20%(最大30%)増加したのです。
トップアスリートではどうでしょうか。社会人トップレベルのラグビーチームの中に、重大な膝の障
害を持つ選手がいました。
彼にこの方法(大腿部筋群)を適用したところ、通常のリハビリでは完治までに10カ月以上かかる
ところを、3カ月以内で試合に復帰させることができ、しかも彼はその後の試合で大活躍して、優
勝の原動力となりました。
さらに、今年に入って、フォワードの主力選手たちにこのトレーニングさせたところ、2カ月間で脚・
股関節伸展パワーが平均20%増加しました。
実は、私自身もこの方法で肘屈・伸筋群のトレーニングを5分ずつ、週1回行なっていますが、2
カ月で上腕囲が3~4cm増えました。
50cmを超えたらコンテストに復帰しようかとも考えています。

だまされる筋肉
なぜこのような効果があるのかについては、基礎研究を積み上げている段階です。
生理学的な測定から、加圧した状態で40%1RMの負荷を上げているときの筋の活動レベル
が、加圧せずに80%1RMを上げているときと同程度であること、加圧トレーニング後には血中乳
酸濃度などが極めて高く、筋内環境がかなり劣悪な状態になることなどは分かりました。
さらに、前回お話しした、局所性貧血と再灌流という筋内環境のストレスが、加圧によって増幅さ
れることから、このようなストレスが筋肥大をもたらす一要因となるのではないかと想像していま
す。
興味深いことは、負荷を大きくすると、筋収縮のポンプ作用で血液が流れてしまい、かえって加圧
の効果が薄れてしまうことです。
加圧をせずに、トレーニング後の筋肉の状態を同じようにすることも可能と考えられます。
例えば、400mを全力で疾走する。10RMのスクワットを1分以内のインターバルで5~6セット行
なう、などです。
また、より高負荷を用いて、ショートインターバル、高重量を行なうトレーニング法はさらに効果的
な方法かも知れません。
しかし、嘔吐を覚悟しなければ、これらのトレーニングは行なえません。
したがって、加圧トレーニング法は、「筋肉をだまして肥大させる、誰にでもできる方法」と言い替
えることもできるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース119号(1996年10月発行)より転載

パンプ・アップの生理学

トレーニングをしている人であれば、パンプ・アップ(pump up)という言葉をよくご存じでしょう。
はげしくトレーニングをすると、まるで筋肉に血液が注入されて、風船のように膨れ上がったよう
になるので、この状態をパンプ・アップといいます。
日本では、筋肉をはげしくパンプ・アップさせ、その状態をなるべく長時間持続させるようなトレー
ニング法を「充血法」と呼んできました。
以前、トレーニング講習会などで、「パンプ・アップは効果を上げるために必要ですか」という質問を
受けると、「最も重要なのは、筋肉が受ける力学的刺激ですので、必ずしも必要でないでしょう。
その証拠に、腕立て伏せを100回やれば強くパンプ・アップしますが、筋肥大は起こりません」と
答えていました。
しかし、パンプ・アップとトレーニング効果との関係を明らかにした報告はこれまで全くなされてい
ません。
また、最近では私自身、実験結果に基づいて、上の考え方をやや変えるに至りました。
そこで、今回は、パンプ・アップについて考えることにしました。

トレーニングと筋内の血流
筋肉中の個々の筋線維のまわりには毛細管がとりまいていて、その両端はそれぞれ動脈と静脈
につながっています。
単純に考えると、筋運動中には、こうした経路を通って流れる血液(血流)の量が増し、そのよう
な状態がパンプ・アップだろうと想像されますが、実際にはそれほど単純ではありません。
筋肉の中の血流は、筋肉の収縮の仕方に依存して変わります。
よく知られているのが、筋力発揮のレベルと血流との関係です。
トレーニングで繰り返し筋力を発揮するような場合、最大筋力の30%程度まででは、運動中の筋
内の血流量が顕著に増えます。
ところが、負荷を増し、もっと力を発揮すると、筋内圧の上昇によって静脈圧が増し、血流は減少
していきます。
80%以上の力を発揮すると、こんどは筋肉が血液をしぼり出したような状態になり、「局所性貧
血」になります。
中~高負荷のトレーニングでは、運動中、筋肉は貧血状態になっているのです。
一方、運動直後には、筋肉の循環抵抗が大きく減少し、その結果一気呵成に多量の血液が筋肉
に流れ込む、過血流の状態になります。
スクワットなどの直後に、一過的に貧血症状が現われることがあるのは、このような過血流が下
肢や体幹筋群に起こるため上半身の血流が減少するためと考えることができます。
しかし、筋内の血流量の増大は、流入する血液(動脈流)と流出する血液(静脈流)の両方の増
加によって起こりますので、筋肉が「充血」することではありません。

パンプ・アップのメカニズム
それでは、パンプ・アップはどのようにして起こるのでしょうか。
筋肉が活動するとエネルギーを使います。
すると、乳酸や二酸化炭素などの代謝産物が生成されます。
これらは、筋線維から運び出されると、毛細管の透過性(水などの通りやすさ)を増し、動脈を拡
張させるようにはたらきます。
このような状態で運動後に静脈圧が急降下すれば、筋内は血液が通りやすくなっているので、代
償的に過大な血液が流れます。
さらに、筋線維の間の空間には代謝産物がたまり、浸透圧が高くなっているので、血液から血しょ
う成分が侵出してきます。
その結果、筋肉が「水ぶくれ」になり、体を循環する血液量がその分減少します。
ボディビル競技でパンプ・アップしすぎると、往々にして筋肉の「切れ味」がなくなるのは、このた
めです。

パンプ・アップの功罪
上のメカニズムから、パンプ・アップには複数の要因が関係することが考えられます。
代謝産物を多量に生成するためのエネルギー消費、十分な時間局所性貧血を起こすための、筋
力発揮時間などです。
ですから、100回の腕立て伏せでも、10RMのベンチプレス5セットでも、見かけ上同様にパン
プ・アップを起こせます。
従って、パンプ・アップの有無だけではトレーニングの善し悪しを判別できませんが、適切な負荷
領域を用いているのであれば、トレーニングの量やセット間のインターバルなどが適切であった
かどうかの指標とはなり得るでしょう。
一方、パンプ・アップは筋肉の可動域を減らし、筋力やパワーを一時的に低下させます。
これらは、「動き」に悪影響を及ぼしますので、「動き作り」を伴うトレーニングでは、極力パンプ・ア
ップを抑える方法が有用です。
以前お話しした、動作初期にバリスティックに筋力発揮をする方法や、「初動負荷」と呼ばれる方
法では、大きな筋力を発揮する時間が短いので、パンプ・アップが起こりにくいと考えられます。
逆に「終動負荷」では、筋肉が血液をしぼり出すようにはたらくため、強くパンプ・アップするのでしょう。
ところが、最近の私たちの研究から、筋内の血液循環の状態と筋肥大の間に密接な関係がある
ことが分かってきました。
細かいメカニズムについてはさらに研究を進めている段階ですが、筋を大きく肥大させるには、
局所性貧血またはそれに近い状態を長時間作るのが効果的であり、筋力発揮自体は小さくても
よいらしいのです。
この研究の詳細については、次回お話しします。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース118号(1996年8月発行)より転載

食事が筋肉のタンパク合成を促す

「食事やサプリメントは筋肉づくりにどの程度効果があるのか?」、「トレーニングをす
ると、その後どのくらいの間、筋肉でのタンパク合成が続くか?」などの問題は、スポー
ツの現場だけでなく、健康づくりの分野でも重要です。
これらの問題へのアプローチは、これまで主に動物実験や、ヒトを対象とした長期実験や
疫学調査などに基づいて行われてきましたが、必ずしも一致した結論が得られているわけ
ではありません。
しかし最近、主にテキサス大学のグループが中心となって、筋でのタンパク合成と分解を
人体の中で測るという手法を用いた研究が行われるようになり、興味深いデータが次々と
報告されています。
今回はこれらの研究の中から、食事とタンパク合成に関するものを中心にご紹介します。

ヒトの体でタンパク合成と分解を測る
身体の中で起こるタンパク質代謝(合成と分解)を測ることは容易ではありません。
動物実験では、放射性同位体で標識したアミノ酸を注射し、筋タンパク質へのアミノ酸の
取り込みや、筋でのタンパク質分解を測りますが、ヒトに同じ方法を用いることはできま
せん。
一方、Volpiら(2003)は、13Cという炭素の同位体や、15Nというチッ素の同位体を用
いて合成したアミノ酸(フェニルアラニン)を用い、ヒト身体でこれらを測定しました。
13Cや15Nは、放射線は出しませんが、天然に存在する12Cや14Nより質量が大きいた
め、これらを含むアミノ酸と天然のアミノ酸を識別することが可能です。13Cや15Nで標
識したフェニルアラニンを血液に注入し、経時的に血液と筋バイオプシーを採取して分析
すれば、標識フェニルアラニンの筋への取り込み速度と、筋からの遊離速度から、それぞ
れタンパク合成速度とタンパク分解速度を推定することができます。
筋では、タンパク質の合成と分解の双方が同時に起こっていますが、(合成・分解バラン
ス)=(合成速度)−(分解速度)を求め、これがプラスであれば肥大方向にあり、マイ
ナスであれば萎縮方向にあることがわかります。

食事そのものがタンパク合成を高める
こうした研究から、まず食事そのものが筋でのタンパク合成を促すことがわかりました。
1日を通してみると、筋でのタンパク質の合成・分解バランスは、周期的にプラスになっ
たりマイナスになったりを繰り返し、その周期は食事に強く依存します。
食事と食事の間はタンパク合成が分解より低くマイナスになり、食事を行うと直ちにタン
パク合成速度が上昇してプラスに転じます。
全体として、1日当たりのプラス分とマイナス分が釣り合っていれば、筋量は維持される
ことになります。
すなわち、1日のうち1食を抜いてしまったりすると、その分筋肉が分解されて萎縮の方
向に向かってしまう可能性があるといえます。

糖質の効果
このような食事によるタンパク合成の上昇には、インスリンの作用が関連していると考え
られています。
インスリンは、筋や脂肪組織にはたらいて血糖の取り込みを促しますが、筋では同時にタ
ンパク合成を促すという効果があります。
実際、糖質を摂取することで筋でのタンパク合成が促されることが示されています。
一方、糖質の摂取によるタンパク合成の上昇には年齢差があり、高齢者ではその効果が小
さくなってしまいます。
これは、加齢と筋活動の日常的な低下によって、筋のインスリンに対する感受性が低下し
てしまうためであろうと考えられています。
したがって、糖質による筋のタンパク合成活性化を維持するためには、日常的に筋運動を
継続していることが重要といえます。

アミノ酸の効果
一方、糖質以外に筋のタンパク合成を促す栄養素としてアミノ酸があります。
特に分岐鎖アミノ酸の一種であるロイシンにこの効果が強いことがわかってきています。
この場合には、糖質のようにインスリンを介したメカニズムではなく、ロイシンそのもの
に、筋でのタンパク合成を調節する作用があるものと考えられています。
実際、糖質摂取の効果が見られない高齢者でも、アミノ酸を摂取することでタンパク合成
が上昇することが報告されています。
健常な若齢者では、糖質とアミノ酸を混合して摂取すると、相乗的にタンパク合成が高ま
るようです(Fujitaら、2007)。
しかし、高齢者では、そのような相乗効果は見られず、むしろアミノ酸の単独摂取の方が
効果的とされています。

食事のとり方の重要性
以上のように、最近の新しい研究によって、糖質や分岐鎖アミノ酸に富む食事を規則的に
摂ることそのものが、筋肉の維持や増加のために重要であることがはっきりとしてきまし
た。
昔から、ボディビルダーでは1日5食、6食などとこまめに食事を摂る選手が多かったので
すが、そのような食事法は、筋でのタンパク合成が高い状態をキープし、筋肥大を助長す
る可能性があります。
一方、「食事抜き」のようなダイエットを行うと、1日のうちでタンパク分解の方が勝っ
ている状態を長引かせることになり、筋の萎縮を進めてしまう恐れがあります。
減量期でも、適量の糖質と、十分なアミノ酸を含む食事を1日数回、きちんと摂ることが
大事だと思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース189号(2009年7月発行)より転載

大腰筋の発揮する力を測る

以前、腹部の深部筋である大腰筋の重要性について何度かご紹介しました。
しかし、この筋肉の主要部は外から触れることのできない、深い部分(内臓と腰椎・骨盤
の間)にあるため、当時は主に解剖学的なデータからその機能を予測するしかありません
でした。
そこで、私たちの研究グループでは、体内で大腰筋の発揮する力を何とか測れないかと考
え、そのための研究を続けてきました。
最近、この研究がある程度まとまり、論文として発表することができましたので
(Matsubayashi ら, 2008)、今回はその成果をご紹介したいと思います。

大腰筋と運動パフォーマンス
大腰筋が運動のパフォーマンスに深く関わることは、久野(2000)の報告が最も端的に
示しています。
彼は、スプリンター、サッカー選手、一般人を対象に、MRIで測定した大腰筋の横断面積
と最大走速度の関係を調べ、正の相関がある(概ね比例関係にある)ことを示しました。
また、Kimら(2000)は、高齢者を対象として、歩行時の歩幅と大腰筋の横断面積に正の
相関があることを示しました。
これらの研究から、大腰筋は、走行や歩行という、人間の最も基本的な運動において重要
な役割を果たしていることが示唆されます。
したがって、多くのスポーツ競技においておみならず、高齢者の転倒予防においても重要
と考えられます。

大腰筋はどのような筋肉か
大腰筋は、最下端の胸椎(12番目)と、5個の腰椎に起始部(体の中心側の骨との結合
部)をもち、大腿骨の股関節に近い部分(小転子)に停止部(もう一方の結合部)をも
つ、太い筋肉です。
左右に1対あり、骨盤表面を通るところで、骨盤の上端(腸骨稜)からきている扇形の腸
骨筋と融合します。
大腰筋と腸骨筋を合わせて腸腰筋と呼びます。
こうした解剖学的な位置関係から、大腰筋には、1)股関節を屈曲させる、2)腰椎を前湾
させ、骨盤を前傾させる(背筋を伸ばす)、3)腰椎を左右に屈曲させる(または左右の
骨盤を引き上げる)というはたらきがあることが推測されます。

力を測るしくみ
大腰筋が大腿骨とつながるところには、比較的長い腱があります。
この腱は、筋の深部まで伸びていて、「深部腱膜」という構造をつくっています。
深部腱膜は弾性体としての特性をもっているため、大腰筋が力を発揮すると、その力の大
きさに応じて引き伸ばされます。
私たちのグループは、この深部腱膜の伸張量を、高性能の超音波診断装置を用いて測るこ
とで、大腰筋の収縮張力を推定することに成功しました。

「腿上げ運動」で実際にはたらく
実際に大腰筋が発揮する張力を測ってみると、いろいろなことがわかってきました。
まず、股関節の角度をさまざまに変えて最大筋力を発揮させた場合、その力にあまり差が
見られませんでした。
すなわち、どのような股関節の角度でも、比較的一定の力を発揮できるということになり
ます。
これは、大腰筋が股関節を屈曲させるときの「テコ比」がきわめて大きく、筋線維のわず
かな長さ変化で、股関節を大きく動かすことができるためと考えられます。
このことは、屍体解剖から採取した筋線維の構造からも確かめられました。
次に、無負荷(脚の荷重のみ)でのニーアップ(腿上げ)を行ってみたところ、大腰筋は
きわめて大きな力を発揮し、その力は、腿を高く上げるに従って大きくなりました。
従来、大腰筋は股関節伸展位(股関節をまっすぐ伸ばした位置)でのみよくはたらくと想
像されていましたが、これは誤りであると思われます。

歩行時の予想外のはたらき
歩行時のはたらきはどうでしょうか。
これについては解析が複雑でむずかしく、まだ断定することはできません。
しかし、上記の「腿上げ」の結果から予想されるものとは全く反対の結果が得られていま
す。
素直に類推すると、地面から離れた脚(遊脚)を後方から前方に振り出すときに力を発揮
するだろうということになります。
しかし実際は、着地をしている方の脚(立脚)を後方にストロークするさいの後半部(足
が地面から離れる直前まで)に、大きな力を発揮することがわかりました。
反対に、脚の前方への振り出し時には、大腰筋は全く力を発揮していませんでした。
あたかも、大腰筋は「ブレーキ」のようにはたらくようですが、事はそれほど単純ではあ
りません。
現在のところ、私たちは次のように解釈しています:1)伸張性に力を発揮し、次に脚を
前方に振り出すための弾性エネルギーを蓄えている、2)ストローク中に骨盤から腰椎に
かけての体幹を安定化している。

大腰筋を鍛えるには
「走行中の大腰筋のはたらきは?」、「大腰筋を鍛えるにはどの種目が最適か?」などに
ついては、まだこれからの研究課題です。
しかし、現時点で確かなことは、ニーアップやニーツーチェストなど、股関節を「大き
く」屈曲させる種目が有効なことです。
また、ランジ系の種目では、ストロークの後半に、後方脚側の大腰筋がきわめて大きな力を
発揮することが、歩行時の測定結果からも期待されます。
ニーアップとランジの要素を併せもつ、「階段登りランジ」などは、理想的な種目のひと
つだと思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース188号(2009年3月発行)より転載

トレーニングと免疫機能:スポーツ選手はカゼをひきやすい?

一般には、スポーツ選手はいかにも健康そうで、カゼなどの病気にもかかりにくいと思われ
がちですが、スポーツ医学では逆に、トップ選手は軽度の感染症にかかりやすいと考えられ
ています。
そこで今回は、運動やトレーニングが免疫機能にどのような影響を及ぼすかを考えてみま
しょう。

免疫機能の主役:白血球
免疫機能のメカニズムはきわめて複雑で、その全容が解明されているわけではありません。
主役を演じるのはご存じのように、白血球です。
一口に白血球といっても、さまざまな血球細胞があり、顆粒球、単球、リンパ球の三者に大
きく分けられます。
顆粒球には好酸球、好中球、好塩基球があり、好酸球と好中球は主に細菌などを殺した
り、捕食したりする役割、好塩基球は主にヒスタミンを生成する役割を果たします。
単球は血管から感染組織に浸潤してマクロファージとなり、細菌や破壊された細胞の断片を
貪食します。
リンパ球には、B-細胞、T-細胞、ナチュラル・キラー細胞(NK細胞)があります。
B-細胞はウイルスやその他の外来物質を抗原として抗体を生成します。
T-細胞は、ウイルスなどに感染した細胞を認識して殺したり、リンフォカイン、サイトカ
インなどと呼ばれる物質を生成して、他の白血球のはたらきを高めます。
NK細胞は、ウイルスに感染した細胞や、ガン化した細胞を見つけて殺します。

白血球は普段眠っている
これらの白血球は、常に活発なわけではなく、普段は「眠っている」ような状態にあります。
B-細胞やT-細胞は、抗原が体内に侵入することで刺激され、活性化されたり増殖したり
します。
一方、顆粒球や単球もまた眠ったような状態で血液中を循環していますが、「プライミング」
と呼ばれる過程を経て活性化されると、毛細管壁を構成している内皮細胞の間隙から組織に
浸潤し、それぞれの機能を果たします。
このようにして、体内の局所に白血球が集まると、そこで炎症が起こります。
白血球をプライミングする仕組みについてはまだ不明の点が多いのですが、傷ついた細胞か
ら漏出した物質やサイトカイン(組織中の「マスト細胞」や白血球自身がつくり、インターロイキン、
インターフェロン、「瘍壊死因子」などが含まれる)がはたらくものと考えられています。

白血球による活性酸素の生成
白血球のうち、好中球と単球(マクロファージ)は、多量の活性酸素種(ROS)を生成す
る反応系をもっています。
これらの細胞は、補食した細菌などを細胞内で生成したROSで殺す一方、細胞外でも
ROSを生成し、周辺にいる細菌を攻撃します。
しかし、細胞外で生成されたROSは、正常な細胞も攻撃してしまいますので、身体にとって
も毒となる可能性があります。
はげしい筋運動を行うと、白血球のプライミングが起こり、筋組織にこれらが浸潤します。
このようにして白血球によって生成されるROSは、筋損傷と筋痛(遅発性筋痛)を引き
起こす一要因となると考えられています。
また、以前お話ししたように、ROSによってつくられる過酸化脂質は、さまざまな疾病の
もとになったり、老化を早めたりすると考えられます。

運動をしないと白血球の眠りが浅くなる
運動不足の人が、急にはげしい運動をすると、遅発性筋痛や長期的疲労に悩まされます。
その原因のひとつは、白血球の反応性が上昇し、プライミングを受けやすくなっていて、運
動後に過剰な数の好中球や単球が組織内に浸潤し、過剰のROSを生成するためと想像され
ています。
一方、運動時にはストレスホルモンである糖質コルチコイドが副腎から分泌されますが、こ
のホルモンは体循環中のリンパ球数を減らすといわれています。
したがって、末梢では過敏な免疫反応による酸化ストレスにさらされ、他方では抗体を介し
た免疫力が低下することになります。
運動不足の状態では、さまざまなストレスによって同様の状況に陥る危険があるといえます。

トレーニングは免疫系を安定化する
レーニングでは、上記のような過程が適度に反復されます。
これに対する適応の結果、好中球と単球の反応性が低下し、プライミングを受けにくくなる
と考えられています。
これは、トレーニングによって筋痛が起こりにくくなる理由のひとつです。
また、糖質コルチコイドの分泌も低下しますので、リンパ球数は回復します。
このように、適度なトレーニングや運動習慣は、ストレスに対する過敏な免疫反応を安定化し、
免疫系全体のバランスを整える効果があるといえます。
しかし、はげしいトレーニング(特に持久的トレーニング)を継続的に行っているような場合には、
好中球や単球の反応性が低下しすぎるために、軽度の感染症にはかかりやすくなってしまう
と考えられます。
さらに、オーバートレーニングに陥ると糖質コルチコイドの分泌が持続的に増大しますので、
リンパ球も減少すると考えられます。
トップアスリートほど感染症には注意が必要でしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース137号(1999年10月発行)より転載

大腰筋の機能とトレーニング

大腰筋とはどのような筋か
大腰筋は、腰椎に始まり、途中で腸骨に始まる腸骨筋と融合して骨盤表面を通り、大腿骨
に終わる多関節筋です。
大腰筋と腸骨筋を合わせて腸腰筋とも呼びます。
脊柱と内臓の間にあって、「見えない筋肉」の典型ですが、腰部のMRI 横断像などでは、
脊柱の左右を走る、太い明瞭な筋として観察されます。

大腰筋の機能
大腰筋には主に次の3つの機能があります。
1)股関節を屈曲させる
2)直立姿勢のときに骨盤を前傾させる(骨盤を立てる)
3)腰椎を腹側に引き込むことにより背屈させ、脊柱のS字型を維持する。
1)と2)の機能での拮抗筋は大臀筋やハムストリングスなどの股関節伸筋群です。
これらは外観上もきわめて大きな筋ですので、その分大腰筋も太く強い筋である必要があ
ると考えられます。

スプリント能力と大腰筋
上記の機能1)は、「腿を前方に振り出したり、高く引き上げたりする動作」です。
したがって、「走る,跳ぶ,蹴る」など、スポーツの基本的な動きと深いかかわりをもち
ます。
また、大腿直筋が単に股関節を屈曲させるのに対し、大腰筋と腸骨筋は骨盤を引き上げな
がら股関節を屈曲させますので、骨盤の動きを伴う、大きくしなやかなストライドを可能
にするものと思われます。
こうしたことから、大腰筋は高いスプリント能力を得るためのキーポイントのひとつと考
えられるようになってきています。
以前ご紹介したように、黒人はそもそも白人と比べて3倍以上も太い大腰筋をもつとの報
告がありますが、このことと、黒人の生来のスプリント能力は無関係ではなさそうです。
また、大腰筋が大きければ、拮抗筋である大臀筋も大きく、脊柱のS字型も強くなる可能
性がありますので、「めりはり」のあるヒップラインをつくる要因ともいえるでしょう。

歩行能力と大腰筋
腿を振り出したり、引き上げたりする動作は、高齢者の場合には歩行能力に関連してくる
と考えられます。
また、歩行時に十分に腿を引き上げられないと、ちょっとした段差にもつまずいて転倒す
る原因になります。
筑波大が中心となって行った最近の調査によれば、歩行速度が高く、また転倒頻度も低い
高齢者では、大腰筋が太いという傾向があるそうです。
さらに、大腰筋のトレーニングを行うことにより、高齢者の歩行能力に著しい改善がみら
れたことが報告されています。

腰痛と大腰筋
大腰筋は、腰椎のS字型を維持する機能をもつことから、腰痛の発症にも関連する可能性
があります。
実際、黒人では、白人や東洋人の場合に比べ腰痛の発症率が低いといわれています。
大腰筋が弱いと、腰椎を前方に引く力が弱くなるばかりでなく、骨盤が後傾しますので、
極端な場合腰椎や胸椎を前屈し、顎を前方に突き出すようにしないと、直立時のバランス
がとれないことになります。
いわゆる「猫背」です。
こうした姿勢は、そもそも腰椎の椎間板や棘間靱帯にストレスをかけるもとになります。
反対に、大腰筋が強ければ、たとえばデッドリフトの場合のように、脊柱に強い負荷がか
かっても、腰椎のS字型を維持することができますので、いかなる状況下でも腰痛の危険
性が低減すると考えられます。
昔から行われている操体法や腰痛体操でも、大腰筋によって骨盤を交互に引き上げるよう
な動作が多数用いられています。

他のさまざまな機能障害と大腰筋
以前、テレビ番組の取材に関連して行った測定では、大腰筋の細い人に、肩こり、冷え
症、血行不良、肥満などの傾向が見られました。
姿勢の悪さによる全般的な身体活動の低下が原因と思われますが、一方、短期間の大腰筋
のトレーニングによって、安静時代謝が増大し、肥満が改善する傾向もみられました。
このことは、大腰筋の活動と腰椎のアライメントが、腰随や仙随の側面にある交感神経節
の活動に影響を及ぼす可能性を示唆しています。

大腰筋のトレーニング
大腰筋の動きは外からよく見えないことから、これを専門的にトレーニングする種目はあ
まり考えられていません。
股関節を強く屈曲させる動作であれば、多かれ少なかれ大腰筋を使いますので、レッグレ
イズ、ハンギングレイズなどは効果的でしょう。
また、フロントランジでも、踏み込み時のブレーキとして大腰筋がエキセントリックには
たらくと考えられます。
高齢者や初心者の場合には、「腿上げ」やニーツーチェストがよいと思われますが、単に
腿を上げたり引きつけたりするのでなく、骨盤と大腿部の両方を動かすように心がけるこ
とが重要でしょう。
また、日常生活では、なるべく大股に歩くようにするとよいと思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース151号(2002年4月発行)より転載

老化とトレーニング② 抗酸化活性の視点から

前回、身体機能や外見を実際の年齢(暦年齢)よりも若く保つ、すなわち老化を防ぐ上
で、ホルモンがどのような役割を果たすかをお話ししました。
一方、活性酸素種(ROS)が老化のキーファクターのひとつであるとも考えられるよう
になってきています。
その一例は、「中枢神経系の老化とメラトニン」で前回触れた通りです。
そこで今回は、体内の抗酸化活性を中心に、老化とトレーニングの関係について考えてみ
ましょう。

加齢と循環・代謝機能
前回、身体機能や外見を実際の年齢(暦年齢)よりも若く保つ、すなわち老化を防ぐ上
で、ホルモンがどのような役割を果たすかをお話ししました。
一方、活性酸素種(ROS)が老化のキーファクターのひとつであるとも考えられるよう
になってきています。
その一例は、「中枢神経系の老化とメラトニン」で前回触れた通りです。
そこで今回は、体内の抗酸化活性を中心に、老化とトレーニングの関係について考えてみ
ましょう。

活性酸素種(ROS)
細胞はミトコンドリアという細胞内器官で酸素を用いたエネルギー生産(有酸素性エネル
ギー代謝)を行いますが、このとき、用いた酸素のうち1~2%を「誤って」スーパーオ
キシドという物質にしてしまいます。
スーパーオキシドからは、さらにヒドロキシルフリーラジカル(・OH)という物質がつ
くられます。
これらは過激な酸化活性をもち、遺伝子、膜脂質、タンパク質などを酸化してこわしてし
まいますので、活性酸素種(Reactive Oxygen Species-ROS)と呼ばれます。
ROSはまた、免疫細胞によって積極的につくられ、感染の防止などに役だっています
が、過剰に生産されると生体機能の低下、老化、発ガンなどを引き起こします。

抗酸化酵素とは?
心筋細胞や神経細胞には、1)有酸素性代謝によってエネルギーを生産する、2)絶えず
はげしく活動している、3)増殖したり再生したりできない、という共通の特徴がありま
す。
したがって、絶えずROSを生成し、それがもとで起こる微小な変成や損傷を蓄積しやす
く、さらに万が一細胞が死滅してもその代替が効かないことになります。
こうしたことが起こらないように体内ではたらいているのが抗酸化酵素です。
代表的なものとして、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、カタラーゼ(Ca
t)グルタチオンパーオキシダーゼ(GPX)などがあります。
SODはミトコンドリアに多量にあって、有酸素性代謝で生じたスーパーオキシドをすみ
やかに過酸化水素に変えます。
過酸化水素はCatによって酸素と水に変えられます。

加齢と抗酸化酵素活性
これらの抗酸化酵素の活性(または組織当たりの量)は、加齢とともに著しく低下するこ
とがわかっています。
マウスやラットで詳細に調べると、中枢神経、心臓、骨格筋のいずれにおいても、SOD
活性は成長期に上昇し、以後加齢とともに指数関数的に低下します。
また、中枢神経では、リポフシン(ROSによって生じた過酸化脂質とタンパク質が結合
したもので「老化色素」とも呼ばれる)の量が、加齢とともに直線的に増加します。
これらのことから、加齢にとともなう抗酸化酵素活性の低下によって、ROSによる細胞
や組織の変成が蓄積し、中枢神経系や心臓などのさまざまな器官の生体機能が低下
することが老化の一因と考えられます。

運動・トレーニングと抗酸化酵素活性
マウスやラットに継続的に適度のエアロビック運動をさせると、心臓のSOD活性は逆に
加齢とともに増大します。
同様のことがヒトでも起こるかは、同じ実験をできませんのでわかりません。
しかし、長年にわたり適度のエアロビクスを続けてきた人では、60歳になっても
HRmaxが180以上に維持されていることがありますので、少なくとも運動が「心臓年
齢」を20歳以上若く保つことは確かです。
一方、骨格筋では同様の効果はみられません。
これは、骨格筋が、多核の巨大細胞からなり、しかもサテライト細胞によって再生可能
な、粘り強い組織だからでしょう。
中枢神経でどうかは、今後の課題です。

どのくらいの運動強度がよいか?
ここで、上記の「適度」がどのくらいなのかが問題です。
運動は必然的にROSを生成させますので、下手するとかえって老化を促進しかねないか
らです。
ROSによる遺伝子損傷を調べた最近の研究によれば、VO2maxの50%程度の強度
(ウォーキングやゆるやかなエアロビック)であれば著しい遺伝子損傷は起こらないよう
です。
生成されたROSが、既存の抗酸化酵素系によって直ちに処理されるためでしょう。
しかし、細胞内のものであることも分かっていて、この点がむずかしいところです。
50%VO2maxをやや上回る強度を用い、持続時間が長過ぎるとROSもまた過剰に生
成される可能性があることに留意して行う必要があるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース145号(2001年2月発行)より転載

老化とトレーニング① ホルモンの視点から

今回と次回の2回にわたり、ホルモンと活性酸素の視点から、老化と運動・トレーニング
の関係について考えてみましょう。

老化とは何か?
私たちは、誕生日がくれば必ずひとつ年をとります。
この暦年齢を加えることを加齢といいます。
加齢に伴って、さまざまな身体能力が低下することが老化です。
一方、時間を度外視して、特定の身体機能から判断される年齢(例えば骨年齢や筋力年
齢)を生理学的年齢と呼びます。
老化を「生理学的年齢を加えること」と言い替えることもできます。
生理学的年齢は、一定に保ったり、逆戻ししたりすることも可能ですので、加齢をくいと
めることはできなくとも、老化を防止することは可能です。

老化のメカニズム
年をとれば老化して当然のように思われがちですが、どのようにして老化が起こるのか
は、実はきわめて難しい問題です。
おそらく、子孫のために親が死ぬように遺伝子上にプログラムされている部分と、栄養や
運動などの環境に依存する部分とがあるでしょう。
そのメカニズムの完全な解明はさておき、とりあえず加齢に伴って減少したり増加したり
する生体物質を調べ、それらの変化を抑えることができれば、老化を防げる可能性があり
ます。
例えば、加齢に伴って減少するさまざまな生体物質で薬をつくれば、永遠に若さを保て
る、夢の「不老薬」となるかもしれません。
そのような物質の例として、次のようなホルモンがあげられます。

男性ホルモンと女性ホルモン
加齢に伴い、男性ホルモン(アンドロゲン)や女性ホルモン(エストロゲン)などの性ホ
ルモンの分泌は低下します。
男性では50歳あたりからアンドロゲン分泌が徐々に低下し、女性では閉経後急激にエスト
ロゲン分泌が低下します。
特に、女性ではこのような変化が骨粗しょう症などの原因となるため、以前から閉経後に
エストロゲンを外的に投与する方法(estrogen replacement)が行われてきています。
また、メジャーリーグの選手が使用して話題になったアンドロステンジオンは、アンドロ
ゲンであるテストステロンとエストロゲンであるエストラジオールの両方の前駆体なの
で、男女いずれの場合にも充填薬として効果をもたらすと考えられます。

DHEA
副腎皮質ステロイドホルモンでは、デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)が加齢とと
もに減少し、逆にコルチゾールは増加します。
このDHEAはアメリカではドラッグストアで入手できるため、その効果についての研究が
さかんに行われるようになりました。
Baulieuら(2000)は、60~70歳の男女にDHEA硫酸エステルを経口投与し、テストステ
ロンとエストラジオールの分泌増大、骨代謝の改善、皮膚の若返りなどの効果があったと
報告しています。
また、複数の研究が、ストレスホルモンとして筋や骨を分解するコルチゾールの分泌を抑
えたと報告しています。

成長ホルモン
下垂体から分泌される成長ホルモン(GH)と、肝臓や筋から分泌されるインスリン様成
長因子(IGF-I)は、筋や骨の萎縮を防止するばかりでなく、体脂肪の増加を抑えるはた
らきをもちます。
老化防止のためのホルモン充填療法といえば、このGH(ヒト組み替えGH)が代表例で、
アメリカでは注射1回が約20万円だそうです。
最近、日本でもこれを行う開業医が出てきました。

メラトニン
近年特に注目を浴びているのがメラトニンです。
メラトニンは、頭頂にあって「第二の眼」ともいわれる松果体から分泌されるホルモン
で、体内時計を調節したり、皮膚にメラニンを沈着させたりするはたらきがあります。
このメラトニンに強い抗酸化作用があり、活性酸素による脳の機能低下や、アルツハイ
マーをはじめとする老人性痴呆を抑える効果があるらしいことが分かってきました。
さらに、中高年の肥満を低減するという報告もあります。
ビルダーであれば、日光浴で体脂肪が落ちることをご存じでしょうが、これはメラトニン
の作用かもしれません。

トレーニングとホルモン分泌
上記のようなホルモンをすべて「充填」すれば、40歳の身体のまま70歳を迎えることが
できるかもしれません。
しかし、現状では年間で1億円くらいの費用がかかるでしょう。
トレーニングをすればどうでしょうか?
私たちの研究グループは、適切なレジスタンストレーニングを行うと、その直後にGHや
IGF-Iの分泌が著しく増大することを示しました。
メラトニンについては、今後さらに研究する必要があります。
しかし、レジスタンストレーニングをすること、適切な時間屋外に出て日差しを受け、
新鮮な空気を吸うことなどが、老化を防止するためにも重要であることは確かだと思いま
す。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース144号(2000年12月発行)より転載

PNFストレッチのパラドックス

休んでいると筋はかたくなる
「朝、起きたときに体がかたい」、「長時間座っていたりすると、体がかたくなったような気がする」
というような体験は誰にでもあると思います。
関節の可動域は、それを取り巻く筋の状態に強く影響されます。
弛緩した状態での筋の「かたさ」は、筋が活動を休止していると次第に増してきます。
たとえば、前腕の掌屈筋のかたさは、活動を休止してから3時間後には、休止する前の約2倍に
なるという報告があります。
したがって、目覚めの直後や、長時間同じ姿勢でいた後には、筋がかたくなっているために、関
節が動きにくくなっていると考えられます。

ストレッチの種類
長時間座っていた後などには、「のび」をすると、関節が軽くなったような気がします。
ネコでも同じようなことをしますので、こうした行動は、本能的に備わっているのかもしれません。
運動のためにいろいろな「のび」をするのがストレッチです。
ストレッチには、1)スタティック(静的)、2)バリスティック(動的)、3)PNFの3種の方法がありま
す。
1)は、重力などによって、ゆっくりと筋を引き伸ばすもの、2)は反動を用いて急速に筋を引き伸
ばすものです。
3)は、「Proprioceptive Neuromuscular Facilitation」(自己受容的神経筋促通)の略で、
神経と筋の興奮をうまく利用して、ストレッチの効果を増強する方法といえます。

PNFストレッチの方法
PNFストレッチには、主にCR(Contract Relax)、CRAC(Contract Relax Agonist 
Contract)という2つの方法があります。
一人でも試せますので、手関節の屈筋(掌屈)と伸筋(背屈)を例に説明しましょう。
屈筋をストレッチ(背側にストレッチ)するとき、反対側の手で掌を押さえながら、まず屈筋に強い
力を発揮させ、続いて筋を弛緩させてストレッチするのがCRです。
次に、屈筋に力を発生させるところまで同じで、続いて屈筋をストレッチするときに、伸筋を強く収
縮させてアシストするように行なって下さい。
これがCRACになります。

PNFストレッチと筋の緊張
上に述べたような方法は、「操体法」などで用いられている方法とよく似ています。
私自身、15年以上前にこのような方法で腰痛を治した経験がありますし、確かに筋の緊張を解く
上で効果的です。
そのメカニズムについては、主に次のように説明されています。
筋は、神経の活動で常に一定レベルの緊張をしています。
この緊張を低めるために、脊髄反射を利用します。
まず、筋が強い力を発揮すると、にある「コルジ器官」が力を感知し、脊髄の運動神経に抑制を
かけるので、収縮後には筋の緊張も低くなると予測されます。
これがCRです。
また、伸筋が収縮すると、その拮抗筋である屈筋には、脊髄反射によって抑制がかかります
(相反抑制)。
したがって、筋をストレッチするには、その拮抗筋を強く収縮させるとよいことになります。
これがCRACです。

適度なエキセントリック収縮が重要?
ところが、上の説明が必ずしも正しくないことが指摘されています。
筋電図によって、ストレッチ中の筋の興奮を調べると、通常のスタティックストレッチ中が最も興奮
が低く、CRAC中に最も高くなるからです。
逆に、関節可動域を広げる効果は、CRACが最も大きいようです。
このパラドックスは、現在でも解明されていません。
何人かの研究者は、適度な収縮中に筋を引き伸ばすこと、つまり、軽いエキセントリック収縮が
より効果的に筋を「やわらかく」すると主張しています。
実際、軽度のエキセントリック収縮後には、その後3時間じっとしていても、筋のかたさが増加しな
いことも確かめられています。

かしこい筋
筋収縮はアクチンとミオシンというタンパク質が結合・解離を繰り返すことで起こります。
最近、この過程の中で、アクチンとミオシンが結合し、伸張に抗して力を発揮するものの、能動的
には力を発揮しない状態があることが分かってきました。
この状態をとっているミオシンの数は、それまでの収縮の履歴によって変わり、このことが筋の
多様な振るまいにとって重要なようです。
この結合の数が筋の「かたさ」にも関係していて、エキセントリックなどの収縮形態に依存して
変わる可能性があります。
まだまだ仮説の段階ですが、筋の中の収縮装置は、それ自体でさまざまな環境に対応して多様
に振るまうことのできる、 「かしこい分子機械」であると考えられます。
もし、PNFの効果が、筋自体のこうした特性によるものであれば、PNFという名称は不適切かも
しれません。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース126号(1997年12月発行)より転載

なまけものはスプリンターに向いている?:運動と筋線維の変化

アフリカの草原を想像して下さい。
そこでのトップアスリートはやはり、ライオンに代表される、大型のネコ科動物でしょう。
ところが、ライオンはほとんど一日中ゴロゴロしていて、決して「はたらきもの」の範疇には入りま
せん。
実際、ライオンをトレッドミルの上で走らせる実験も行なわれていて、きわめて持久性に乏しいこ
とが示されています。
ですから、彼らは獲物を捕えるために、集団で狩りをしなければなりません。
例として挙げるにはやや強引でしたが、運動時以外の活動状態が、筋肉の特性に影響を与え
得ることが分かってきましたので、今回はその点についてお話しましょう。

速い筋線維と遅い筋線維
私たちの筋肉を構成する筋線維を、速度が速く持久性に乏しい「速筋線維」(Fast-twitch
fibers:FT)と、速度が遅く持久性の高い「遅筋線維」(Slow-twitch fribers:ST)に分類するこ
とができます。
速度の違いは、主にエンジンであるミオシンの違いによります。
ミオシンには、それぞれ起源となる遺伝子の異なる、いくつかのタイプがあり、代表的なものが、
「速筋型ミオシン」と「遅筋型ミオシン」です。
速筋型ミオシンが運動する速度は、遅筋型ミオシンのそれに比べ、2倍ほど速いことが分かって
います。
一方、持久性の違いは、酸素を用いて効率的にエネルギー生産をするための酵素群(呼吸系酵
素)の量が、遅筋線維で圧倒的に多いことによります。
実際の筋線維は、これらで決まる速筋的な性質と遅筋的な性質が、さまざま割合で混在したもの
ですが、便宣的に、ある標準以上速筋的性質の強いものをFT、逆を、STと分類します。
おそらく、個々筋線維を継続的に追いかけて見ることができれば、運動やその他の活動状況に応
じて、やや速筋的になったり、遅筋的になったりするダイナミックな変化が捉えられるでしょう。

筋線維組成はまず遺伝で決まる
ラットを運動させると、当然、大脳運動野に強い活動が見られますが、同時に、間脳の視床下部と
呼ばれる部分の一群の神経細胞に活動が見られました。
この部分は、その直下にある脳下垂体に指令を送り、副腎皮質刺激ホルモン、抗利尿ホルモン、
成長ホルモンなどを分泌させます。
大変興味深いことに、この部分の活動は、運動神経と筋肉の連絡を遮断し、筋肉のみを直接刺
激して運動させた場合にも活性化されたのです。
すなわち、「大脳の運動指令とは無関係に、筋肉の運動が脳を刺激する」ことを示したことになり
ます。

持久的トレーニングで遅筋線維が増える
環境が筋線維の性質を変えることは、持久的トレーニングで確かめられています。
ウサギの運動神経の横に刺激電極を挿入し、筋肉が一定のリズムで持続的に活動するようにし
て飼うと、速筋線維の中に遅筋型ミオシンが現れ始め、1カ月ほどで完全に速筋型ミオシンと入
れ替わります。このことは、持久的なトレーニングを行なうと、筋肉がより遅筋型になることを示し
ています。
実際、マラソンランナーの筋肉では、%STがきわめて高いことが知られています。

活動しないと速筋線維は増える
逆に、高い強度の筋力トレーニングによって、筋線維の性質がより速筋的になるかについては、
よく分かっていません。
むしろ、「あまり変わらない」、または「中間的なタイプの筋線維が増える」というのが定説になって
います。
このことから、「マラソン選手には努力なれるが、スプリンターは遺伝で決まる」という、やや夢に
欠けるものの、それらしい結論が導かれます。
ところが、はっきりと速筋線維が増える場合もあります。
それは、宇宙飛行をして無重力環境に置かれたり、ギブス固定されたりして、筋肉にかかる負荷
が無くなったり、筋肉の活動がきわめて低下した場合です。
このような場合、筋肉は萎縮しますが、それに伴って筋線維がより速筋的になります。
しかし、筋肉が萎縮するのでは困ります。
ラットを用いた最近の研究で、筋肉に強いトレーニングを行なわせ、その他の時間帯は負荷を完
全に除くようにして飼育すると、筋萎縮がかなり抑えられ、しかも速筋線維の割合が増えることが
示されました。
もしかすると、ライオンがゴロゴロしていて、一見「なまけもの」なのも、彼らのスプリンターとしての
特性を守る上で重要なものかもしれません。
「スプリンターを目指す人は、強度の高いトレーニングを集中的に行ない、その他の時間はゴロゴ
ロと、なまけものでいた方がよい」というと教育的に問題がありますが、トレーニング以外の時間
帯に、いかに筋肉とからだをリラックスさせるかということは重要と考えられます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース123号(1997年6月発行)より転載

感覚器官としての筋肉:筋肉が脳を刺激する?

昔から、指先を使う細かい作業は、脳を刺激するので知育に良いといわれてきました。
私たちの行なう随意運動は、大脳皮質にある「運動野」に支配されています。
ここから発せられた運動指令は、脊髄を下って運動神経に達し、目的の筋肉を収縮させます。
このとき、大脳運動野や他の感覚器から中脳や小脳などにも信号が送られ、そこで微妙な運動
の調節が行なわれると考えられています。
このように、繊細な運動であればあるほど、脳の中の広い領域がはたらくことになるので、他のさ
まざまな脳のはたらきにも影響を及ぼすものと想像されてきました。
ところが、最近、筋肉の運動そのものが、脳を刺激することが分かってきました。

筋肉の中にある感覚器
筋肉は、運動をするための器官ですが、その内部にはさまざまな感覚器(受容器)があります。
最もよく知られているのが、筋紡錐と腱器官(腱紡錐)です。
筋紡錐は、筋線維の間にあって、筋肉の長さを感じる感覚器、腱器官は、腱の中に埋っていて、
筋肉の発生した張力を感じる感覚器です。
主としてこれらの感覚器のおかげで、私たちは、目を閉じていても、どの関節がどのくらい曲がっ
ているのか、どの筋肉がどのくらい力を出しているのかが大体分かるのです。
その他に、複合型の化学受容器があり、筋損傷や免疫反応で生じた物質、代謝物質の蓄積など
に反応し、これらを「痛み」として、感知することができると考えられています。

脊髄反射:短いフィードバック系
筋紡錐や腱器官は、代表的な「自己受容器」です。
ある筋肉が急激に伸張されると、筋紡錐がこれを感知し、中枢へ信号を送ります。
この信号は、脊髄の中で、自身の筋肉の運動神経に直ちに伝えられ、運動神経が興奮して筋肉
が収縮します。
すなわち、急激な伸張に対抗するための反射として筋収縮が起こり、これを伸張反射と呼びま
す。
典型的な伸張反射は、脚気の診断に用いられる「膝蓋腱反射」です。
逆に、収縮中に筋肉を急激に伸張したりすると(エキセントリック収縮)、時に過大な力が発生して
危険です。
このような時には、腱器官が力を感知して、運動神経の活動を反射によって抑制し、力を低減す
るようにはたらく場合があります。
これらは、脊髄で起こることから、脊髄反射と総称され、神経信号の伝達経路が短い(短経路の
フィードバック)ので、きわめてすばやく起こるという特徴をもちます。

脳の中の神経活動を見る
一方、これらの感覚器からの信号が、はるばる脳まで伝えられて、より高次の自己情報としても
用いられることは、上に述べた通りです。
最近の脳科学の進歩は目覚ましく、MRIや脳磁計などのさまざまな先端技術を用いて、こうした
感覚信号が脳でどのように処理されるかが調べられつつあります。
三重大学の征矢英昭教授らのグループは、神経細胞がはげしく活動すると、ある特定の遺伝子
が発現することに着目し、運動によって、脳のどの部分が強く活動したかを調べました。

筋肉が脳を動かす
ところが、ここで困った問題があります。
ミオシン分子の変形の程度(歩幅)が小さすぎて、軽い負荷で筋肉が素早く収縮しているときのス
ピードをうまく説明できないのです。
この点は、ここ10年ほどの間ずっと論争されてきていて、まだ決着を見ていません。
これも乱暴な例えですが、ミオシンは、「歩く」(ウォーキング)のではなく、「歩くような滑るような」
(スケーティング)仕組みで筋収縮を起こすのかも知れません。

伸張性筋力は1個の分子でも発生する
ラットを運動させると、当然、大脳運動野に強い活動が見られますが、同時に、間脳の視床下部と
呼ばれる部分の一群の神経細胞に活動が見られました。
この部分は、その直下にある脳下垂体に指令を送り、副腎皮質刺激ホルモン、抗利尿ホルモン、
成長ホルモンなどを分泌させます。
大変興味深いことに、この部分の活動は、運動神経と筋肉の連絡を遮断し、筋肉のみを直接刺
激して運動させた場合にも活性化されたのです。
すなわち、「大脳の運動指令とは無関係に、筋肉の運動が脳を刺激する」ことを示したことになり
ます。

筋力トレーニングは脳を刺激する?
このように、「実際に運動したこと」や「実際に末梢で感じたこと」を脳に返すような、長経路のフィ
ードバック系は、時間はかかるのですが、最も確実で誤りのない機構です。
見方を変えれば、末梢をうまく刺激すれば脳のはたらきを制御できますので、指圧、針麻酔、気
功などの秘訣も、このような機構にあるのかも知れません。
「どの感覚器が最も重要か」はこれからの問題ですが、少なくとも、乳酸の蓄積など、筋肉がはげ
しく使われたことを、化学受容器が感知することが重要のようです。
以前ご紹介した、「ショートインターバルのトレーニングによって成長ホルモンの分泌が盛んにな
る」ことや、「血流を制限した状態(加圧)でのトレーニング効果」は、おそらくこのことと関連してい
ると思われます。
いずれにしても、筋肉を使うトレーニングは、脳を刺激し、からだ全体を活性化する効果があると
いえるでしょう。
脳だけでは能がありません。「脳あってのからだ・筋肉」であるのと同時に、「からだ・筋肉あっての
脳」ということでしょうか。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース122号(1997年4月発行)より転載

筋力発揮の上手・下手

さまざまなスポーツの競技力を上げるために、レジスタンストレーニングが効果的なことは、現在
では半ば常識になっています。
しかし、トレーニングによって増大した筋力が、具体的にどのように競技力に反映されていくかに
ついては、十分に分かっているわけではありません。
今回、筋力と動作が示す一見不思議な関係についてお話しします。

ヒトの筋が発揮できる力
私たちヒトの骨格筋が、最大限どの程度の力を発揮できるかについては、正確な測定がなされて
いるわけではありません。
これは、生きたままの筋をヒトの体から摘出できないことによります。
生体内での最大筋力を測り、次にMRIなどで筋断面積を測り、さらに関節の構造や、筋が骨のど
の位置に付着しているかなどを考慮して単位断面積(1平方cm)当たりの筋力を推定するのが最
も一般的な方法です。
このようにして断面積当たりの筋力を推定すると、約6kg/平方cmになります。
タバコ1本の断面積は約0.5平方cmですから、私たちの筋からタバコ1本分の太さの組織を切り
出してきて筋力を測ると、約3kgの力を発揮することになります。
これは相当に大きな力です。

全身の筋の能力
上で述べた断面積当たりの力から、私たちの体がトータルでどのくらい力を発揮できるかを推定
してみましょう。
体重70kgの、平均的な人で考えてみます。
体の全質量の約40%が筋ですので、筋の総質量は約28kg。
筋の比重を1.0としてその体積を求めると、約28×1,000立方cmになります。
次に筋線維の長さですが、これは筋によってさまざまで、平均10cm以下と考えられています。
これを10cmとして、筋の総筋断面積を求めると、約2.8×1,000平方cmになります。
これに、上の6kg/平方cmをかけたものが、この人が理論的に体の内部で発揮できる筋力の合
計となり、その値は約17×1,000kg、すなわち約17トンということになります。
トップビルダーなどでは、この値は25トンを超えることでしょう。

筋力と神経系
このように、私たちの筋は、想像を絶するほどの力発揮能力を持っています。
仮に体中の筋が同時に最大筋力を発揮すると、いたるところで腱が切れたり、骨が折れたりして
も不思議ではありません。
ハイレベルの腕相撲などで時々骨折が起こるのもこのためです。
こうしたことが起こらないように、神経系が筋のはたらきをうまく調節しています。
以前お話ししたように、筋力発揮には、神経系による抑制がはたらいていて、随意的に発揮でき
る筋力は、理論的な最大筋力の50-70%程度に押さえられています。
また、ある特定の筋が力を発揮する場合には、協働筋や関節をとりまく小筋群、また時には拮抗
筋も同時に活動して、ストレスが局所に集中するのを防いだり、力が効率的に伝達されたりする
のを助けると考えられます。

スプリンターと長距離ランナーの膝伸展力:「上手・下手」の多様性
こうしたことは、たとえ単純な動作で筋力を発揮する場合でも、体の中ではさまざまな調節過程が
はたらくことを示します。
下半身の筋力の目安として、大腿四頭筋による膝伸展力(レッグエクステンション)がよく用いら
れます。
スプリンターと長距離ランナーでこの力を測ると、前者の方が当然大きな力を示します。
ところが、筋電図を用いて、膝伸展力を発揮しているときの、膝伸筋と膝屈筋(ハムストリングス)
の活動をそれぞれ調べてみると、スプリンターでは屈筋がかなり強く活動するのに対し、長距離ラ
ンナーでは屈筋がほとんど活動しないという報告があります。
これをすなおに解釈すると、膝伸展力の発揮については、スプリンターより、長距離ランナーの方
が(無駄がないので)上手であるということになります。
なぜこうした矛盾が生じるのでしょう。
その理由として次の2つが考えられます。
1つは、スプリンターの動作で重要なのは、単純に強く膝を伸筋することではなく、協調性に膝と
股関節を伸展することだからです。
すなわち、股関節を強く伸筋するときに、股関節の伸筋であるハムストリングスもほぼ同時に活
動した方が、体を前方に加速するための力を効率的に生み出すことができます。
長いスプリントトレーニングの結果、そのような神経系の作用が作り上げられるのでしょう。
2つめは、安全性の問題です。
前の議論からも推察できるように、膝伸筋が最大筋力を発揮すると、股関節には500kgを超え
る力学的ストレスがかかります。
このようなストレスで膝がこわれないようにするためには、拮抗筋をはじめとした、いくつかの筋
群を動員して、動作中に膝関節を安定させる必要があると考えられます。
したがって、レッグエクステンションでの筋力発揮については長距離ランナーの方が上手ですが、
より広い視点での筋力発揮についてみれば、スプリンターの方が上手ということになります。
このことはまた、トレーニングにおいて「拮抗筋をバランスよくトレーニングすること」や、「スクワット
などの複関節動作の種目を優先的に行なうこと」が重要な理由の1つにもなります。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース127号(1998年2月発行)より転載

「太りやすい体質」を決める遺伝子

前回、「生来の筋量を決める遺伝子」として新しく見つかった、GDF-8(ミオスタチン)というタンパク質をつくる遺伝子のお話しをしました。
ミオスタチンは、筋肉が分泌し、自分自身の肥大成長を強く抑制するはたらきをもちます。
ミオスタチン遺伝子をはたらかなくした「遺伝子組み換えマウス」は、通常のマウスに比べ、筋量が2~3倍ある、「スーパーマウス」になります。
その後、同様の技術を用いて、筋量の大きな(食用部分の多い)ウシを作ったという研究と、そもそも筋量のやや多いウシの家系では、ミオスタチン遺伝子に小さな変異があったという報告が、それぞれ専門誌に報告されました。
これらの研究は、「筋肉のつきやすい素質」があり、それが遺伝することを示唆します。
一方、体脂肪について同様の可能性があることを以前紹介しました。
その後、著しい研究の進歩がありましたので、そのお話しをしましょう。

肥満遺伝子(ob遺伝子)
私たちは、肥満に関わる遺伝子(obese gene:ob遺伝子)を、7番目の染色体に持っています。
体脂肪の脂肪細胞に中性脂肪が蓄積してくると、脂肪細胞はこの遺伝子を用いてリプチンというタンパク質をつくり、分泌します。
リプチンは脳の視床下部という部分にはたらいて、食欲を減退させ、エネルギー摂取を抑えると同時に、からだの活動を高め、エネルギー消費を促します。
このようにして、ob遺伝子は、体内の脂肪量を一定にしていると考えられています。
これらの事実から、リプチンを肥満症の治療のためや、「究極の痩身薬」として用いる動きがあることを、96年1月号でお話ししました。

肥満遺伝子とヒトの家系
肥満遺伝子に異常のあるマウスは、確かに極度の肥満になります。
しかし、ヒトでも同じことがいえるのでしょうか。
これに対する最初の解答が、Montagueらによって、本年6月28日のNature誌に発表されました。
彼らは、重度の若年性肥満を示す家系について調べ、この家系に属する子供たちのob遺伝子に全く同じ変異があることを発見しました。
この報告は、私たちヒトでも、ob遺伝子が「太りやすい体質」を決めるひとつの要因になっていることを示します。

リプチン感受性の問題
ところで、リプチンは、脳の視床下部にはたらきますので、この部分のリプチンに対する感受性が低いと、リプチンがたとえ正常に分泌されてても、やはり肥満になります。マウスについては、このことを強く示唆する研究報告がなされています。
これは、例えばインスリンは分泌されるのに糖尿病になる、「インスリン非依存型糖尿病」の場合に似ています。
糖尿病の90%以上がこちらのタイプなのと同様、肥満体質の大部分も、視床下部のリプチン感受性の低下が原因かも知れません。
しかし、「どのようなメカニズムでリプチン感受性が決まるのか」、「運動するとリプチン感受性が上がるのではないか」などについてはまだ不明です。

脂肪を無駄に消費するタンパク質
それでは、テレビの「大食い王」のように「いくら食べても太りにくい人」がいたり、逆に「あまり食べないのに太りやすい人」がなぜいるのでしょうか。
食物の消化吸収効率の差も一因でしょうが、この点についての説得力のある研究はあまりありません。
一方、「ミトコンドリア脱共役タンパク質(UCP)」という、新しいタンパク質が見つかり、このタンパク質と肥満との関係が注目されはじめました。
このタンパク質は最初、冬眠をする動物がもつ脂肪組織(褐色脂肪)に見つかり、脂肪を燃料として効果的に熱生産を行なうためのタンパク質であることが分かりました。
すべての細胞は、酸素を取り込んで脂肪や炭水化物を分解し、エネルギー源であるATPをつくります。
このとき、多量のATPを生成するのが、ミトコンドリアにある「電子伝達系」という反応系です。
UCPは、この電子伝達系のはたらきを変え、脂肪や炭水化物のもつエネルギーを熱として放出してしまうのです。
冬眠中は、この熱が体温を保持ために重要になるのですが、同様のタンパク質(UCP-2)が、冬眠とは関係のない「白色脂肪」にも見つかりました。
白色脂肪は、私たちの体脂肪にあるものです。
したがって、私たちの脂肪細胞は、余剰の脂肪を熱として「無駄に」消費し、脂肪貯蔵量を増やし過ぎないようにするシステムをもっている可能性があります。
つまり、UCPがうまくはたらかないと、「あまり食べないのに太りやすい」ことになります。
このUCPをつくる遺伝子と肥満体質との関係は、今後大変興味深い問題といえるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース125号(1997年10月発行)より転載

生まれつき筋量を決める(?)遺伝子

私たちは、それとなく経験的に、トレーニングによって筋肉のつきやすい人と、そうでない人がいることを知っています。
筋肉がつきにくかったり、筋力が増えにくかったりする人を「ハードゲイナー」と呼んだりもします。
以前、太りやすい素質・体質に関連していると思われる「肥満遺伝子」についてお話しましたが、ごく最近の研究で、「生来の筋肉のサイズを決める可能性のある遺伝子」が発見されましたので、今回は、「筋肉がつきやすい素質」について考えてみましょう。

10年前の巨大マウス
およそ10年前の科学雑誌「サイエンス」の表紙を、「ギガンティック・マウス」と称して、普通のマウスより全体的に2倍ほど大きなマウスの写真が飾りました。
これは、Palmiterらが作った、ごく初期の「遺伝子組み換え」マウスで、マウスの遺伝子の中に、特殊な成長ホルモンの遺伝子を組み込んだものでした。
この成長ホルモンの遺伝子は、本来マウスがもっている成長ホルモンの遺伝子と違い、ある種の金属イオンを与えることで、そのスイッチが「オン」になるように作り替えたものです。
このマウスを、常に微量の金属イオンを与えながら飼育すると、体内で成長ホルモンが作られ続けますので、巨大なマウスができることになります。
いわば「遺伝子ドーピング」のようなもので、実験技術面でのインパクトは大変大きなものでした。

成長因子とは
その後の10年ほどの間に、筋肉の成長を促すのは、成長ホルモンそのものよりも、成長因子と呼ばれるものと考えられるようになりました。
成長因子には多種ありますが、成長ホルモンと同様、ペプチド(非常に小さなタンパク質のようなもの)でできています。
例えば、IGFという成長因子は、肝臓が成長ホルモンの刺激を受けて分泌し、筋や骨に作用します。その他にも、(おそらくトレーニング刺激などによって)筋肉が分泌し、自分自身に作用させるような(自己分泌型)成長因子も、数多くあります。

スーパーマウスの誕生
このような成長因子の中に、TGF-βと呼ばれる一群の因子があります。
この成長因子に関連した、ショッキングなレポートがMcpherrouらによって、科学雑誌「ネイチャー」今年の5月号に発表されました。
TGF-βの一員で、「GDF-8」と呼ばれる因子をつくる遺伝子をこわし、機能させなくした遺伝子組み換えマウスを作ると、全身の筋肉が異常に発達したのです。
普通のマウスと同じように飼育して、筋量が約2倍にもなります。
写真を見ると、まるで、ドリアン・イエツのマウス版です。
この因子は、「成長因子」に属してはいますが、その機能は逆で、筋の成長を抑制していることになります。
興味深いことは、この因子の「現れる量」が、それぞれの筋によって微妙に違っていて、全身の筋肉のバランスを決めているように見えることです。
また、この遺伝子の組み換え技術は、ウシやヒツジにも応用可能ですので、畜産などの分野には大きな影響を与えていることでしょう。
ヒトにも同じ遺伝子がありますので、同じ技術を使って「スーパーマン」(たとえば、ドリアン・イエツのさらに2倍の筋量を想像してみて下さい)をつくることも可能でしょうが、そのようなことはもちろん許されません。

「素質」との関連性
上の遺伝子組み換えマウスで筋量が多い要因は、実は筋線維の数自体が80%ほど多いためです。
筋線維の太さが2倍も太いわけではありません。
したがって、GDF-8の遺伝子が、マウスが成長する過程で、生来の筋のサイズを決めている可能性があります。
遺伝子のはたらきに差があれば、当然、生まれ持った筋のサイズに差が出ることになります。
そして、この遺伝子のはたらきが比較的低い個体は、生来大きめの筋をもち、トレーニングをすれば、(筋線維数が多いので)より筋が肥大することになるでしょう。
また、別の遺伝子を指標にした私たちの研究でも、筋力トレーニングに対する筋の反応性にも、すいぶん遺伝による差が見い出されました。
GDF-8の化学構造をよく見てみると、その活性が酸素環境に強い影響を受けるものと想像されます。
以前ご紹介した阻害 (加圧)トレーニングのメカニズムもこのあたりにあるのかもしれません。
いずれにしても、これまで私たちが、「素質」として漠然と認識していたことに、最先端の科学的メスが入りつつあるといえます。
これが「夢をこわす」一面をもつことは否めません。
しかし、こうしたことを認識した上で、さらに遺伝子的に不利な部分を克服する科学的方法を探るのが、科学の正道であるともいえるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース124号(1997年8月発行)より転載

レジスタンストレーニングとホルモンの分泌

トレーニングと関連の深いホルモン
運動やトレーニングに関係するホルモンについては、これまで折にふれ多くのものごとをご紹介し
てきました。
筋の肥大との関連で男性ホルモン(アンドロゲン)、成長ホルモン、副賢皮質ホルモン、骨の代謝
との関連でカルシトニンや副甲状腺ホルモン、脂質代謝との関連でアドレナリンやノルアドレナ
リンなどです。
この他、特に健康を考える上で重要なものに、血圧を調節するバソプレシンやナトリウム利尿ホ
ルモン、血糖を調節するインスリンなどがありますが、これらについては、別の機会にお話ししま
しょう。
ここにあげたホルモンはすべて、運動に伴ってその分泌量が変化することが知られています。
したがって、運動をこれらのホルモンの分泌状態を改善する手段として用いることが可能ですし、
逆にこれらの分泌状態がトレーニング効果に影響を与えることになります。

アンドロゲンと成長ホルモン
レジスタンストレーニングの第一の目的は筋の肥大と筋力の増強にありますので、今回はこれに
最も関連の深いアンドロゲンと成長ホルモンについてお話しします。
主要なアンドロゲンはテストステロンで、この構造を人工的に変えて筋肉などの生合成(同化)作
用を高めたものがアナボリック・ステロイドです。
これらのホルモンは脂質なので、筋線維の膜を通り抜け、細胞の中にある受容体と結合した後、
遺伝子に直接結合して、タンパク質の合成を高めます。
遺伝子に直接はたらく点が、ある意味では恐ろしい一面です。 
一方、成長ホルモンは脳下垂体から分泌されるペプチド(アミノ酸が連なったもの)ホルモンです。
筋に直接作用する場合もありますが、肝臓やその他の組織に成長因子と呼ばれる物質を放出さ
せ、その成長因子が筋の成長や肥大を促す場合もあります。
その作用はやや間接的で、細胞膜の表面にある受容体と結合し、肥大を引き起こすのに必要な
数多くの化学反応の初期の過程を活性化します。
遺伝子工学の進歩によって多量に合成されるようになったことと、直接検出できる形で尿中に排
出されないので、今後ドーピングの主役となることが危惧されています。

トレーニングによる筋肥大とホルモン
アンドロゲンや成長ホルモンはこのように生合成を高める作用を持ってはいるものの、トレーニン
グ効果を得る上でのこれらの役割は、あくまでも二次的なものといえます。
例えば、四肢のうち片側だけをトレーニングすれば、トレーニングした側だけに肥大が起こります
し、このことはアナボリック・ステロイドを投与したとて同じです。
現在のところ、適切なトレーニングによって、筋線維での上記のホルモン受容体の生成が高まり、
ホルモンに対する感受性が高まると考えられています。
従って、第一に大切なのは、筋に対する力学的な刺激自体の性質です。
しかし、同時にこれらのホルモンの自然な分泌をできるだけ高める工夫をするのも大切です。

トレーニングのプログラムとホルモン
トレーニングの方法が、トレーニング中やその直後のホルモン分泌にどのような影響を及ぼすか
については、KraemerらFaheyらのグループによる多くの報告があります。
アンドロゲンの分泌は、高負荷でのトレーニング中にやや増加する傾向があるようですが、さほど
大きな変化とはいえません。
むしろ、トレーニングを続けることによって、平常時の分泌レベルが持続的に上昇するようです。
興味深いのは成長ホルモンです。
大筋群を用いた高負荷のトレーニングをすると、その直後に成長ホルモンの分泌が著しく増加
し、軽負荷のトレーニングではそれが起こらないことは古くから知られています。
しかし、事はそう単純でもなさそうです。
最近の研究から、大筋群を用いた高負荷のトレーニングでも、5RM以上の負荷で休息時間を長く
とるような方法で行えば分泌の増加は起こらず、やや軽めの10RM程度の負荷で、1分程度の短
い休息時間で行なってはじめて分泌の増大が起こると言われています。
こうした研究のために、特にアメリカ合衆国では、前者(5RM以上)を「筋力強化」、後者(10RM程
度)を「筋肥大」のためのプログラムとして、はっきりと二分する傾向があります。
しかしこれはかなり短絡的な結論で、まだまだ検討の余地があると思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース117号(1996年6月発行)より転載

ダウンヒル・ランと筋の損傷

正月にはさまざまなスポーツのイベントが行われますが、なかでも大学対抗の箱根駅伝は、ひと
つの風物詩になりつつあるといえるでしょう。
この駅伝を見ていて気付くことのひとつに、往路に強い大学が必ずしも復路にも強いとは限らな
いということがあります。
この要因のひとつは、往路が長い登り坂を含むことにあると思われます。
登り坂に強い、下り坂に強い、平地で速い、などといった特性は、選手によってはっきりと分かれ
てきますので、勝つためには、それぞれの特性を持つ選手をまんべんなく揃える必要があります。
実は、こうしたことには、登り坂走(アップルヒル・ラン)と下り坂走(ダウンヒル・ラン)で、全く異な
る生理学的メカニズムが働いていることが起因しています。

ダウンヒル・ランと筋の伸張
登り坂と下り坂のどちらが楽かと聞かれれば、おそらくすべての人が、下り坂と答えるでしょう。
エネルギー消費の点から見ると、標高の高い所では位置エネルギーが高くなりますので、その
分、坂を登るためには余計にエネルギーが必要です。
全く逆に、坂を下る時には、位置エネルギーに相当するエネルギーを外界からもらうことになりま
す。
理論的には、体重70Kgの人が、標高差100mを登るのと下るのとでは、消費するエネルギーに
約40Kcalの差が生じます。
したがって、登り坂を走るためには、より大きなエアロビック・パワーが必要です。
筋肉の働き方についてはどうでしょうか。
登り坂では、下肢の多くの筋群が、より高い位置に体を移動させるために、より大きな仕事をしな
がら短縮します。
逆に下り坂では、筋が力を発揮しながら伸張されることによって、ブレーキをかけるように作用す
る場合が圧倒的に増えてきます。
以前にもお話ししたことのある、伸張性収縮(エキセントリック収縮)です。このような収縮を繰り返
すと、筋には著しいダメージが生じます。
したがって、筋肉の立場からいえば、下り坂が楽とは、必ずしもいえないことになります。

筋肉の伸張は筋の損傷と遅発性筋痛を引き起こす
よくジョギングをする人であれば、長い下り坂を走った直後に、膝が急に定まらなくなり、走るのが
きつくなった経験があるかと思います。
ダウンヒル・ランや伸張性収縮に伴って筋がどのように変化するかについては、ここ10年あまりの
間に膨大な数の研究が行われています。
まず、(おそらく強い力学的ストレスによって)筋線維の中の、力を発生するために重要な構造や
筋線維の細胞膜に微小な損傷が生じ、その結果急激な筋力低下が起こります。
肘屈筋を対象にした私たちの実験では、最大筋力が平均60%にまで低下しました。
このような即効的な変化からやや遅れて、本格的な筋の損傷と、その修復が始まります。
白血球が損傷部位に集まり、免疫作用を示すとともに、損傷した箇所を徹底的に解体します。
同時に、こうした過程で生じるいくつかの物質が、筋線維の修復・再生や、結合組織の合成を促
します。
これらの過程が始まるときには、筋肉が腫れ(浮腫)、激しい筋肉痛(遅発性筋痛)が起こります。
運動後2日から3日がそのピークになります。
よくトレーニングされていない人では、このような状態から完全に回復するのに約1カ月かかりま
す。
山登りの後の筋肉痛は、山を登ったためでなく、山を下ったために起こるのです。

筋の伸張と筋線維の使われ方
以前、速筋線維と遅筋線維のお話しをしましたが、負荷が軽い運動では、筋の中の遅筋線維か
ら優先的に使われる仕組みになっています。
私たちは、そのようにしてエネルギーをセーブしているのです。
逆に、筋力を増すためのトレーニングでは、速筋線維を十分に使うようにしなければなりませんの
で、重い負荷が必要になるわけです。
ところが、伸張性収縮では、負荷が極めて軽い場合でも、速筋線維から優先的に使われることが
分かってきました。
伸張性収縮がトレーニングにおいていかに重要であるかは、以前、ここで書いた通りですが、こう
した速筋線維の使られ方の違いもその理由の一つになっています。
このように考えると、ダウン・ヒルに強い選手は、他の選手と比べて速筋線維が多いのかもしれま
せん。
また、たとえ平地を走る場合でも、着地時には、多かれ少なかれブレーキがかかりますので、長
距離選手は伸張性の繰り返しともいえます。
このように伸張性収縮とそれに対する抵抗力の観点から、長距離走のレジスタンストレーニング
について見直す必要があるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース115号(1996年2月発行)より転載

筋持久力の素質

筋持久力を決める要因
筋持久力を決める生理学的要因は、筋線維組成と筋内循環と考えられています。
筋には大きく分けて速筋線維(FT)と遅筋線維(ST)がありますが、これらの割合を筋線維組成と
呼び、通常遅筋線維の割合(%ST)で表わします。
STは、酸素を用いた効率の良いエネルギー生成を行なうため、絶対的パワーは小さいのです
が、持久力が高いという性質があります。
したがって、%STが高いほど、低強度での持久力が高いことになります。
一方、筋内の毛細管が発達していて筋内循環がよければ、速筋線維の収縮に伴って生じる乳酸
などの代謝産物をすみやかに除去できる上、遅筋線維にも多くの酸素を供給することが可能で
す。
したがって毛細管の良好な発達は、低~高強度にわたる範囲の筋持久力にとって重要といえま
す。

筋線維組成と遺伝
Komi(1976)は、一卵性双生児の%STがほぼ同じことから、筋線維組成がまず遺伝によって決
まることを示しました。
その後の研究から、持久的トレーニングによって、速筋線維が遅筋線維的なものに変わることが
はっきりしてきたため、「持久的競技選手はトレーニングによって作ることがある程度可能である」
と考えられるようになりました。
一方、筋力トレーニングによって遅筋線維が速筋線維的になることについては否定的な見解が
強く、「スプリンターは素質で決まってしまう」と考えられます。
これらの点については、以前にもご紹介した通りです。

運動による筋線維組成の変化:新しい見方
ところが、筋の発生に関する最近の研究から、およそ次のようなことが分かりました。
筋線維のもととなる筋芽細胞は、発生の早い段階で速筋線維になるべきか、遅筋線維になるべ
きか、遺伝子によって決定されています。
しかし、発生の途中で、神経を除いたり、筋の活動を抑制したりすると、誕生時には、本来遅筋線
維になるべき筋芽細胞が外見上速筋線維になってしまいます。
このことから、「トレーニングによって速筋線維が遅筋線維的になる」というより、「遅筋線維になる
べきものの一部が、活動不足などが原因でたまたま速筋線維になっていて、トレーニングによっ
てそれらが本来の発生運命を取り戻す」ことがむしろ正しいと考えられます。

アンギオテンシン変換酵素と持久力: 筋持久力と遺伝の明確な関係
筋内循環に関しては、Montgomeryら(1998)が最近、興味深い研究を雑誌「ネイチャー」に発表
しています。
彼らは、アンギオテンシン変換酵素(ACE)という酵素の遺伝子に明確な個人差があることに着
目しました。
ACE遺伝子には、余分な遺伝暗号が挿入された「I型」と、挿入されていない「D型」の二型があり
ます。
遺伝子は一対の組からなっていますので、「II」、「ID」、「DD」の三種の遺伝子型があることになり
ますが、I型の遺伝子を少なくとも一つ持つ人のACE活性は、DD型の遺伝子持つ人のそれと比
べて低いことが分かっています。
ACEという酵素は、血液中のアンギオテンシンIというペプチドホルモンを、より活性の高いアンギ
オテンシンIIに変換します。
同時にキニンというタンパク質にはたらいてこれを不活性化します。
アンギオテンシンIIには、1)血管を強く収縮させ、血液の循環を制限する。2)尿の排出を抑制す
る。3)中枢にはたらき、喉の乾きを感じさせる、などがあります。
逆にキニンには、血管を拡張する作用があります。
これらは、私たちの体液を保持するために重要な役割を果たします。はげしい運動をすると、発
汗が起こります。
同時に、筋に血しょうが移動し(パンプアップ)、循環血液量が減少します。
体はこれを「体液が減少した」ものとみなし、アンギオテンシンIIを生産します。これは、生体にとっ
ては、水分不足時に体液を保持するための正当な反応なのですが、運動時には、筋への循環を
も抑制してしまう可能性を同時にはらんでいます。
Montgomeryらは、酸素マスクを使わずにエベレストに登頂した一流登山家25名について、ACE
の遺伝子型を調べ、23名がI型(低活性型)の遺伝子をもつことを見い出しました。
さらに、一般人を用いて、筋持久力のトレーニング効果(バーベルカールを極限回数行う)を調べ
たところ、II型の人の方が、DD型の人に比べ、10倍以上もトレーニング効果が高いことが分かり
ました。
これらの結果の解釈はまだむずかしいのが現状ですが、ヒトの遺伝子型とトレーニング効果との
関係を明確に示した点では画期的な研究といえるでしょう。
筋線維組成、ACEのいずれの場合も、筋持久力が残念ながら遺伝的素質に強く依存することを
示しています。
一流になるためには、「自分に合ったスポーツを選ぶこと」も重要なのでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース130号(1998年8月発行)より転載

トレーニングとコラーゲン

最近、コラーゲン、グルコサミン、コンドロイチンなどを成分としたサプリメントをよく見かけるように
なりました。
主に関節が痛いときなどに摂取するとよいとされますが、実際に試してみると、確かに効果があ
るような気がします。
現役ビルダーの話しを聞くと、特に食事制限をしている減量期に、関節の障害を効果的に予防し
てくれるようです。
今回はこのコラーゲンとトレーニングの関係についてお話ししましょう。

結合組織をつくるコラーゲン
コラーゲンは、プロテオグリカン(糖タンパク)、コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸などとともに、結
合組織(細胞外マトリックス)をつくります。
結合組織とは、体の組織を構成する細胞と細胞の間や細胞の外にあって、組織を支持したり、
力やその他の情報を伝達したりする組織です。
特に運動器に関連の深い結合組織は、筋の内膜、周膜、外膜、腱、じん帯、軟骨、骨基質などで
しょう。
運動やトレーニングでは、筋そのものよりも、こうした結合組織に外傷や障害が起こることが多い
のですが、運動や栄養が結合組織に及ぼす効果については、あまりよく分かっていないのが現状
です。

コラーゲンは19種類もある
私たちの体は、想像以上にこうした結合組織を多くもっていて、コラーゲンが体の全タンパク量に
占める割合は3割以上(重量比)とされています。
さらに、コラーゲンには多くの種類(型)があり、現在までのところI型からIXX型までの19種類が見
つかっています。
このうち、I型が主に筋の膜系、腱、じん帯、骨基質などをつくり、II型が軟骨や眼のガラス体などを
つくります。

コラーゲンは溶けにくい
一般にコラーゲンは水にきわめて溶けにくい、繊維状構造や網目状構造をしたタンパク質です。
このため、体の中では安定した支持構造をつくるのですが、逆にこうした性質は、その量や合成、
分解の調節機構を調べる研究を困難にしています。
それでも、熱処理や、すい液からつくられるキモトリプシンという消化酵素によって部分的に分解
し溶かすことはできますので、体がコラーゲンを消化吸収することはある程度可能です。
ちなみに、「煮こごり」(ゼラチン)は、加熱調理によって骨、軟骨、皮膚などから溶け出たコラーゲ
ンがゲルをつくったものです。

遅筋ではコラーゲン合成が速い
私たちのグループでは最近、I型コラーゲンの合成が高まると(どの組織でも)、これを光信号とし
て測定できるようにした「遺伝子組み替えマウス」を用いて研究を行っています。
その結果、抗重力筋として普段持続的に活動している遅筋ほど、I型コラーゲンの合成がさかんな
ことがわかりました。
ところが、速筋と比べてコラーゲンの量そのものは特に多いとういうことはなく、したがって遅筋で
はコラーゲンの合成と分解の両者が速いのであろうと想像しています。

運動にすばやく応答するコラーゲン合成
このマウスにトレーニングをさせると、驚いたことに1回のトレーニングの72時間後には、筋や腱
でのコラーゲン合成が何倍にも上昇することが分かりました。
また脊椎骨の骨基質でも、同様にI型コラーゲン合成が上昇することが報告されています。
このように、結合組織は一見安定した組織のようですが、運動やトレーニングによって、その内部
ではコラーゲンの分解や合成がはげしく行われていることが分かります。
その分、減量期などには、コラーゲン摂取を心がけることが必要となるかもしれません。

コラーゲン食は皮膚を若く保つ?
共同研究者の長井らは同じ遺伝子組み替えマウスを用い、高コラーゲン食を摂取させると、皮膚
でのコラーゲン合成が高まる傾向があると報告しています。
残念ながら統計的に十分にものがいえるデータではありませんが、コラーゲン摂取を心がけるこ
とで、肌を若く保てる可能性はあるでしょう。
しかし、栄養物としてのコラーゲンがなぜ組織のコラーゲン合成を高めるかは不明です。

コラーゲン食がリウマチを改善する?
II型コラーゲン食によって、リウマチが改善されるという報告もあります。
リウマチは一種の「自己免疫症」で、免疫系が関節軟骨のII型コラーゲンを「異物」と認識して、こ
れに対する抗体をつくってしまい、関節に著しい炎症反応を起こすことが原因のひとつと考えられ
ています。
一方、私たちの体には「腸管免疫寛容(経口トレランス)」というしくみがあって、通常の栄養物とし
て腸から吸収した物質に対しては抗体が生成されないようになっています(これが正常にはたら
かないのが「食物アレルギー」です)。
したがって、栄養物としてII型コラーゲンに対する免疫作用が弱まり、リウマチが改善するのでは
ないかと考えられています。
運動やトレーニングなどによって起こる、さまざまな関節の痛みも、組織の損傷が免疫系を刺激
し、過剰な炎症反応を起こすことが一因と考えられます。
したがって過剰な炎症反応を抑制すること、壊れた結合組織の再構成のための材料を供給する
こと、の2点でコラーゲンサプリメントは効果があるのではないかと想像されます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース143号(2000年10月発行)より転載

筋肥大に効果的なセット間のインターバル

トレーニングをプログラムする上で、頭を悩ます問題のひとつは「セット間インターバル」でしょう。
セット間インターバルは、「強度」、「量」、「頻度」からなるトレーニングの「三要素」に含まれません
が、トレーニング効果に大きな影響を与えます。
読者の皆さんからの質問でも、このセット間インターバルに関するものが最も多いようです。
そこで今回は、セット間インターバルとトレーニング効果、特に筋肥大との関係についてお話しし
ます。

セット間インターバルとトレーニング効果
レジスタンストレーニングの主要な目的は筋力増強と筋肥大です。
一般に筋が肥大すれば、筋断面積の増大に比例して筋力も増加しますが、専門化したトレーニン
グでは、この両者を分けるようになってきています。
特に、スポーツトレーニングでの「筋力増強」は、「筋の肥大や体重増加を伴わず筋力を増すこと」
と考えます。
このために、筋力発揮時の神経系の抑制を低減する必要があります。
神経系にこのような効果を及ぼすためには、1RMの90%以上の高強度(3レップス以下)を用い
ることと、十分なセット間インターバル(3分以上)をとることが必要です。
一方、筋を肥大させるには、経験的に1RMの80%(約10RM)程度の強度で、セット間インター
バルを極力短く(1分程度)する必要があります。
この理由については、実はまだ完全には分かっていません。
しかし、短いセット間インターバルは、少なくともホルモン分泌に大きな影響を及ぼすようです。
ホルモンは、筋肥大に必須の要因ではありませんが、次の三種のホルモンは筋肥大を助長する
と考えられています。

セット間インターバルとテストステロン
血中の男性ホルモン(テストステロン)濃度は、男性では、トレーニング中とその直後に増大しま
す。
主要な筋群のトレーニング種目8種目を、5RMの強度で3分インターバルで行った場合(以後、
「高強度長インターバル」と略します)と、10RMの強度で1分インターバルで行った場合(以後、
「中強度短インターバル」と略します)とで、血中テストステロン濃度を比較します。
すると、「高強度長インターバル」の場合には、トレーニング直後にテストステロン濃度が20%ほ
ど増加するだけですが、「中強度短インターバル」の場合には、トレーニング中にこれが約60%増
加することが報告されています。

セット間インターバルと成長ホルモン
成長ホルモンは、成熟した筋を肥大させる効果を持ちます。
この効果は、成長ホルモンが肝臓と筋に作用して、これらに「インスリン様成長因子」(IGF-1)
をつくらせ、このIGF-1が筋に作用することによって現れます。
血中成長ホルモン濃度もIGF-1濃度も、「高強度長インターバル」では増加せず、「中強度短イ
ンターバル」のトレーニング直後(15~30分後)に著しく増加することが分かっています。

セット間インターバルとカテコールアミン
最近の研究から、アドレナリンやノルアドレナリンなどのカテコールアミンにも筋肥大も助長する効
果があることが分かってきました。
この効果の仕組みについてはまだ不明ですが、これらと同様の作用をもつ薬物(β2-アゴニスト)
を動物に投与すると筋肥大がおこります。
一時ドーピングで問題になり、現在はIOCの禁止薬物になっているクレンブテロールはこの
β2-アゴニストの一種です。
血中のカテコールアミン濃度もまた、「中強度短インターバル」のトレーニングによって著しく増大
することが報告されています。

鍵を握る筋内の代謝物濃度
インターバルの短いトレーニングがこのように内分泌系に強い刺激を与える理由については十分
に分かっているわけではありません。
しかし、私たちの研究グループで行った実験から、筋の血液循環を制限し、乳酸などの代謝物濃
度が急速に高まる状態で低強度のトレーニングを行うと、カテコールアミンや成長ホルモンの分
泌が著しく高まることが分かりました。
おそらく、筋内の代謝物の増加を感覚神経(代謝物受容器)が感知し、間脳の視床下部にある
「ホルモン分泌調節センター」を刺激するためと考えられます。
インターバルの短いトレーニングの場合にも同様の機構が働いていると考えられます。

どのようにトレーニングしたらよいか
上記のような筋内環境をつくるための工夫にはさまざまなものがありますが、現在私が一般にお
勧めしている方法についてお話しします。
まず、アップから始めて負荷の大きさを上げていき、3セット目くらいでピークに達してから再び負
荷を下げていく方法を用います。
筋量が主目的となるボディビルダーの場合でも、絶対的な挙上重量は大きい方が有利ですの
で、ピーク重量(3~5RM)で行うまでは十分なインターバルをとり、筋力増強をねらいます。
次に負荷を下げていくときには、インターバルを短く、できれば1分程度にし、しかも1セットの反復回数が5~10RMくらいになるようにします。
さらに、最後のセットで「マルチパウンテージ法」を用い、ノーインターバル(15秒程度)で負荷を段階的に落とすようにすれば、なお効果的です。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース133号(1999年2月発行)より転載

見える筋肉、見えない筋肉

唐突ですが、皆さんはどのような筋肉をトレーニングしていますか?
即座に大胸筋、広背筋、大腿四頭筋、三角筋...などといった答えが返ってくるでしょう。
これらは、「見える筋肉」です。
ボディービルダーであれば、外から見える筋肉はもちろん重要です。
しかも、一般的なトレーニング種目のほとんどは、こうした「見える筋肉」を主働筋としています。
一方、スポーツトレーニングの分野では、「見えない筋肉」のはたらきが注目されつつあります。

関節ははずれやすい
筋肉が発揮した大きな力を伝達し、運動に変換するのは関節です。
関節には、肩関節のような球関節、膝関節のような蝶番関節などいくつかのタイプがありますが、
いずれも自由度の大きさと引き替えに、ある程度「はずれやすい」構造をしています。
このため、じん帯や関節包がしっかりと関節のまわりを包みこんでいます。
蝶番関節のわかりやすい例として、膝関節を考えてみましょう。
膝を伸展するときには、大腿四頭筋が膝蓋じん帯を通じて下腿骨を前方から引っ張ります。
このとき、膝関節は伸展方向に回転すると同時に、当然のことながら前方にずれようとします。
これをはずれないようにしているのが前十字じん帯などのじん帯です。

拮抗筋の重要な役割
しかし、小さなじん帯にくり返し大きなストレスがかかると障害が起こります。
そこで、拮抗筋のはたらきが重要になってきます。
膝関節では、大腿四頭筋が強くはたらくと、同時に拮抗筋であるハムストレングスが、下腿骨の
基部を後方に引っ張ることによって、膝関節を安定させると考えられています。
以前ご紹介したように、優秀なスプリンターでは、レッグエクステンション時にハムストレングスが
共収縮してしまいますがこの理由のひとつは膝関節を安定化するためであるといわれています。
こうしたことからも、拮抗筋どうしをバランスよくトレーニングすることが重要なことが分かります。

肩の外旋筋群(インナーマッスル)
一方、球関節のように多様な動きをする関節まわりには関節を安定化するのに重要な筋群が多
数あります。
肩関節では、広背筋や三角筋にかくれて見えないところに、棘下筋、小円筋、肩甲下筋という、肩
の外旋筋群(カフ・ローテーター)があります。
これらは、「インナーマッスル」と俗称されます。
これらの筋群が重要視される理由は次の二点です。
ひとつは、上半身の最も大きな筋である大胸筋、広背筋のいずれも、肩を内旋させる作用をもつ
ため、これが大筋力を発揮するような動作では、外旋筋群が拮抗して肩関節を安定化します。
第二には、三角筋などによって肩を挙上するときに、これらの外旋筋群がはたらいて、肩の上方
へのずれを防ぎます。
これらの外旋筋群の筋力が低下すると、力学的ストレスによってじん帯や滑液包に炎症が生じ、
「インピンジメント症候群」などの肩痛の原因となると考えられています。

股関節を安定させる筋群
同様に球関節である股関節でも、比較的小さな、「見えない筋肉」が、関節を安定させる上で重
要な役割を果たしています。
中殿筋、小殿筋、恥骨筋、長内転筋、外閉鎖筋、方形筋、梨状筋などです。
かつて橋本聖子選手が原因不明のスランプに陥ったことがありました。
長期間悩んだ末にカナダの専門医に診てもらったところ、その原因は、何と梨状筋の肉ばなれだ
ったそうです。

腸腰筋はスプリンターの証?
最近、Hansonら(1999)は、若い白人と黒人の間で、大腰筋のサイズに著しい違いがあることを
報告しました。
大腰筋の筋断面積は、黒人が白人に比べて3倍以上も大きいそうです。
このことは、黒人のスプリント能力と無関係ではなさそうです。
大腰筋は腰椎に始まり、腸骨筋とともに骨盤の表面を通って大腿骨に至る筋で、大腰筋と腸骨
筋を合わせて腸腰筋と呼びます。
これらは、内臓と脊椎の間にあることから、深部腹筋群とも総称され、「見えない筋肉」の代表とも
いえます。
スプリンターの筋系をMRIで調べた国内の研究からも、腸腰筋が発達していることが示唆されて
います。
腸腰筋は、大腿直筋とともに股関節屈筋ですが同時に骨盤を前傾させる作用、腰椎のS字型を
維持する作用を併せもちます。
したがって、走行中に体幹を安定させながら骨盤をコントロールし、大きく強いストライドを生みだ
す原動力となっている可能性があります。

どういうトレーニング種目がよいか?
これらは「見えない筋肉」は、「見える筋肉」を継続的にトレーニングする上でも軽視できません。
しかし、これらを専門的にトレーニングする種目はあまりありません。
カフ・ローテーターについては最近、チューブなどを用いた方法がよく紹介されていますので、それ
らを参考にするとよいでしょう。
股関節まわりについては、フリーウエイトを用いること、特に、フォワードランジやサイドランジがよ
いでしょう。
腸腰筋については、レッグレイズ系の種目、例えばハンキングレッグレイズやニーツーチェストな
どがよいと思われますが、これらは逆に腰を痛める危険性を伴いますので注意も必要です。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース140号(2000年4月発行)より転載

ウォーキングの生理学

近年、ウォーキングが一大ブームになっています。
ウォーキングは、ジョギングなどと同様にエアロビクスに分類されますが、関節や循環器に過度
のストレスを与えないという利点があります。
長時間のウォーキングは体脂肪を燃焼させるのに効果があり、またきわめて日常的な運動です
ので、通勤、通学時などをうまく利用すれば、大きな累積効果も期待できると思われます。
そこで今回はウォーキングについて生理学的に考えてみましょう。

ウォーキングとランニングの違い
ウォーキング(歩行)とランニング(走行)は全く異なる運動です。
よく、「両足がともに地面を離れている瞬間があるのがランニングである」といわれますが、もう少
し細かく見てみましょう。
図に歩行と走行の単純なモデルを示します。
歩行では、軸となる片足の真上に重心がきたときに、重心の位置が最も高くなります。
すなわち、「逆さ振り子」のような動きを左右の脚が交互に繰り返すことによって、きわめて効率良
く前に進みます。
「卵がころがるような動き」ともよくいわれます。
一方、走行では逆に、重心が軸足の真上にきたときに、その位置が最も低くなります。
脚がバネのようにはたらいて、この下がった重心を強く斜め前方に押し出します。
したがって、強い推進力を得られる反面、重心が足の真上にくるまでの間に、ブレーキがかかって
しまうことになります。

歩行と走行のエネルギー消費
DawsonとTaylor(1973)は、カンガルーの歩行と走行(ホッピング)に関する興味深い研究を科
学雑誌「ネイチャー」に報告しました。
カンガルーは時速6kmまでは歩行し、このときの時間当りエネルギー消費量は速度に比例して
増大します。
一方、時速6km以上になるとホツピングに移行しますが、このホッピングでは速度が増えてもエ
ネルギー消費量が全く増大しません。
これは、長いアキレス腱がバネのようなはたらきをするためです。
ヒトはどうでしょう。
アキレス腱がそれほど大きくありませんので、カンガルーほど顕著ではありませんが、同様の現
象が見られます。
Margaria(1938)によると、平地では時速7.5kmまでは歩行の方が走行と比べて時間当りエネ
ルギー消費量が小さく、この速度を超えると状況が逆転します。
すなわち、時速7.5km以上の速度では、走行の方がエネルギー効率が良くなりますので、このあ
たりの速度になるとヒトは自然と走り出すわけです。
ただし、ヒトの走行の場合には、時間当りのエネルギー消費量は、走行速度に比例して増大しま
す。

歩行のエネルギー効率
時速7.5km以下の速度で、歩行のエネルギー消費が走行のそれと比べて小さいのは、おそらく
ヒトが図の「逆さ振り子」のような効率の良い二足歩行を身に付けたからでしょう。
さて、さまざまな速度で歩行したときの、距離(1km)当りのエネルギー消費量を調べてみると
当時3~5kmあたりで最小になることが報告されています。
よく時速4kmが歩行の標準速度といわれますが、実際にこのあたりの速度が最もエネルギー効
率の良い速度であることがわかります。
これはおそらく、ヒトが両足を振る動作には固有振動数があり、この振動数で自然に歩いている
速度が時速3~5kmあたりになるためでしょう。

ウォーキングの強度と効果
歩行をエクササイズとして用いるウォーキングでは、(できれば)あえてエネルギー効率の悪い速
度を利用すべきでしょう。
もし、時速7.5kmで歩ければ、同速度でジョギングする場合と同じ量のエネルギーを使い、伸張
性動作による長期的筋疲労を防ぐこともできます。
これを約35分続ければ、約300kcalを消費することになります。
これよりやや遅く、時速5.5kmですと、約70分で約300kcalの消費となります。
重要なことは、このエネルギーのうち、約半分が脂肪から得られることです。
したがって、毎日のちょっとした工夫でこのような運動を取り入れると、1ヶ月で1kg弱の体脂肪を
落とせる計算になります。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース141号(2000年6月発行)より転載

レジスタンストレーニングの適切な頻度

トレーニングをプログラムする場合、最も難しい問題はおそらく「トレーニングの頻度」でしょう。
古くから、同一部位のトレーニングは週2~3回がよいというのが定説となっています。
この頻度は、一定の効果を得るために、確かに経験上「安全」な頻度といえますが、あまりに固定
観念化していて、「週1回では効果がない」と信じている人がほとんどのようです。
しかし、実際には、この頻度が最適であることを示す実験的根拠はあまりありません。
そこで今回は、この頻度の問題について再考してみましょう。

筋疲労とその回復過程
効果的なトレーニングを行うと、必然的に疲労が生じます。
レジスタンストレーニングでは、この疲労は一時的な筋力低下となって現れ、ゆっくりと回復しま
す。
疲労が回復するに従い、やがて筋力が以前のレベルを超える時期が現れ、これを「超回復」と呼
びます。
簡単に分かるように、「超回復」期に次のトレーニングを行えば、次第に筋力は増加していくことに
なります。
しかし、こうした疲労と回復の関係は、あくまでも「概念」であって、何日後、何時間後に「超回復」
が訪れ、それがどのくらい持続するのかよく分かっていません。
実際には、これらのことこそが、トレーニングを行う上では最も重要な情報になります。

一般的なトレーニングによる疲労とその回復
Hakkinen(1995)は、トレーニング経験のない女性(平均年齢30歳)に、レッグプレス(負荷10R
M)を5セット行わせ、その直後から膝伸展筋力を経時的に測定しました。
トレーニング直後では、筋力は平均約80%に低下しましたが、1時間後にはすでに約90%に、2
日後に約95%にまで回復しました。
これ以降測定は行っていませんが、おそらく4日後には100%に戻るか、微小な「超回復」が現れ
るものと思われます。
この実験だけを見れば、脚筋群のトレーニング頻度は「中3日」すなわち2回/週が適切となりま
す。

エキセントリックトレーニングによる疲労とその回復
しかし、何度かお話しした通り、筋疲労の発現のしかたは、トレーニング動作に強く依存します。
私たちの研究では、肘屈筋に伸張性最大筋力を発揮させるようなエキセントリックトレーニングを
8回×2セット行うと、1日後に筋力が約65%にまで低下し、その後「遅発性筋痛」を伴う疲労が持
続するため、10日後でも90%までにしか回復しませんでした。
横浜市大の野坂氏らによれば、同様のトレーニング後、さらに長期にわたって筋力を測定すると、
約1カ月後になって、やっとわずかな「超回復」が見られるとのことです。
したがって、いわゆる「ネガティブワーク」を多用するようなタイプのトレーニングでは、その頻度を
2~3回/週より低く設定しなければならないことになります。

疲労回復速度にもトレーニング効果がある
ところが、上述のようなエキセントリックトレーニングを2回、3回と続けていくうちに、回復時間が
徐々に短縮し、6日ほどで完全に回復するようになります。
すなわち、回復速度自体にもトレーニング効果があることになります。
さらに、野坂氏の最近の報告によれば、高強度のエキセントリックトレーニングを行う数日前に、
予めごく軽いエキセントリックトレーニングを行い、筋を「慣らして」おくと、高強度のトレーニング後
の疲労回復速度が著しく高くなるということです。
これらは、トレーニング後の回復速度が、トレーニングの履歴に依存することを示しています。
すなわち、あらゆる場合に用いることのできる、唯一の最適頻度というものは存在しないことにな
ります。

長期的トレーニング効果からみた頻度
トレーニンクを長期間続けた場合の、頻度と効果の関係はどうでしょうか?
上記のような高強度のエキセントリックトレーニングを、多少無理をして2回/週の頻度で続ける
と、約2カ月後まではオーバートレーニングの兆候が続きますが、3カ月後になると急俊なトレー
ニング効果が現れます。
こうした効果は、1回のトレーニング後の回復過程からは予測できないものです。
このように、「あえてオーバートレーニング気味の状態を作り、そのリバウンドを利用する」ような方
法は、しばしばアスリートの間で用いられますが、一歩誤ると「ミスコンディショニング」に陥る危険
性があるでしょう。
より一般的なトレーニングの場合については、Pollockらのグループが、腹筋群や脊柱起立筋な
どの体幹の筋群について、さまざまな頻度で3カ月間トレーニングを行った場合の筋力増加を調
べています。
彼らの一連の研究をまとめると、2回/週が最も効果が大きく、その効果を100%とすると、3回
/週では約70%、1回/週では35%、1回/2週では約5%の効果があることになります。
この結果を解釈するには、被験者がトレーニング未経験者であることや、体幹の筋群に対象が絞
られている点を考慮する必要があります。
しかし、他の筋群についても、少なくとも急激な効果を必要とせず、マイペースで着実に効果を上
げればよいような場合には、1回/週の頻度でも十分ではないかと思われます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース132号(1998年12月発行)より転載

環境温度とトレーニング効果

春から初夏にかけては、筋肉がよく動き、バーベルも軽く感じられます。年中温暖な気候のもとで
トレーニングできる人とそうでない人では、不公平があるような気もします。
特に、ボディビルダーの目から見れば、トップ選手の多くがカリフォルニアに集まっていることから
も、暖かな場所でトレーニングした方が、筋肉がよく発達するのではないかと思えることでしょう。
気温とトレーニング効果の関係は、科学的にはよく分かっていないのが現状ですが、リクエストが
ありましたので、今回はこの問題について考えてみます。

なぜ我々の体温は37℃なのか?:タンパク質の機能と温度
まず、なぜ私たちの体温が、20℃でも50℃でもなく、約37℃なのか考えてみましょう。
私たちのからだの機能をつかさどる主役は、酵素などのタンパク質です。
筋が収縮する場合も、神経が活動する場合も、エネルギーを使ってからだをつくる場合(代謝)も
そうです。
こうしたタンパク質のはたらきは、温度に強く依存します。
例えば、さまざまな酵素の活性は、温度が10℃上昇すると平均で約2.5倍も高くなります(これを
Q10=2.5といいます)。
筋の収縮速度や、代謝速度についても同様です。
ところが、温度が41~42℃を超えると、多くのタンパク質は変性し、細胞も死んでしまいます。
このように考えると、37℃前後というのは、タンパク質が変性せずに最も活発にはたらくことので
きる温度ということになります。
しかし、41℃まではあまり余裕がありませんので危険な温度域であるともいえます。
このため、細胞のまわりの温度が上昇し過ぎると、細胞は「熱ショックタンパク質」(HSP)というタン
パク質をつくります。
HSPの多くは、さまざまなタンパク質をつつみ込むようにして、熱による変性から守ります。

ウォームアップをすると身体機能が上がる
スポーツやトレーニングでは、経験的にウォームアップが大事だといわれています。
この理由はおそらく、筋、神経、心臓などのはたらきが、上に述べたように温度に強く依存するた
めです。
Pavlovら(1988)の研究によると、直腸温度(深部体温)が約38.7℃に上昇したときに、身体的パ
フォーマンスが最大(平常温度の約30%増)になるようです。
したがって、この温度を容易に維持できる環境温度が、スポーツやトレーニングをする上で適して
いるといえるでしょう。
気温が低いと、この温度を維持するために余計に筋が活動する必要があり、逆に気温が高すぎ
ると、発汗のために余計なエネルギーが必要になります。
さらに、湿度が高いと、汗が気化しにくくなりますので、からだに熱がたまり(蓄熱)、熱中症を起こ
しやすくなります。

環境温度と筋の発育
以上のようなことから、温暖で湿度の低い、カリフォルニアのような気候は、やはりトレーニングに適しているといえるでしょう。
それでは、このような場所でトレーニングを続ければ、筋肉もより発達しやすいのでしょうか。
少なくともヒトの場合、この問題に正しく解答できるような研究は行なわれていません。
一方、畜産学の分野では、家畜の発育と飼育温度の関係についての数多くの研究があります。
これらをまとめると、ヒツジ、ブタ、ニワトリなどでは、気温28~31℃で飼育した場合に最も筋が発達し、(摂取エネルギー量/筋の発育量)の値も最も小さくなるようです。
この範囲の温度より高くても低くても筋の発達は低下しますが、低温では多くの場合、体脂肪量
が増加します。
したがって、恒温動物では、28~31℃の環境温度が、最小のエネルギーコストで最適の体内環
境を保つことのできる条件と思われます。

環境温度と筋の特性
ブタを12℃の低温で飼育すると、筋の中の遅筋線維の割合が増えるという報告があります。
これは、増加した体脂肪を効率よくエネルギー源にすることのできる遅筋線維が増えると考える
と理屈に合います。
逆に、最近の研究で、シロネズミを1日1時間低温(20℃)の水中で遊泳させたところ、高温
(30℃)の水中で遊泳させた場合に比べ、筋中の速筋線維の割合が増えたという報告もありま
す。
水は空気に比べ、熱伝導率がはるかに高いので、20℃の水中では、ばげしく運動しても、筋温は
1℃以上低下すると考えられます。
低温では筋の収縮速度が低下しますので、もとより収縮速度の大きな速筋線維が多い方が、運
動するためには有利でしょう。
このように、「生活温度」と「運動するときの温度」では、かなり意味が違ってくるものと思われま
す。
「低温環境でのトレーニング」は、「高所トレーニング」の場合と同様、一時的にあえて悪環境でト
レーニングすることで、より高度な適応を得るという目的で使える可能性もあります。
しかし、始終低温では、上記のように筋の発達に支障をきたすでしょう。
したがって、四季の変化の豊かな地方では、冬期のトレーニングに、その寒さをポジティブに利用
すればよいと思われます。
こうしたことは、ウエイトリフティングなどの競技で、寒い国の選手が伝統的に強いことと関連があ
るかも知れません。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース134号(1999年4月発行)より転載

レジスタンストレーニングは脂肪を減らすか?:「浪費遺伝子」の視点から

季節の節目になると、必ず雑誌やテレビの取材がやってきます。
話題は決まって「ダイエット」。
春には「夏に向けて今年こそダイエット!」、秋には「冬太りしないためのダイエット!」などなど。
それが毎年繰り返されるのですが、「ダイエット」という見出しが付けば必ず本が売れるという方
程式があるのだそうです。
今春来た3社はすべて、「レジスタンス運動が脂肪を落とすのに効果的なのはなぜか?」という質
問を用意してきました。
この質問に完璧に答えるのはむずかしいのですが、最近、これに関連した興味深い研究が急展
開していますので、今回はこれらの研究を中心にお話しましょう。

筋と安静時代謝
本連載でも何度かお話しした通り、脂肪をエネルギー源として代謝するためには、これを酸化し
なくてはなりません。
これには酸素が必要ですので、運動で脂肪を落とそうとすると、必然的にエアロビック運動がよい
ということになります。
一方、私達は一日中トレーニングをしている訳ではありませんので、普通に生活しているときにな
るべく多くの脂肪を代謝し、多くのエネルギーを消費することもまた重要になります。
これには、基礎代謝や安静時代謝を高める必要があります。
これらの代謝は主に、体温を維持するための熱生産によるエネルギー消費です。
体の中の主な熱源は肝臓と筋ですので、筋量が多く、かつ熱の発散の良い人は、安静時での代
謝量が多く、脂肪が付きにくいことになります。
実際、筋肥大のための標準的なレジスタンストレーニングを4ヶ月ほど続けると、安静時代謝が
平均で10%ほど上昇します。
したがって、体脂肪を減らすにはレジスタンストレーニングも必要といえます。

UCP-3:新たにみつかった「浪費遺伝子」
筋が収縮するとき、消費するエネルギーの50%以上が熱として放散されることは60年以上前に
発見されましたが、安静時に筋が熱を生産する仕組みは長い間謎でした。
最近、これが「脱共益タンパク質」(Uncoupling protein:UCP )によるものであることが分かって
きました。
UCPはミトコンドリアという、有酸素代謝によってATPをつくる細胞内器官にあり、代謝反応とATP
生成反応の間の連絡(共役)を阻害することで、糖や脂質のエネルギーを直接「熱」にしてしまう
タンパク質です。
したがって、このタンパク質をつくる遺伝子は「浪費遺伝子」とも呼ばれます。
最初、「褐色脂肪」で発見され(UCP-1)、続いてヒトの白色脂肪にも同様のものがあることが分か
りました(UCP-2)。
そして最近、また別のUCP(UCP-3)が、骨格筋、特に速筋線維に多くあることが分かりました。
Claphamら(2000)は、UCP-3を多量に発現する「遺伝子組み替え」マウスをつくると、多食にも
かかわらず体脂肪が少なくなる(「ヤセの大食い」)ことを示しました。
したがって、このUCP-3が筋の発熱に重要な役割を果たし、また「太りにくさ」の体質にも関係して
いると考えられます。

運動によるUCP-3の発見
それでは、このUCP-3の発現は運動によって変わるのでしょうか。
マウスやラットでは、急性の運動後(30分程度の走運動など)、UCP-3の遺伝子とタンパク質の
発現がともに上昇します。
この上昇の程度は、速筋で高く(3~4倍)、遅筋では低い(~1.5倍)ようです。

高脂肪食でUCP-3が減る
また、興味深いことに、ラットに高脂肪食を1ヶ月与えると、筋でのUCP-3の発現が減少し、同
時に体脂肪が増加することが示されました。
したがって、高脂肪の「カフェテリア食」や「ジャンク食」ばかり食べるとUCP-3が減り、太りやす
い体質になる可能性があると思われます。

持久的運動でUCP-3が減る
ラットでは、持久的トレーニングを継続的に行わせると、筋でのUCP-3の発現が減少することが
示されるています。
また、Schrauwenら(1999)は、ヒトの筋でUCP-3の発現を調べ、持久的アスリートでは、その発
現が有意に少なくなっていることを示しました。
これは、持久的トレーニングを継続すると、筋が「エネルギー節約型」になることを示しています。
一方、このことは、持久的エアロビクスを長期継続すると、「油断すると太りやすい体質」つくってし
まう可能性があることをも示唆しています。
マラソンの高橋尚子選手のオフでの変身ぶりはこれが一因かもしれません。

レジスタンストレーニングでUCP-3が増えるか?
以上のように、エアロビクスは、体脂肪を運動中に減らすという視点では効果的ですが、一方UC
P-3の視点からみれば、体脂肪を蓄積する要因ともなる可能性が出てきました。
逆に、「レジスタンストレーニングがUCP-3を増やすか?」については今後の研究課題です。
しかし、
1)筋量が増せば、それに比例して UCP-3絶対量も増えること、2)UCP-3が速筋で多く発現
すること、などからみて、レジスタンストレーニングによってUCP-3が増え、太りにくくなる可能性は
高いのではないかと考えています。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース146号(2001年4月発行)より転載

男の筋肉・女の筋肉

スポーツパフォーマンスに多かれ少なかれ男女差があることは、誰もが認めるところです。
これには様々な要因が関係していますが、筋自体に男女差があるかについては、あまりよくわか
っていないのが現状です。
今回はこの筋の男女差について考えてみましょう。

男女の体型と筋肉量
雌雄の間ではっきりとした外観上の違いがあることは、生物一般にとって、生殖のために特に重
要です。
鳥では、クジャクなどの例のように、雌雄の間で顕著な色彩の違いがあります。
カエルでは、オスの前肢筋はメスのものよりもはるかに発達しています。
ゴリラでは、オスで咬筋が著しく発達していますが、この筋は頭頂に始まるために、オスは一目で
それとわかる「とがった頭」をしています。
ヒトではどうでしょうか?
一般成人の場合、全体重に占める筋の重さの割合は、男子で約40%、女子で約35%といわれ
ています。
筋がこれだけの割合を占めるということは、筋の付き方が、「男らしい体つき」、「女らしい体つき」
を決める一要因となることを暗示しています。
女性のプロビルダーは、男性顔負けの筋をもっていますが、それでも男性のプロビルダーと比べ
ると、首から肩、上腕にかけての筋量が少ないようです。
このあたりの筋が、「男らしい体つき」を特徴づける要因になっていると思われます。

男性ホルモンとその受容体
筋の発達には男性ホルモン(アンドロゲン)が深く関係しています。
そもそも、最も代表的なアンドロゲンであるテストステロンの分泌量には大きな男女差があり、こ
の差が全体としての筋量の差に関係すると考えられています。
アンドロゲンが筋に到達すると、細胞膜を通り抜けて細胞内に入り、さらに核の中に入って、アン
ドロゲン受容体と結合します。
アンドロゲンを結合した受容体は遺伝子に結合し、さまざまなタンパク質の合成を促します。
筋に含まれるアンドロゲン受容体の量は、筋力トレーニングをすることで増大しますので、トレー
ニングを行った後にアンドロゲンが筋に作用すると、筋肥大が助長されると考えられます。

男らしさを特徴づける(?)僧帽筋
最近、Kadiら(2000)は、このアンドロゲン受容体についての興味深い報告をしています。
彼らは、男子パワーリフティング選手を対象とし、大腿四頭筋(外側広筋)と僧帽筋でのアンドロゲ
ン受容体の発現量を比べ、僧帽筋での受容体の発現が有意に高いことを示しました。
このことは、僧帽筋がそもそもアンドロゲンに対する感受性が高い筋であることを示唆します。
残念ながら女性でのデータがありませんが、テストステロンの分泌量の多い男性では、僧帽筋が
下肢の筋に比べて発達しやすいといえるでしょう。
肩や上腕の筋群にも同様の傾向があり、「男らしい」筋系をつくる一要因になているのではないか
と想像されます。

ドーピングと男性ホルモン受容体
彼らの論文では、アナボリック・ステロイドのドーピングを行うと、僧帽筋のアンドロゲン受容体の
発現量がさらに増大することも示されました。
一方、外側広筋ではそのような変化は起こらないようです。
したがって、僧帽筋では、アンドロゲンがその受容体の合成を高め、そこにアンドロゲンが再び作
用すればますます筋が肥大するといった正の循環機構がはたらくことになります。
こうした機構によって、僧帽筋の発達の程度にはますます男女差が生じることになると考えられま
す。
論文自体に記載されているわけではありませんが、この研究の発端は、ステロイドビルダーの中
に、時として異様なほどの僧帽筋の発達が見られることにあると想像されます。
こうした認識は、長いことボディビル競技に携わってきた方であれば、誰でも抱いていると思いま
す。

筋線維の男女差
筋の大きさについてだけでなく、その生理学的特性についてはどうでしょうか?
アクチンやミオシンなど、筋をつくるタンパク質の遺伝子は男女で同じですので、これらのタンパク
質自体に男女差があることは考えにくいでしょう。
しかし、最近になって Staronら(2000)は、外側広筋の筋線維組成に関する10年間の膨大な
データを検討し、若干ですが男女差があることを報告しています。
ヒトの筋線維には、大きく分けると遅筋線維(タイプ I 線維)と速筋線維(タイプ II 線維)がありま
す。
さらにタイプ I を2種(タイプ I,Ic)、タイプ II を4種(タイプIIc,IIa,IIab,IIb)に分けますが、便宜上
はタイプ I,IIa,IIbの3種類で考えれば十分とされています。
それらの存在比を見ると、男性で IIa>I>IIb の順に多いのですが、女性では I>IIa>IIb になる
ようです。
このことは、平均として見れば、女性の筋は男性の筋に比べ、スプリント的な競技には不向きで
肥大しにくく、逆に持久的競技に向いているということになります。
このことは、スポーツ競技などでの一般的な印象とよく合ってはいます。
ただし、男女いずれの場合でもタイプ I 線維の占める割合は40~50%の範囲内ですので、こう
した平均値での差よりも、個人差の影響の方が重要ともいえます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース147号(2001年6月発行)より転載

レジスタンストレーニングとタンパク質摂取のタイミング

講習会や講演で、「トレーニング直後にプロテインを飲んだ方がよいのか?」という質問をよく受け
ます。
この質問に正確に答えるのはむずかしく、動物実験などのデータから類推して、ややあいまいな
答えをしていたように思います。
しかし最近、デンマークの Esmarck ら(2001)が、トレーニング直後のタンパク質摂取が筋肥大
に著しい効果を示すことを、ヒトを対象にした実験で示しました。
そこで今回は、トレーニング効果を高めるためのタンパク質摂取のタイミングについて考えてみま
しょう。

トレーニング直後のプロテイン摂取が筋肥大を助長した
Esmarckらは、高齢男性(平均年齢74歳)にレッグプレス、ラットプルダウン、レッグエクステン
ションをそれぞれ3-4セット(強度は20-8RM、頻度は3回/週)行わせ、大腿四頭筋の筋断面積、
膝伸展筋力などの変化を調べました。
トレーニング時間は朝8時から10時の間の約30分間で、トレーニング直後にプロテインサプリメン
ト(タンパク質10g、炭水化物7g)を摂取するグループと、トレーニング2時間後に同じサプリメント
を摂取するグループに分けました。
その結果、トレーニング直後に摂取したグループでは、筋断面積で平均7%、等速性筋力で平均
15%の増大が見られたのに対し、2時間後に摂取したグループでは、これらに有意な増大は見ら
れませんでした。
同様の効果を示す研究は、動物実験ではすでに行われています。
鈴木ら(1999)は、ラットに10週間のトレーニングを行わせ、トレーニング直後に餌を与えると、4
時間後に餌を与えた場合に比べて、筋肥大の程度が大きいことを示しました。
Esmarckらの研究は、2時間後にプロテインを摂取したグループに全くトレーニング効果が現れな
かったことに問題を残しますが、タンパク質摂取のタイミングの重要性をヒトで示した最初の研究
といえるでしょう。

トレーニング後のタンパクの合成と分解
筋の内部では、筋タンパク質の合成と分解の両方が起こっています。
合成量から分解量を差し引いたもの(これを「正味のタンパク合成」と呼びます)がプラスであれば
筋は肥大する方向へ、逆にこれがマイナスであれば筋は萎縮する方向へ向かいます。
いくつかの研究によれば、トレーニング後に筋のタンパク合成は増大し、3時間後にピークとなり、
その後48時間後にわたってゆっくりと低下していきます。
一方、タンパク分解を経時的に調べることはきわめて困難です。
しかし、持続的な筋収縮や、筋線維膜の微小な損傷により、カルパインというタンパク分解酵素
が活性化されることから、トレーニング刺激がタンパク分解も同時に高めることが類推されます。
実際、Phillips ら(1997)は、通常はトレーニング後に正味のタンパク合成量がプラスになるのに
対し、空腹状態でトレーニングを行い、その後も栄養補給を行わないと、正味のタンパク合成がマ
イナスになってしまうと報告しています。

アミノ酸摂取の効果
最近、Rasmussenら(2000)は、トレーニング1時間後に必須アミノ酸6g と炭水化物35g を摂取
すると、筋のタンパク合成が摂取前に比べて約3.5倍に増大することを示しました。
このことは、アミノ酸がタンパク合成を刺激する調節因子としてはたらくことを示唆しますが、その
機構の詳細は不明です。
上記の Esmarck らの実験でも、与えたタンパク質はほんの10g ですので、これに含まれる必須
アミノ酸のいずれかがタンパク合成を高めたものと想像されます。
一方、分岐鎖アミノ酸(必須アミノ酸に含まれる)やグルタミンは、筋タンパク分解反応の主要な生
成物となりますので、これらを予め摂取することで、トレーニング中やトレーニング後のタンパク分
解を低減できる可能性もあります。

他の反応との関連性
私たちのいくつかの研究からも、トレーニング後に経時的にさまざまな反応が起こることがわかっ
てきました。
まず、トレーニング後15分をピークとして成長ホルモンの分泌が起こります。
続いて、トレーニング後1時間をピークとして、「早期転写因子」の遺伝子発現が起こります。
これは、さまざまな遺伝子にはたらいて、タンパク合成を「オン」にするスイッチのようなものです。
おそらくこうした過程を経て、トレーニング後3時間に筋タンパク合成がピークを迎えるのでしょう。
アミノ酸の中で、アルギニンとオルニチンは成長ホルモンの分泌を促すはたらきをもつことが知ら
れています。
したがって、これらを含む食品を早期に摂取することで、トレーニング後の成長ホルモンの分泌が
高まったり、持続したりするかもしれません。

トレーニング前後の食事管理が重要
ここに述べたいくつかのトレーニングは、あくまでも実験上のプログラムに基づいています。
高齢者の場合を除き、実際のトレーニングでは、量も大きく持続時間も長くなるでしょう。
そのような場合には、タンパク分解の増大やホルモン分泌はトレーニング中にすでに始まってい
ると思われます。
したがって、トレーニグ前とトレーニング後のなるべく早い時間帯に、タンパク質と炭水化物を含
む食品を摂取するのがよいでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース150号(2001年12月発行)より転載

酒と筋力トレーニング

この原稿を書いている今は、桜が満開です。
花と酒なくしては、おそらく人生味気なくなってしまうでしょうし、日頃トレーニングとダイエットに取
り組んでいる諸氏も、「酒は別物」と決めているかもしれません。
さまざまなスポーツの名選手にも、酒にまつわる逸話がつきものです。
私自身はあまり酒をたしなむ方ではありませんが、付き合いのあるトップビルダーやトップ選手に
は、「ザル」のような酒豪も多いように思います。
そこで今回は、酒とトレーニングの関係について考えてみましょう。

酒は健康によいか?
洋の東西を問わず、酒は太古の昔から文化の必需品となってきました。
こうした背景もあり、喫煙が健康の大敵とされているのに対し、飲酒は比較的大目に見られてき
た傾向があります。
ひとくちに酒といっても、純粋なアルコールに近いものから、薬効のある成分を含む「薬用酒」まで
さまざまですが、その共通した特徴は、多かれ少なかれアルコール(エタノール)を含むということ
です。
実験室では、組織や細胞を「固定」する、すなわち、形態を保存したまますばやく殺すために70%
アルコールをよく用います。
このように、アルコールには強い細胞毒性がありますので、飲酒などにより低濃度のアルコール
が体内を循環すると、神経系などに急性の変化をもたらし、また解毒中枢である肝臓に慢性の変
化をもたらすことになります。
一方、適度の飲酒であれば、逆に健康によいとする報告もあります。
Liao ら(2000)は、アメリカ人男女(40歳以上、約4万人)を6年間追跡調査し、1日1回飲酒する
人の方が、飲酒しない人に比べて死亡率が低かったと報告しています。
その理由については不明ですが、少量のアルコールが,血小板の機能やフィブリノーゲンの生成
などを低下させることにより、動脈硬化のリスクを低減するためと考えられています。
また、フランス人では、ワインの摂取量と虚血性心疾患による死亡率が負の相関を示します。
これは、「フレンチパラドックス」として知られ、赤ワインに含まれるポリフェノールが強い抗酸化作
用をもつためと解釈されています。

大酒は即座に筋を破壊する
上記はあくまでも少量のアルコールの話しですので、安心はできません。
実は、古くから、痛飲がたちまち筋を破壊することが知られていて、「急性アルコール筋症(ミオパ
チー)」と呼ばれています。
この場合、筋力低下とともに、筋痛、血中へのミオグロビンの溶出、筋線維(特に速筋線維)の部
分的壊死などが起こると報告されています(Langら,2001)。
特に飲酒にまだ慣れていない若い頃、痛飲後に著しく筋力が低下したという経験をお持ちの方も
多いかもしれません。
心筋でも同様のことが起こるとされています。
はげしいトレーニングによっても筋線維の微小な損傷が一時的に起こり、この場合には修復機構
の活性化によって筋がさらに強化されると考えられます。
しかし、アルコールによる筋症の場合には、筋のタンパク合成自体が著しく低下してしまうため、ト
レーニングと同様の効果(超回復効果)は期待できません。

毎日の酒も筋を破壊する
酒を長期にわたって常飲した場合はどうでしょうか。
この場合には、次第に筋力が低下し、筋が萎縮するという症状が現れることが知られていて、「慢
性アルコール筋症」と呼ぶことができます。
筋力の低下は、それまでの総アルコール摂取量にきれいに比例するようです(Kiesslingら、
1975)。
実際、アルコール中毒患者はやせていて、筋力がきわめて低いのが一般的です。
この場合、一回の飲酒による筋ダメージというよりは、成長ホルモンやインスリン様成長因子
(IGF-I)の分泌低下が主要因となると考えられています。
Langら(2001)は、ラットにアルコールを含む餌を16週間与え続けたところ、血中 IGF-I 濃度と骨
格筋のタンパク合成量がともに約40%低下したと報告しています。

アルコールの代謝との関連
摂取したアルコールは、肝臓でアルコール脱水素酵素によって酢酸とアセトアルデヒドに分解さ
れます。
上記の急性および慢性の筋症は、これらの分解産物が原因ではなく、アルコールそのものが原
因であることが確かめられています。
アルコール脱水素酵素の活性は遺伝の影響を受けていて、日本人は欧米人に比べ低活性型が
圧倒的に多く、そのために酒に弱い人が多いとされています。
したがって、やはり「酒に強くない」と自認される方ほど要注意といえます。

どれくらいが適量か?
急性、慢性の筋症ともに、アルコールの摂取量を減らせば、回復に向かいます。
それでは、毎日楽しんでも筋に悪影響を与えず、健康にもよい適量はどのくらいでしょうか。
欧米の研究では、1日あたりエタノール60g 相当とされています。
ビールでは1日約1.2 l (2本)、ウイスキーでは約 150 ml(ボトル1/5)くらいでしょう。
ただし、これは「弱くない人」のための基準で、日本人では、一般にこの半分程度とされています。
お酒の好きな方には少々悲しい数字かも知れませんが、サプリメントに払う注意を、ほんの少し
酒にも払ってみてはいかがでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース152号(2002年4月発行)より転載

脂肪燃焼のための最適トレーニング

エアロビック運動と体脂肪の分解
生化学的には、脂肪を分解(代謝)するには酸素が必要です。
したがって、エアロビック運動が効果的ということになります。
エアロビック運動と脂肪の代謝については、オストランドとロダール(1970)のきわめて有名な研
究があります。
彼らは、運動中の呼吸商(二酸化炭素排出量/酸素摂取量)を測ることにより、1)安静時およ
び、運動強度が最大酸素摂取量の半分程度(50~60% VO2max)までは、糖質と脂肪によるエネ
ルギー供給の割合がおよそ1:1であること、2)これより高い運動強度では、糖代謝への依存度
がはるかに大きくなることを示しました。
さらに、その後の研究から、たとえ低強度の運動であっても、実際に体脂肪が分解されて、血中
の遊離脂肪酸濃度が上昇するまでには、最低20分程度かかることもわかりました。
これらのことから、「運動によって体脂肪を燃焼させるには、低強度のエアロビック運動を最低20
分以上続けることことが必要」ということが定説になりました。

アネロビック運動と体脂肪の分解
一方、レジスタンストレーニングに代表されるアネロビック運動のエネルギー源はほぼ100%糖質
といえます。
しかし、これまで何度か述べてきたように、レジスタンストレーニングはその処方に依存して、成
長ホルモンの分泌を促し、成長ホルモンは体脂肪を分解するきわめて強い刺激となります。
実際、成長ホルモンを注射すると、その1時間後から体脂肪の分解が上昇します(Mollerら、1999)。
また、長期的には筋肉量を増大させ、安静時代謝を高める効果をもちますので、アネロビック運
動は、「運動していないときの脂肪分解を高める」効果をもつといえるでしょう。

燃えにくい脂肪
持久的競技のパフォーマンスの観点でも、脂肪をいかに有効に使うかが重要です。
体内のエネルギー源としては、脂肪はグリコーゲンなどの糖質よりはるかに多量にあります。
にもかかわらず、持久的運動で疲労困憊したときには、糖質の量が著しく低下しているのに対
し、脂肪の量にはまだ余裕があるからです。
このため、運動中の脂肪分解をさらに高めるような工夫が考えられています。
最も単純なものは、1週間ほど高脂肪食を摂ることで、脂質代謝を上昇させるという発想です(オ
イル・ダイエット)。
また、カフェイン、L-カルニチン、アミノ酸混合物などにもそのような効果があるとする考えもありま
す。
しかし、Hawleyらの総説(1998)によると、少なくとも実験的には、これらのうち運動の持続力の
向上に若干でも効果が認められるのは、カフェインのみであるということです。

脂肪の「分割払い」は可能か?
それでも、低強度のエアロビック運動では、エネルギー源の約50%は脂肪でまかなわれますの
で、一緒に燃やす糖質を適切に摂った上で運動することは効果的といえます。
一方、「運動を持続しないと脂肪が分解され始めない」ことは何とかならないでしょうか。
Tsumuraら(2002)の最近の研究によれば、少なくとも肥満の人では、運動による脂肪の「分割
払い」も可能のようです。
彼らは、肥満患者に50Wの自転車運動をさせ、脂肪の分解に伴う血中遊離脂肪酸濃度を測りま
した。
その結果、(5分運動、5分休息)×6セット、(10分運動、5分休息)×3セット、30分の運動持続、の
いずれの場合にも、同程度の脂肪分解が認められました。
このように、場合によっては、必ずしも運動を長時間持続しなくてもよい可能性がでてきました。

中枢神経系のかかわり
このように、運動による体脂肪の減量には多くの要因が関与していて、単純ではありません。
加えて、動物を用いた最近の研究から、これに中枢神経の疲労の程度も関係していることが示
唆されています。
Inoueら(1999)、Yamasakiら(2002)は、1)運動によって疲労したマウスの脳内に、活性型
TGF-β3という物質(サイトカイン)が増えていること、2)脳内にこの物質を注入すると、マウスの
自発的活動量が低下するとともに、脂肪の代謝が上昇すること、を示しました。
したがって、脂肪の分解開始には、運動の持続時間そのものではなく、中枢神経の疲労が必要
なのかもしれません。

トレーニングへのヒント
以上の知見を総合すると、体脂肪減量のための「賢いトレーニング処方」へのヒントが見えてくる
ようです。
ポイントで整理すると:1)まずレジスタンストレーニングを行う;2)これにより成長ホルモンが分泌
され、中枢にも疲労が生じる;3)一息入れてから、低強度のエアロビック運動を行う;4)これによ
り、成長ホルモンで分解された脂肪がエネルギー源として利用され;5)さらに中枢神経の疲労も
大きいため脂肪の分解も早く起こる。
ただし、これを検証するにはまだ多くの実験が必要となるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース156号(2002年12月発行)より転載

速筋線維を増やす方法

速筋と遅筋
骨格筋は、さまざまな性質をもった筋線維からできていて、これらを大きく、速筋線維(FT線維)と
遅筋線維(ST線維)に分けることができます。
FT線維は、収縮速度が速く(STの約2倍)、力が強いが(断面積当たりSTの1.2-1.3倍)、持久性
に乏しいという特徴があります。
ST線維は、有酸素性代謝にすぐれているために持久力が高く、酸素を運搬するミオグロビンとい
う赤いタンパク質が多いので赤っぽい色をしています。

速筋と遅筋のサブタイプ
FTとSTにはさらに細かいサブタイプがあります。
従来から、筋線維のタイプ分けには、「ATPase染色」という、特別な染色法で染め分ける方法が
用いられてきました。
この分類では、FTをタイプII線維、STをタイプI線維と呼びます。
染色条件を細かく変えることにより、タイプII線維はさらにタイプIIa、IIab、IIb、IIc、IIac線維に、タイ
プI線維はさらにタイプIとIc線維に分けることができます。
速度が速く、力が大きいという観点では、IIb>IIab>IIa>IIac>IIc>Ic>Iの順になります。
ただし、一般的にはIIb>IIa>Iといった、より簡単な順序づけが用いられます。

タンパク質による分類
筋線維がもつタンパク質の違いで分類する方法もあり、近年ではこちらの方が客観性が高いとい
う点で好まれています。
最もよく用いられるのは、収縮タンパク質であるミオシンの違いに基づくものです。
ミオシンは重鎖(MHC)と軽鎖(MLC)からできていますが、そられのいずれにも、速筋型と遅筋型
があり、MHCには、MHC-I、IIa、IIx、IIbの4種類があります。
染色法による分類との対応が完全になされているわけではありませんが、おおむね、タイプIIbは
MHC-IIbを、タイプIIabはMHC-IIxを、タイプIIaはMHC-IIaを、タイプIIcはMHC-IIaとIを、タイプIは
MHC-Iをもつと考えられます。

トレーニングの効果
タイプI線維とタイプII線維の割合は、まず遺伝で決まることがわかっています。
では、トレーニングによって、こうした筋線維組成を後天的に変えることはできるのでしょうか。
動物実験では、持久力トレーニングによって、タイプI線維が増え、タイプII線維が減ります。
ヒトでそのような顕著なタイプ変換が起こるかは確かではありませんが、タイプIIの中でタイプIIcが
増えるといった、遅筋化に向かう変化が起こります。
レジスタンストレーニングについては、大容量のトレーニングを継続することにより、タイプIIbから
IIaへ(ただし、ヒトではIIbはそもそもきわめて少ないため、むしろIIabからIIaへ)、さらにIIcからIIa
へ、つまり、オールマイティーなIIa線維へ収束するような変化が起こります。

休息によるMHCの「超回復」
レジスタンストレーニングのこのような効果は確かに重要ですが、欲をいえば、パワーのあるタイ
プIIbやIIabをやや犠牲にしてしまうともいえます。
以前ご紹介した通り、最も速いタイプIIb線維を増やすには、宇宙飛行、「寝たきり」など、筋が萎縮
するようなことをする以外にないと考えられてきました。
ところが、もっとかしこいやり方があるかもしれないということが、Andersonら(2001)の研究から
示唆されています。
彼らは、レジスタンストレーニングを3ヶ月行った後、3ヶ月の完全休養をとった場合の、MHCのタ
イプ変化を調べました。
その結果、1)トレーニングによってMHC-IIxが減り、 IIaが増えること、2)完全休養に入ると、逆に
IIaが減る一方、IIxが次第に回復し、やがてトレーニング前のレベルを超えること、などがわかりま
した。
すなわち、長期的にみると、MHC-IIxの量に「超回復」が起こることになります。
ただし、この研究では、あまりに長期にわたる休養のため、筋力自体はトレーニング前と同程度
にまで低下してしまっています。

ピリオダイゼーションへのヒント
陸上競技や競泳では、大容量のトレーニング後に、段階的に容量を落としていくと、競技パフォー
マンスが向上することが知られています。
こうした方法は、「トレーニングのピリオダイゼーション」として、一般的なレジスタンストレーニング
でも利用されています。
そのメカニズムには、過度の疲労からの回復が関係しているでしょうが、Andersonらの研究から
類推すると、MHC-IIxの微妙な増加が関係している可能性もあります。
また、月単位、週単位できめ細かくトレーニング容量を増減させるようなテクニックにより、次第に
MHC-IIxの量を増大させていくことも可能かもしれません。
同様の方法は、トップレベルのウエイトリフターが用いていますが、他のさまざまな競技にも有用
でしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース153号(2002年6月発行)より転載

スローリフトの効果

最近,関節や循環器にあまり負担をかけずに筋の機能を高めるトレーニングとして、「スローリフ
ト」が注目されています。
その実際の効果については、まだ十分に研究されているわけではありませんが、全米ストレング
ス&コンディショニング協会(NSCA)も、「筋を肥大させるにはそれなりの効果がある」という見解
を示しています。
今回はこのスローリフトについて考えてみましょう。

クイックリフトとスローリフト
負荷がそれほど大きくない場合、負荷を上げ下げする速度をある程度コントロールすることがで
きます。
速い動作と遅い動作の両極にあるのが、それぞれクイックリフトとスローリフトです。
クイックリフトには長い歴史があり、重量挙げのクリーン、スナッチ、ジャークなどがその代表的な
種目です。
クイックリフトの特徴は、負荷に最大限の上向きの加速度を与え、あとは慣性に任せるということ
です。
このような場合、負荷に大きな加速度を与えるため、(力)=(質量)×(加速度)に相当するきわめ
て大きな力が瞬間的に発揮されます。
例えば、自重のみのジャンプでは、体重が70kgであっても、瞬間的には200kg重を超える力が床
に対して発揮されます。
外見上の負荷が小さくとも、実際にはこのような大きな力を筋が生み出し、関節などにも同等の
負担がかかるわけです。
一方、スローリフトは、あえて動作速度を遅くして行います。
例えば、ヒンズースクワットを、10秒かけてしゃがみ、10秒かけて立ち上がるようにします。
この場合、発揮される力は体重とほぼ同じですが、力積(=力×時間)がきわめて大きくなるという
特徴があります。

動作速度を調節するしくみ
一定の重さの負荷を、速く上げたり遅く上げたりするのは、どのようにして調節されているのでしょ
うか。
筋肉を構成する1本1本の筋線維は、基本的には最大の力を発揮するか、力を発揮しないかの2
つの状態しかとりません。
これを「全か無の法則」と呼びます。
したがって、筋の中の筋線維すべてを活動させると、必然的に最大筋力に対する負荷の割合で
決まる最大の速度で負荷が上がるということになります。
筋の中で活動する筋線維の数を減らせば、発揮筋力に対する相対的な負荷が大きくなりますの
で、速度は遅くなります。
より正確には、これに筋線維を活動させる神経信号の周波数も関わってきますが、基本的には、
筋の活性化のレベルを高めれば速度は速くなります。
したがって、一度により多くの筋線維を活動させるためには、なるべく速い速度で負荷を上げた方
がよいということになります。
この点が、クイックリフトのメリットのひとつといえます。
逆に、スローリフトでは、動作中に活動している筋線維の数は多くありません。

筋力発揮と筋内血流
上記のような生理学的メカニズムに立てば、より多くの筋線維をトレーニングするためには、常に
出しうる最大の速度で負荷を上げる方がよいということになります。
しかし、これまでのさまざまな研究から、効果的に筋を肥大させるためには、筋力の発揮時間も
重要であることが示唆されています。
アイソメトリックな筋力発揮を持続的に行う状況を想像してみてください。
このような場合、筋力発揮が最大筋力の約40%のレベルを超えると、筋の内圧上昇によって、
筋内の血流が低下することがわかっています。
このような状態が続くと、筋内が低酸素になり、乳酸などの代謝産物も蓄積します。
その結果、代謝物受容反射というしくみによって下垂体から成長ホルモンが分泌されたり、筋線
維周辺の成長因子の濃度が変化したりして、筋線維の肥大が促されるというメカニズムが考えら
れます。

アイソメトリックと何が違うのか?
このように考えると、いわゆる「空気椅子」のようなアイソメトリックトレーニングがよいとなります
が、実はそうではありません。
アイソメトリック運動は、外に向かって仕事をしません。
加えて、筋が生産する熱もきわめて少ないという特性があります。
したがって、エネルギー消費が小さく、代謝物の蓄積効果も小さいことになります。
したがって、3分間の「空気椅子」よりは、1回20秒のスロースクワットを10回行った方がよいとい
えるでしょう。
ただし、立ち上がった状態で休みを入れることなく、常に筋の緊張を解かないようにする必要があ
ります。

ある程度の負荷は必要
負荷については、際限なく軽くて良いというわけではありません。
前述のように、筋の血流に影響を及ぼすのは最大筋力の40%以上の負荷ですので、やはりこの
あたりの負荷が目安となるでしょう。
スクワットでは、1RMが自体重と同等レベルの重量であれば、負荷なし(自重のみ)のスロースク
ワットで顕著な効果が期待できることになります。

実際のトレーニング効果
スローリフトの実際の効果については、私の研究室でも予備的な実験を行っています。
レッグエクステンションを用いた実験では、50%1RM の負荷、10回×3セット、3ヶ月という条件
で、10-15%の筋肥大が起こりました。
これは十分な効果といえるでしょう。
高齢社会を迎え、こうしたさまざまな工夫をトレーニング方法に取り入れることが、ますます重要と
なると考えられます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース157号(2003年2月発行)より転載

「筋肥大遺伝子」をめぐる新たな展開:増大するドーピングの危機

以前、私たちの筋量をコントロールしていると考えられる遺伝子のお話しをしました。
このような遺伝子のはたらきを解明することは、より効果的なトレーニング方法や、さまざまな筋
疾患の治療法を開発する上で有用です。
特に最近、「ミオスタチン」と呼ばれる成長因子の遺伝子についての研究が進み、新たな展開が
見えてきました。
同時に、インターネットなどで「ミオスタチンブロッカー」という、怪しげなものまで販売されていると
いう噂も耳にします。
そこで今回は、このミオスタチンに関する最近の研究の動向についてお話ししましょう。

筋量をコントロールするメカニズム:IGF-Iとミオスタチン
トレーニングによって筋が肥大・成長するメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、
力学的ストレス、ホルモン、成長因子などのさまざまな要因がこれに関わっていると考えられま
す。
成長因子とは、内分泌腺以外のさまざまな細胞が分泌し、局所的にはたらいて細胞や組織の成
長や分化を調節するホルモン様物質です。
このうち、インスリン様成長因子-I(IGF-I)が、トレーニングによる筋肥大という観点では最もよく
研究されています。
IGF-I にもいくつかのタイプがありますが、そのうちのひとつは筋線維そのものから分泌され、
筋線維自身や周囲の細胞に作用して、筋肥大を促します。
以前ご紹介したように、「ウイルスベクター」という遺伝子の運び屋を利用してこのIGF-I遺伝子を
マウスの筋に導入すると、特に運動しなくても筋が肥大することがわかっています。
一方、ミオスタチンは、筋で常につくられていて、その成長を強く抑制している成長因子です。
やはり以前もにご紹介しましたが、例えばミオスタチンの遺伝子を破壊したマウス(ノックアウトマ
ウス)では、筋量が通常のマウスに比べて3倍にもなります。
Guernecら(2003)は最近、(IGF-I/ミオスタチン)の発現比の上昇が筋の肥大や成長にとって
重要であると報告しています。

トレーニングによってミオスタチン発現が低下する
当初、ミオスタチンは発生段階での筋の成長にのみ関与し、胎児期に筋線維が過剰に増殖する
のを抑えていると考えられていました。
しかし、私たちの研究(Kawada, Tachi, Ishii, 2002)をはじめいくつかの研究が、過負荷によって
成体の筋が肥大するときに、ミオスタチンの発現が低下することを見出しました。
したがって、トレーニングなどによって筋が肥大するときには、筋でのミオスタチンの発現が低下
し、同時にIGF-Iの発現が上昇するものと考えられます。
これらの研究はマウスやラットを用いたものですが、最近Rothら(2003)は、ヒトの筋から採取し
たサンプルについて調べ、高強度のレジスタンストレーニングによって肥大した筋で確かにミオス
タチンの発現が低下していることを示しました。

抗ミオスタチン抗体の驚異的効果
一方、ミオスタチンの作用を人為的にブロックする研究も行われてきました。
その中で最近、特筆すべき研究が2件報告されています。
ひとつはBogdanovich ら(2002)が科学誌「ネイチャー」に報告したもの、他方は Whittemoreら
(2003)の報告です。
いすれも、ミオスタチンに対するモノクローナル抗体(特定のアミノ酸配列のみを認識して結合す
る、特異性の高い抗体)をマウスに注射(体重1kg当たり60mgを1回/週、腹腔内に)し、筋の変化を調べたものです。
成体内でつくられるミオスタチンに抗体が結合すれば、その作用が抑えられ、筋が肥大すること
が期待されます。
Bogdanovichらは筋ジストロフィーマウス(mdx)に3ヶ月間この抗体を注射し、1)体重の増加(約
30%)、2)エネルギー消費の増加(約30%)、3)筋重量の増加(約30%)、4)筋線維断面積の
増加(約33%)、5)筋力の増加(約33%)、6)筋損傷の低減、などを認めました。
Wittemoreらは同様の操作を通常のマウスに施し、やはり同様の効果を認めています。
彼らは注射をする時期と期間についても調べていて、完全に成長が止まった週齢のマウスでも筋
肥大が起こること、2週間(たった2回の注射)でも約10%の筋量増加が起こることを報告してい
ます。

期待される臨床応用と増大するドーピングの危機
これらの研究で示された抗ミオスタチン抗体の効果は驚異的とも言えますが、加えてその効果は
筋に限定されていて、他の臓器への副作用は全く見られないとのことです。
こうしたことから、筋ジストロフィーをはじめとした筋萎縮性疾患や老化による筋機能低下の治療への応用が期待されています。
遺伝子組み替えによってヒトの抗ミオスタチン抗体を量産する方法や、体内の免疫細胞に抗ミオ
スタチン抗体を生産する遺伝子を直接導入する方法の開発がすでに始まっているかもしれません。
しかし、臨床面での有用性が期待されるほど、ドーピングに悪用される危険性も高まるといえるで
しょう。
一方、研究での最前線から見れば、本物の「ミオスタチンブロッカー」が現時点で存在し、まして
一般に出回る可能性は皆無に近いといえるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース161号(2003年10月発行)より転載

「こころ」と運動・トレーニング

このところ何かと忙しく、定期的にトレーニングできない状態が続いています。
週1回ほどはトレーニングしますが、悲しいほどバーベルが言うことをきかず、決して愉快ではあ
りません。
それでも、一通りトレーニングを終えると、以前と変わらぬ心地よい爽快感に包まれ、その日の仕
事もはかどります。
こうした運動による爽快感は従来、運動というストレスによって、脳内でβ-エンドルフィンのような
麻酔作用をもつ物質が生成されるためと考えられてきました。
一方、最近の研究から、脳内にある「セロトニン作動性ニューロン」のはたらきが関連しているらし
いこともわかってきています。
今回はこのニューロンのはたらきを中心に、運動が「こころ」の状態に及ぼす効果について考えて
みます。

運動による脳の活性化
以前にもご紹介しましたが、運動が脳を活性化することは、少なくとも動物実験では確かめられ
ています。
マウスを運動させながら育てると頭が良くなり、迷路テストなどの成績が向上します。
こうした効果は、脳の「海馬」という記憶中枢のニューロンが、長期的な運動などによって増殖す
るためと考えられています。
一方、運動がより即効的に脳の状態に影響を及ぼす可能性もあります。
たとえば、ギリシャの哲学者アリストテレスは、散歩をしながら思索したり、弟子と議論を交わした
りしたとされています。
私自身も、原稿などに詰まったきには、よく熊のように部屋の中をぐるぐる歩き回ります。
すると、多くの場合問題が解消されます。
このように考えると、軽度の運動には、即時的に脳のはたらきをよくする効果がありあそうです。

「こころの3原色」のメカニズム
運動が脳に及ぼす即時的な効果については最近、「こころ」の状態の観点から研究され初めてい
ます。
「こころ」はおそらく自然科学の究極的な課題のひとつで、一筋縄で理解できるものではありませ
ん。
しかし、「こころ」の背景をつくるような、脳の全体的な雰囲気を決める3つの要素があることがわ
かってきていて、「こころの3原色」にたとえられています。
これにはそれぞれ、ノルアドレナリン作動性ニューロン、ドーパミン作動性ニューロン、セロトニン
作動性ニューロンという、3種の神経が関与しています。
これらの神経はそれぞれ、神経伝達物質(シナプスという神経どうしの接合部で、信号の伝達に
使われる化学物質)として、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンをつくります。
そして、ノルアドレナリン作動性ニューロンは情動やパニック状態,ドーパミン作動性ニューロンは
逆に強い抑制や鬱状態、セロトニン作動性ニューロンは中立的な覚醒状態を形成すると考えられ
ています。
3原色に対応させると、順に「赤」、「青」、「緑」といえるでしょう。

セロトニン作動性ニューロンの重要性
これらの「こころの3原色」がおりなす「こころの色」は、おそらく行動や思考に強く影響すると考え
られます。
なかでも、セロトニン作動性ニューロンのはたらきが注目されています。
このニューロンは、脳全体を冷静な覚醒状態に保つはたらきをします。
たとえば、「覚醒アミン」という薬物を常用すると、薬物による肩代わり作用によってこのニューロ
ンのはたらきが低下するため、脳がパニック状態と鬱状態を行き来し、ときに常軌を逸した行動
にもつながると考えられています。

運動の効果
このように考えると、爽快で明晰な脳の状態をつくるには、セロトニン作動性ニューロンを活性化
することが重要と思われます。
以前、アミノ酸サプリメントのトリプトファンが、「頭を良くする」と唱われたことがありますが、これは
トリプトファンがセロトニンの原料となることと関連があるかもしれません。
一方、「リズミカルな運動」が、より明確な効果をもつことが示されています。
有田ら(2002)は、4-5回/分のゆっくりとした腹式呼吸によって、一定のリズムで腹筋を収縮さ
せると、5-10分ほどで、このニューロンの活動に特有の脳波パターンが増大すると報告していま
す。
同様の効果は、「一定リズムの歩行」、ガムなどを噛む咀嚼運動、お手玉などにも見られます。
アリストテレスはおそらく、歩行によって頭脳が明晰になるのを経験から体得していたのでしょう。
一方、腹式呼吸のこうした効用を最初に唱えたのは、興味深いことにお釈迦様だということです。

トレーニングが「切れ」、「ぼけ」を防止する?
セロトニン作動性ニューロンの活性低下は、青少年の「切れ」や、高齢者の痴呆の一要因となっ
ている可能性があります。
リズミカルな運動やそれに類した作業は、これらの重大な社会問題に対処する有効な手だてとな
るかもしれません。
何度かご紹介した「三郷市シルバー元気塾」では、トレーニングの最初に必ず腹式呼吸を行いま
すが、今や小中学校でも腹式呼吸を取り入れたほうがよいかもしれません。
一方、ゆっくりとしたリズムを自ら作りながら運動するという点では、筋力トレーニングはその典型
といえます。
しかも、呼吸と連動させながら順次大きな筋を使いますので、セロトニン作動性ニューロンへの効
果もその分大きいかもしれません。
今後の研究が期待されるところです。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース160号(2003年8月発行)より転載

赤筋、白筋、ピンク筋

以前、ある雑誌の取材で「ピンク筋」の話をしたところ、耳慣れないことばということで注目され、
ダイエットがらみでテレビの取材を受けるまでになりました。
しかし、「ピンク筋」は、特に新しい用語ではなく、1970年代の生理学では普通に使われていたも
のです。
その後、筋線維のタイプを示す専門用語として「タイプI」、「タイプIIa」、「タイプIIb」などが定着する
に従い、半ば「死語」になってしまいました。
今回はこの「ピンク筋」について少し詳しくお話しします。

なぜ「赤、白、ピンク」か
筋をつくる筋線維はまず、速筋線維(タイプII線維)と遅筋線維(タイプI線繊維)に大きく分けられます。
タイプII線維は、スピードやパワー発揮にすぐれ持久性に乏しい筋線維、タイプI線維は逆に、スピ
ードに乏しく持久性にすぐれた筋線維といえます。
タイプI線維はまた、酸素を用いて脂質などを持続的に分解してエネルギーを生産する能力(有酸
素性代謝活性)が高く、そのために必要なミオグロビンやチトクロームなどのタンパク質を多くもっ
ています。
これらのタンパク質は、ヘモグロビンと同様に赤い色をしているため、タイプI線維は見た目にも血
液のように赤く、「赤筋」と呼ばれます。
逆にタイプII線維はこれらのタンパク質が少なく、白く見えることから「白筋」と呼ばれます。
タイプII線繊維はさらに、IIa、IIb、IIcなどの「サブタイプ」に分けられますが、ほとんどがタイプIIaとタ
イプIIbで占められます。
タイプIIb線維は、最もスピードがあり持久性に乏しい、いわば「純白筋」。
タイプIIa線維はスピードも持久性もそこそこ兼ね備えたオールマイティーな筋線維で、有酸素性
代謝のためのミオグロビンやチトクロームを適度にもつことから、赤と白の中間である「ピンク筋」
に相当することになります。

赤筋、白筋の機能
上記のような特性から、白筋(タイプII)の主なはたらきはダイナミックな運動を発現することであ
り、赤筋(タイプI)の主なはたらきは姿勢を維持したり、関節を安定化したりすることであるというこ
とができます。
しかし、ヒト体内の筋をながめてみると、それぞれの筋ごとに赤白がはっきり分かれているわけで
はありません。
個人差はありますが、平均してしまうと、ほとんどの筋で「赤:白」は1:1になると報告されていま
す。
したがって、体内では、ほとんどの筋が上の二つのはたらきを多かれ少なかれ担っているという
ことになります。
ただし、前回お話しした大腰筋や、肩の外旋筋などの「インナーマッスル」は、それらの役割から
みて、やや「赤優位」の筋といえるでしょう。
また、ひとつの筋内でも、一般的に表層部は白が多く、深層部は赤が多いという傾向があります。

白とピンクは容易に入れ替わる
このように、一般人の一般的な筋では赤(タイプI):白(タイプII)は1:1で、この比率での個人差は
まず遺伝で決まってしまいます。
動物実験では、持久的トレーニングを長期間続けると白から赤への転換が起こり、不活動によっ
て赤から白への転換が起こることが示されていますが、まだヒトではそこまでの変化は観察され
ていません。
一方、タイプIIの中での白(タイプIIb):ピンク(タイプIIa)は、運動や環境によって激しく変わること
がわかっています。
すなわち、白がピンクになったり、ピンクが白になったりすることは容易に、しかも数週間の間に起
こります。

パワーアスリートの証はピンク筋
Kraemerらの一連の報告によると、パワー系競技のトップアスリートの筋では、タイプIIb、すなわ
ち「純白」線維はほとんど見られません。
高強度の筋力トレーニングでは通常、繰り返し大きな筋力を発揮したり、すみやかに筋力を回復
させたりすることが必要になってきます。
こうした代謝的な要求が、白をピンクに変えると考えられます。
したがって、アスリートの高いパフォーマンスは「ピンク筋」に支えられているといえます。
一方、日常的なレベルの筋力発揮や、低強度のエアロビックトレーニングでは、そもそもタイプII線
維はあまり使われませんので(サイズの原理)、「白は白のまま」になります。

UCP-3:熱源としてのピンク筋
骨格筋は体温維持にも重要なはたらきをしています。
からだの熱生産のうち、約60%が骨格筋によるものです。
有酸素性代謝の熱効率は約50%ですので、これまで筋による熱生産はもっぱら赤筋が脂質を代
謝することで担っていると考えられてきました。
ところが、この考え方は一変しつつあります。
そのきっかけは、脱共役タンパク質-3(UCP-3)というタンパク質の発見です。
UCP-3は、有酸素性代謝を改変し、脂質や糖質のもつエネルギーをすべて熱に変えてしまうとい
う、いわば「脂肪燃焼タンパク質」です。
そして、このUCP-3はタイプIIa、すなわち「ピンク筋」に多量に発現することがわかりました。
したがって、「赤筋は主に身体活動中や姿勢維持中に脂肪を使って副次的に熱を生産し、ピンク
筋は完全休息中や睡眠中にも脂肪を使って積極的に熱を生産する」と考えられます。
中-高強度のレジスタンストレーニングは「ピンク筋」を増やし、発達させますので、体脂肪減量に
も効果的といえるわけです。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース159号(2003年6月発行)より転載

高くジャンプするための生理学

ジャンプ高と離地速度
163号で、「ジャンプ高は重心の離地速度で決まる」と述べましたが、もう少し詳しく説明しましょ
う。
高校時代の物理を思い出してください。
重心(質量M)が、鉛直方向の速度Vで離地したときの運動エネルギーEkは、Ek = 1/2 MV2 にな
ります。
このエネルギーが重心の位置エネルギーEpと等しくなったところがジャンプの最高点となります。
Ep = MgH(gは重力加速度、Hは高さ)ですから、1/2 MV2 = MgH、すなわちH = (1/2g)V2 となり
ます。
したがって、例えば離地速度が10%増えればば、ジャンプ高は速度の二乗に比例しますので、
21%増えるといえます。

高い離地速度を得るための筋力
これも163号で述べましたが、高い離地速度を達成するためには、大きな加速度が必要です。
さらに、(加速度)=(力)/(質量)ですので、質量すなわち体重に比して、いかに大きな力を発揮
できるかが重要となります。
実際のジャンプ動作で、身体が地面に対して発揮する力(地面反力)を測定してみると、この力は
250-350 kg重(体重の5-6倍)にもなることがわかります。
しかも典型的なジャンプでは、一旦しゃがみ込んでから跳び上がる瞬間まで、常にほぼ同じレベ
ルの力が発揮され続けますので、重心は上方向に加速され続け、離地の瞬間に最大速度が達
成されることになります。

助走の生理学的意味
これらのことから、高いジャンプを達成するための基本的な戦略は、「いかに大きな筋力を発揮し
て、重心を上方向に加速し続けるか」ということになります。
そしてこれは、まず現在持っている膝・股関節伸展の最大筋力で規定されます。
一方、工夫次第で、筋自体のもつ通常の筋力発揮能力を超えたジャンプをすることも、生理学的
には可能です。
それは、当たり前のようですが、助走を利用することです。
助走には2つの意味があります。
ひとつは、走ることで、並進方向の運動エネルギーが生じます。
このエネルギーは上述と同様、並進方向の速度の二乗に比例します。
助走に「急ブレーキ」をかけると、このエネルギーの多くが筋に吸収されます。
このとき、筋は力を出しながら引き伸ばされる、すなわち伸張性収縮の状態になります。
筋や腱が「バネ」のようにはたらき、並進方向の運動エネルギーを弾性エネルギーとして蓄えてく
れれば、これを次のジャンプ動作、すなわち鉛直方向の運動エネルギーに加算できることになり
ます。
その分、高いジャンプが可能になると考えられます。
もうひとつは、筋自体の生理学的特性に関連します。
筋を一旦引き伸ばしてから(伸張性収縮)、一定の長さに保ったり、折り返し短縮させたりすると、
筋力発揮能力やパワー発揮能力が増大します。
これを「伸張による増強効果」(ポテンシエーション)と呼びます。
これらの両方のメカニズムによって、助走をすれば高く跳べますし、ベンチプレスなどでも、一旦
バーベルを下ろしてから上げることで、より大きな重量が上がることになります。

助走には最適速度がある?
エネルギーの理論から言えば、助走が速ければ速いほど大きな並進方向の運動エネルギーを
得られ、ジャンプ高も増すはずです。
しかし、走り高跳びなどの競技を見ると、助走が速いほどよいというわけではなく、最適の速度が
ありそうに思えます。
以前、私の研究室で、カエルとヒトの筋を対象とし、上記の「伸張による増強効果」を詳しく調べた
ことがあります。
その結果、最大の増強効果を得るためには最適の伸張速度があり、これより速くても遅くても増
強効果が低減してしまうことを発見しました(Takarada, Ishii ら,1997,1998)。
その理由は、筋をあまりに急激に伸張すると、筋の収縮装置がもちこたえきれずに「ギブアップ」
してしまうためと考えられます。
したがって、やはりジャンプの助走には、筋生理学的にみても最適速度があると考えられます。

プライオメトリック・トレーニング
トレーニングの分野では、ジャンプ能力を高めるために、ドロップ・ジャンプなどのプライオメトリッ
ク・トレーニングが効果的とされています。
これは、助走・ブレーキから切り返してジャンプするときに、集中的に筋力を発揮するための神経
系のはたらきが向上するためと解釈されています。
確かにこれは、ある一面では正しいといえます。
しかし、伸張による筋力の増強効果という観点から、「筋の能力を最大限に増強するようなブレー
キのかけ方を体得するトレーニング」という見方もできるのではないかと思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース165号(2004年6月発行)より転載

動作のスピードと筋力

以前、プロ野球のトレーナー・ドクターミーティングに招かれ、1)スポーツパフォーマンスと筋力の
関係、2)コンディショニングでの筋力の重要性、3)アスリートのための筋力トレーニングの工夫、
の3点について講演をしました。
これらの中で、改めてスポーツパフォーマンスと筋力の関係を考えてみると、これを体系的に分
析した書物や文献がきわめて少なく、十分に理解されていないことに気付きます。
そこで今回はやや基礎的なテーマになりますが、スポーツパフォーマンスにおいて重要となる動
作スピードと筋力の関係についてお話しします。

スピードを決める要因
多くのスポーツでは、まず動作のスピードが筋力より重要になります。
例えば、野球のピッチャーではボールを離す瞬間の指先のスピード、バッターではボールを捉え
る瞬間のバットのスピード、ジャンプ系競技では離地の瞬間の重心のスピードがそれぞれ、球
速、球の飛距離、ジャンプ高などを規定する第1の要因になります。
これらは物理法則に基づいています。
一方、現場では長い間、スピードが何で決まるかがよく理解されていなかったために、「スピード
と筋力は別物」といった誤解を生じてきた傾向があります。
結論から述べると、動作のスピードは、1)筋力、2)筋力発揮の仕方、3)筋のスピード、4)神経の
協調性、5)筋と骨の長さ、の5つの要因で決まります。
このうち、1)―4)はトレーニングによって改善可能な要因と考えられ、以下に順を追って詳述しま
す。

筋力と加速度
すべての動作は「速度ゼロ」から始まりますので、高いスピードを達成するためには、大きな加速
度が必要です。
物理法則から、(力)=(質量)×(加速度)ですので、(加速度)=(力)/(質量)となります。
したがって、腕とボール、腕とバット、全身などの質量に対して、どれだけ大きな筋力を発揮でき
るかが、上にあげたそれぞれの動作での加速度を決めるということになります。
実際、ジャンプ動作では、(地面反力)/(体重)が大きいほど跳躍高が高くなります。

加速のタイプ:弓型とピストル型
ところが、単に測定上の最大筋力が増えることが即スピードにつながるわけではなく、筋力発揮
の仕方も重要になります。
例えば、力の上限は低くとも、なるべく長いストロークで加速を続けられれば、最終的な速度は高
くなります。
これを「弓型の加速」ということができます。
ピッチャーで「球離れが遅い方が良い」といわれるのはこのためです。
一方、短い時間の間に爆発的な筋力を発揮して加速度を生む方法があり、「ピストル型」の加速
といえます。
こちらには,筋力が高いだけでなく、瞬時に大筋力を発揮する(バリスティックな筋力発揮)能力が
必要です。
しかしここで重要なことは、どちらの場合にも筋力が基盤となっている点で、トレーニングによって
筋力発揮の上限を高めることは、「弓型」の場合には弓と蔓の強度を高めることに、「ピストル型」
の場合には薬莢の火薬を増やすことに相当します。

加速を維持する能力と力―速度関係
上記の2つのタイプの加速のうち、どちらが重要かは、スポーツのタイプや選手の個性に応じて
異なってきます。
しかし、いずれの場合にも、動作の終盤では、「すでに早い速度で動いている状態でさらに加速
のために筋力を上乗せする」必要が生じます。
ここで問題となるのが、「筋のスピード」です。
筋には一般に、その短縮速度が増大するほど力が低下するという特性があります。
この関係を力―速度関係と呼びます。
究極的な筋のスピードは、力=0になったときの速度で決まり、これを最大(無負荷)短縮速度
(Vmax)と呼びます。
ひとたびVmax に等しい速度になってしまうと、もはや筋はさらに加速するための筋力を発揮でき
ません。

筋自体の最大スピードは変わらない?
ところが、これまでヒト生体内でVmax を測定することが困難であったため、筋のスピードと動作
スピードの関係には不確かな点が多く残されてきました。
そこで私たちの研究室では、生体内でVmaxに近い値を測定するために「サーボ制御式ダイナモ
メーター」(Yamauchiら、2003)と「スラックテスト型ダイナモメーター」(佐々木と石井、2004)とい
う2種の装置を開発しました。
これらの装置を用いて脚・股関節伸展と足関節底屈のVmax を測ったところ、男女の間でも、若
者と高齢者の間でも、ほぼ一定であることがわかりました。
したがって、日常生活やスポーツ動作での若者と高齢者のスピードの違いは、主に筋力の違い
によるものと考えられます。
このことは、ヒト筋のバイオプシーから得た単一筋線維のVmax が加齢によって変化しないという
最近の知見(Trappeら,2003)とも合致しています。

神経系の関与
以上から、動作スピードにはまず筋力が重要であることになりますが、一方、トレーニングによっ
てVmax が若干向上することもわかってきています。
これにはおそらく、共同筋間の協調性の向上や、拮抗筋の活動の低減など、神経系の機能の変
化が関与しているものと想像されますが、この点については、もう少し研究が進んでからご紹介し
ましょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース163号(2004年2月発行)より転載

2種類の「マラソン・マウス」:持久力を決める物質をめぐって

前回、筋肥大の鍵を握る物質のひとつであるミオスタチンをめぐる最近の研究動向をご紹介しま
した。
一方、全身持久力の鍵を握る物質はないのでしょうか。
可能性のあるものとして、エリスロポエチン(EPO)やアンギオテンシン変換酵素(ACE)などを過
去にご紹介してきましたが、これらは、筋肥大における成長ホルモンやテストステロンなどと同
様、どちらかというと補助的なはたらきをするものといえます。
ところが、最近になって、有力な候補が相次いで2つ発見されました。
PPARδとHIF-1αという難解な名前のタンパク質ですが、いずれも遺伝子のはたらきを調節する
物質です。
今回はこれらの物質と持久力の関係についてお話ししましょう。

筋線維のタイプ変化に着目
ご存じの通り、筋は遅筋線維(タイプI線維)と速筋線維(主にタイプIIa線維とタイプIIb線維)からで
きています。
これらの筋線維の持久力は、I>IIa>IIbの順になります。
タイプIは有酸素性代謝にすぐれていて、脂質を代謝する能力が高く、また有酸素性代謝に必要
な酵素や色素タンパク(ミオグロビンやチトクローム)を多量にもつため、赤みをおびています。
動物に長期の持久力トレーニングをさせると、筋線維のタイプは IIb→IIa→Iの方向に変化します。
ヒトではIIa→Iの変化はとらえられていませんが、少なくともIIb→IIaの変化は起こります。
従って、こうした筋線維のタイプ変換に直接関わる物質が、持久力の鍵を握っているものと想像
されます。

遅筋線維を増やすPPARδ
Evansらのグループ(2004)は、PPARδというタンパク質が脂肪細胞の脂質代謝を活性化するこ
と、遅筋線維に多く含まれることなどに注目し、マウスを用いてさまざまな実験を行いました。
まず、遺伝子組み替えによって、すべての筋線維で常にPPARδが多量につくられるマウスを作っ
たところ、タイプI線維の多いマウスになりました。
マウスはそもそもタイプII線維の多い動物ですが、この組み替えマウスでは、全身の筋肉が赤み
をおびて見えるほどです。
同時に、タイプI線維に特徴的なタンパク質(遅筋型トロポニン、ミオグロビン、チトクロームなど)の
量も著しく増加しました。
これらのことから、PPARδは,筋線維を遅筋型の方向に変化させる物質であることがわかりま
す。

走能力が倍増する
次に彼らは、通常のマウスと遺伝子組み替えマウスの持久力を比べました。
疲労困憊に至るまでトレッドミル走をさせると、走行時間、走行距離のいずれについても、遺伝子
組み替えマウスは通常のマウスの約2倍の値を示しました。
従って、遺伝子組み替えによって「マラソン・マウス」ができたといえます。

肥満を防ぐ効果も
有酸素性代謝能力が高いことは、脂質代謝能力が高いことにつながります。
またタイプIIb→IIaの変化が起こると、「脱共役タンパク質」(UCP-3)が増え、より多くのエネル
ギーを熱に変えるようになります。
実際、Evansらは、上記の遺伝子組み替えマウスが、通常のマウスに比べ、体重も体脂肪量も著
しく少ないことを示しました。
一方、こうした体重と体脂肪量の低下が、持久走のパフォーマンスにどのような影響を与えてい
るかが不明であり、この点はやや問題として残るところです。

もうひとつの物質:HIF-1α
時期を同じくして、Johnsonらのグループ(2004)は、全く別の「マラソン・マウス」を作ることに成
功しました。
彼らは、HIF-1αというタンパク質の遺伝子をもたないマウス(ノックアウトマウス)を作り、このマウ
スが走運動、遊泳運動のいずれでも高い持久力を示すことを報告しました。
HIF-1αのはたらきについては不明の点も多いのですが、低酸素などの環境下で、筋線維の無酸
素性代謝活性を高めるものと考えられています。
EvansらとJohnsonらの研究から、筋線維には、有酸素性代謝を高めるスイッチ物質(PPARδ)
と、逆に無酸素性代謝を高めるスイッチ物質(HIF-1α)があり、これらの物質の量を操作すること
で、持久力を高めることが可能であることを示唆しています。

活性酸素による副作用も
Johnsonらの研究では、持久運動後の筋の変化についても調べられています。
その結果、HIF-1αノックアウトマウスでは、確かに1回のテストでの持久力は高いものの、運動後
数日にわたって著しい筋損傷と持久力の低下が持続することがわかりました。
これはおそらく、有酸素性代謝の昂進に伴う活性酸素種の生成によるものと考えられます。
トレーニング以外の方法で人為的に有酸素性代謝を向上させると、抗酸化能力は発達しないの
で、このような副作用が生じてしまうのでしょう。

ドーピングへの可能性
これらのマウスの実験は、遺伝子操作によるものですので、「遺伝子ドーピング」を行わない限
り、ヒトに直ちに応用することはできないでしょう。
しかし、Evansらは、GW501516というPPARδ作用薬(同様の作用をする薬物)を餌に混ぜて通
常のマウスに与えたところ、遺伝子組み替えを行った場合と同様の効果が得られたことも報告し
ています。
これについては、近い将来ドーピングに悪用される危険性もあると思われます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース167号(2004年10月発行)より転載

筋肉がつく人,つかない人:(1)「スーパーベイビー」が暗示するもの

以前、このコラムで「筋肉質」の素質を決める遺伝子のお話しをしました。
当時は動物を対象とした研究からの類推でしたが、近い将来ヒトでも同様のことが発見されるだ
ろうと予言したと思います。
それから随分年月が経ちましたが、2004年になって、注目すべき研究が2件報告されました。
今回はそのうちの1件について解説いたします。

ドイツの「スーパーベイビー」
6月25日(2004年)の新聞に、「筋肉量が2倍の赤ちゃん発見」という記事が掲載されました。
この記事は同24日に「New England Journal of Medicine」(電子版)に発表されたSchuelkeら
の報告に基づくものです。
ドイツで発見されたこの赤ちゃん(男子)は、誕生時から顕著に筋量が多く、生後6日の時点で、
大腿部の筋断面積が平均値に比べて2倍以上ありました。
生後7ヶ月での写真を見ると、大腿四頭筋、腓腹筋、殿筋など、ちょとしたビルダーのようです。
4歳半になった現在では、両手にそれぞれ3kgのダンベルを持って立ち上がれるそうです。

原因はミオスタチンの変異
この赤ちゃんの遺伝子を調べたところ、ミオスタチンという成長因子の遺伝子に変異があることが
わかりました。
ミオスタチンについては、これまで再三ご紹介してきた通り、筋の成長を強く抑制する成長因子で
す。
その遺伝子に変異が起こり、正常なミオスタチンがつくられなくなると、筋量がウシでは約30%増
しに、マウスでは2‐3倍になることがわかっています。
また、以前ご紹介したように、ミオスタチンのはたらきを阻害する抗体を注射すると、運動をしなく
とも筋肥大が起こります。
赤ちゃんでは、このミオスタチンの遺伝子に、DNAの塩基(A,G,C,Tの4種)がGからAへと置
換している変異が一カ所だけ見つかりました。

筋肥大の鍵を握るミオスタチン
このミオスタチンは、筋肥大の「スイッチ」に関わるキーファクターのひとつであることがわかってき
ました。
筋線維が肥大するときには、まず筋線維の周囲にある「筋サテライト細胞」という細胞が分裂・増
殖する必要があります。
その分裂・増殖のスイッチを「オフ」にするのがミオスタチンで、逆に「オン」にするのが肝細胞増
殖因子(HGF)だと考えられるようになってきています。
実際、私たちの研究グループは、トレーニングによって肥大した筋でミオスタチンの生成量が減少
し、HGFの生成量が増加していることを見出しました。

代々の「力持ち」家系
さてこの赤ちゃんの母親は、24歳の元プロスポーツ選手です。
残念ながら父親の情報は公開されていませんが、母親の家系は、少なくとも3代にわたり評判の
「力持ち」家系で、赤ちゃんのおじいさんは舗道の縁石を素手で引き抜くことができたそうです。
同様の素質をもった近親者が少なくとも5名いると記載されています。

なぜ発見が遅れたか?
冒頭にも述べたとおり、ミオスタチン遺伝子の変異がヒトの筋量を左右することは、5年以上前に
多くの研究者が予見しました。
以来、この点について多くの研究もなされてきました。
実際、昨年までに5種の変異が報告されましたが、いずれも残念ながら筋量や筋力にはあまり大
きな影響を与えないものばかりでした。
今回の赤ちゃんの場合、注目すべきは遺伝子の変異の場所です。
遺伝子には、タンパク質の直接の設計図になる「エクソン」という領域と、最終的に切り取られる
「余白」のような、「イントロン」という領域があります。
ミオスタチンの遺伝子は、3つのエクソンの間に2つのイントロンが入り込んでいる構造をしていま
す。
当然、多くの研究者の注目はエクソンに集まり、イントロンはなかば無視されてきました。
ところが、この赤ちゃんの遺伝子では、イントロンに変異があったのです。
変異の結果、イントロンに相当する部分が正しい位置で切り取られず、正常なミオスタチンがつく
られないことがわかりました。
これは、ある意味では盲点であったといえるでしょう。

1/200以下の確率だが・・・
遺伝子は、母親から受け継いだものと、父親から受け継いだもののペアでできています。
このうち、変異などが一方のみにある場合を「ヘテロ接合」、双方にある場合を「ホモ接合」と呼び
ます。
この赤ちゃんは「ホモ接合」、母親は「ヘテロ接合」です。
従って、父親にも同様の変異があったことが類推されます。
母親はヘテロ接合であったため、目立つほど筋肉質ではないようですが、それでもプロ選手。
おじいさんもそらくヘテロ接合ですが評判の力持ち。
赤ちゃんはホモ接合であったため、生まれたときから注目を浴びるほどになりました。
Schuelkeらの調査によれば、この変異が遺伝子に起こる確率は1/200以下だそうです。
従って、ヘテロ接合は200人に一人以下、ホモ接合は4万人に一人以下の確率であろうと類推さ
れます。
この数字、少ないと見るか多いと見るか。
オリンピックに出場できる確率と対比すると、決して小さな数字ではないようにも思えます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース166号(2004年8月発行)より転載

ストレッチングは運動パフォーマンスを低下させる?

前回,筋力トレーニング、特に爆発的な筋力発揮を高めるためのプライオメトリック・トレーニング
が、意外にも中・長距離走のパフォーマンスを高めることをお話ししました。
一方、ここ1,2年の研究により、静的ストレッチングが筋力発揮を低下させてしまうことが示され
ています。
「運動やトレーニングの前に入念なストレッチ」は、いわばセオリーになっていますので、このことも
一般的には意外な事実ということになるでしょう。
ただし,これを解釈するためには注意が必要で、直ちに「今まで行ってきたストレッチを止めた方
がよい」ということにはなりません。

ストレッチングの一般的効果
ストレッチングには、リラックスしてゆっくりと筋を伸ばす静的ストレッチング、反動動作を利用する
バリスティック・ストレッチング、筋力発揮を伴うダイナミック・ストレッチングなど、さまざまなものが
あります。
これらに共通した効果として、筋の余分な緊張を除き、関節可動域(ROM)を広げることが上げら
れます。
体内のほとんどの筋は、運動をしていないときでも多少の緊張を保っています。
長時間同じ姿勢でいると筋の緊張が徐々に高まり、ROM が低下してきます。
こうした状態では、なめらかな動きができなかったり、急に関節を大きく動かすことで障害が発生
したりしますので、ストレッチングによって筋の余分な緊張を取り除くことは当然重要と考えられま
す。

静的ストレッチングによる筋力低下
ところが最近、3―10分の静的ストレッチングの前後で筋力を測定すると、最大挙上負荷、等速
性筋力などの動的筋力(McLellan ら、2000;Cramer ら、2004など)、等尺性筋力および筋力発
揮速度(Nelson ら,2000など)がいずれも低下してしまうことが示されました。
筋力低下は最大で約30%にも及び、その効果はストレッチング終了後45分間ほど持続するよう
です。
また、筋力低下と平行して、筋の電気的活動も低下することから(Fowles ら、2000)、この筋力低
下は、筋線維の動員能力の低下によることが示唆されます。
筋力・パワー系競技の選手にとってこれは大問題です。

筋力低下のメカニズム
静的ストレッチングによる筋力低下のメカニズムについては、およそ次のように考えられていま
す。
筋には、筋紡錘という受容器があり、筋の長さを検知しています。
筋紡錘が伸張されると、感覚信号が脊髄や脳の中枢神経系に送られますが、このとき、脊髄中
にある運動神経(α-運動神経)の活動を増強し、伸張された筋の活動を高めるように作用します。
これを伸張反射といいます。
筋が伸張されると、これに抗して大きな筋力を意識しなくとも瞬時に発揮できるような仕組みで
す。
一方、筋紡錘の内部にも、錘内線維と呼ばれる筋線維があり、運動神経による支配を受けていま
す(γ-運動神経)。
錘内線維は、筋紡錘の感度を調節していて、γ-運動神経が活動すると筋紡錘の感度が上がりま
す。
最大筋力を発揮するときには、αとγの両方の運動神経が活動し、筋紡錘からの感覚信号によっ
てさらに筋力発揮が増強される仕組みがはたらきます。
これをγ-α共役と呼びます。
静的ストレッチングにより、筋紡錘の感度が低下し(脱感作)、その結果、筋の緊張は低減するも
のの、γ-α共役がうまくはたらかなくなって筋力も低下する可能性があります。

体の「固さ」と障害
それでは、障害とストレッチングの関連はどうでしょうか。
関節可動域(ROM)の大きさとスポーツ障害の関係については、多くの疫学的研究があります。
それらをまとめると、「ROMが極端に狭い場合には障害の原因になるが、必ずしもROMが広いこ
とが障害を防ぐ要因にはならない」といえると思います。
逆に、ROMが広すぎると、関節の「ゆるさ」につながり、障害の危険性が増すとの報告もありま
す。
体操競技のように、ROMが直接的に重要となる競技もありますので一般化はできませんが、そも
そも関節の「ゆるい」傾向のある選手にとっては、ストレッチングのやり過ぎは問題となるでしょ
う。

アクティブ・ウオームアップ
これに対し、ジャンプやジョギングなどの「アクティブ・ウオームアップ」を10分ほど行うと、ROMが
広がり、筋力が低下せず、筋力発揮速度が向上することが示されています(Rosenbaumら、
1995)。
こうした効果には、筋活動と筋の伸張(ストレッチ)が組み合わされていること、筋の循環が活性
化し、筋温も上昇すること、などの要因が関連しているものと思われます。

どうしたらよいのか?
このように、運動やトレーニングに静的ストレッチングをどのように取り入れて行くかは、スポーツ
生理学の分野では新たな課題になってきています。
どのようにしたらよいのか、具体的な回答はまだありません。
現時点で言えることは以下のようになるでしょう。
:最大パフォーマンスを発揮する直前には静的ストレッチングは行わない;やみくもに静的ストレッ
チングに長時間を費やすのではなく、静的ストレッチング→ダイナミック・ストレッチング→アクティ
ブ・ウオームアップのように、段階的に筋力発揮のための準備を行ってゆく必要がある。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース169号(2005年2月発行)より転載

中・長距離走になぜレジスタンストレーニングが必要か

去る11月27日(2004年)に,「レジスタンストレーニングの変遷と現状」と題したシンポジウムが行
われました。
演者はシドニー工科大の A. Murphy 博士、東海大の有賀誠司氏と私の3名でしたが、中でも
Murphy 博士の「プライオメトリック・エクササイズの進歩と未来への方向性」という発表はたいへ
ん興味深いものでした。
プライオメトリック・トレーニングは従来、スプリント/ジャンプ系競技のための専門的トレーニング
とされてきましたが、彼らのグループは最近の一連の研究から、これが中・長距離走のパフォー
マンスを高める効果があることを示しました。
そこで今回は、彼らの研究を足がかりにして、持久走パフォーマンスとレジスタンストレーニング
の関連について考えてみましょう。

全身持久力と持久走パフォーマンス
中・長距離走を含む持久的競技のパフォーマンスには、まず呼吸・循環・代謝機能が深く関わりま
す。
これらの機能のうち、比較的容易に測れる指標として、最大酸素摂取量(VO2max)と乳酸閾値
(LT)があります。
V02maxは呼吸・循環系によって作業筋に酸素を供給することのできる上限値を示します。
一方、運動強度を上げていくと、やがて有酸素性代謝のみではエネルギー供給が間に合わず、
無酸素性代謝を併用しなければならなくなるために乳酸生成が増加(血中乳酸濃度も増加)し始
めますが、丁度このときの運動強度をLTと呼びます。
これまで多くの研究が、1500m走からマラソン競技に至るまでの持久走パフォーマンスと、実験
室内で測定したVO2maxおよびLTの間に強い相関関係があることを示してきました。

ランニング効率
一方、実際の走パフォーマンスには、上記の生理学的要因に加え、走フォームの善し悪しなど、
さまざまな要因が関与してきますので、V02max やLTが同じでも、走タイムのよい人、悪い人とい
った幅が出てきます。
こうした付加的な要因のうち、強い影響力をもつものにランニングのエネルギー効率(ランニング
効率)があります。
ランニング効率は、酸素摂取量当たりの走スピードで定義されます。
したがって、VO2max が同じでもランニング効率の良い人ほど持久走パフォーマンスは高くなると
考えられます。

プライオメトリック・トレーニング
プライオメトリック・トレーニングは、生理学的には筋が活動状態を維持したまま伸張・短縮するよ
うに行うトレーニングといえます(伸張―短縮サイクル:SSC)。
実際のエクササイズには、自重を利用したジャンプ系のもの(デプスジャンプやバウンディング)
から、マシンやメディシンボールなどを利用したSSCトレーニングまで、さまざまなものがあります。
いずれの場合にも、伸張性筋収縮により急減速し、切り返して短縮性収縮により急加速するとい
う動作が基本となりますので、瞬発的なパワー発揮のための神経・筋機能の改善に効果的とさ
れています。
プライオメトリック・トレーニングが中・長距離走パフォーマンスを高める Murphyら(2003)は、17
名の中・長距離ランナーを対象として、6週間の漸増的プライオメトリック・トレーニングの効果を調
べました。
その結果、垂直跳びなどのパワー系機能が向上したばかりでなく、3 km 走のタイムが平均で約
16秒(距離にして約80m)向上しました。
一方、VO2max および LTには変化はありませんでした。
しかし、同一の最大下走速度での酸素摂取量は低下しました。
これらの結果から、プライオメトリック・トレーニングは、全身持久力に関わる呼吸・循環・代謝機能
には効果を及ぼさないものの、ランニング効率を高めることで走パフォーマンスを改善することが
示されました。

効果のメカニズムは?
プライオメトリック・トレーニングのこうした効果には、少なくとも2つの要因が関与していると思わ
れます。
ひとつは神経系のはたらきです。
プライオメトリック・トレーニングを行うと、たとえばホッピング動作などでの接地時間が短縮されま
す。
これは、接地の直前に筋活動がよりすばやく、同期されて起こるようになるためと考えられます。
2番目は筋の「固さ」です。
上記の研究では、トレーニング後に脚筋群の「スティフネス」、すなわち受動的な「固さ」が増大し
たことも示されました。
この受動的「固さ」には、伸張反射などの神経活動も混在している可能性がありますが、これらの
2つの要因はいずれも、接地時にアキレス腱などの弾性要素をより強く引き伸ばすように作用しま
す。
すると、着地に伴うエネルギーがより効率的に弾性エネルギーとして蓄えられ、次のジャンプに利
用されると考えられます。
その極端な場合が以前にご紹介した「カンガルーのジャンプ」といえるでしょう。

基礎的トレーニングの重要性
プライオメトリック・トレーニングは、外観上の負荷に比べはるかに大きな筋力発揮を伴う場合が
多く、容易に行えるものではありません。
したがって、中・長距離選手の場合にも、基礎的レジスタンストレーニングによって神経・筋機能
のポテンシャルを十分に高めた上で、段階的にプライオメトリック・トレーニングへと移行すること
が、安全性と効果の両面からみて重要と思われます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース168号(2004年12月発行)より転載

ローカーボそれともローファット?  2)脂肪食の問題点

前回、低糖質ダイエット(アトキンスダイエット)の効果についてお話しし、「短期間で脂肪を落とす
には低糖質、長期間で脂肪を落とすには低脂質」と結論づけました。
低糖質ダイエットは、カロリー過剰となるほど脂肪を摂取してもよいというものではありませんが、
総エネルギー摂取量のうち約50%が脂肪ですので、相対的には高脂肪ダイエットといえるでしょ
う。
またこのダイエットは、あえて脂肪摂取を控えないことにより脂質代謝能力を改善するという点に
特徴があります。
そこで今回は、「脂肪の摂り方」の方に着目してみましょう。

高脂肪食が脂肪細胞に及ぼす効果
脂肪が小腸で消化・吸収されると、十二指腸から「消化管抑制ペプチド」(GIP)というホルモンが
分泌されます。
このホルモンは、胃酸の分泌や蠕動運動を抑制し、消化活動を減速して余剰のエネルギー摂取
を抑えます。
脂肪食の「腹持ち」がよいのはこのためです。
一方、GIPはさまざまな組織にはたらき、リポタンパクリパーゼ(LPL)という酵素の活性を高めま
す。
この酵素は、血液中の中性脂肪(リポタンパク)を脂肪酸とグリセロールに分解し、細胞が取り込
めるようにします。
したがって、各組織での脂質代謝を改善する効果をもつといえます。
ところが、脂肪細胞もGIPの作用によって同様に血中の中性脂肪を吸収し、太ってしまいます。
実際、遺伝子操作によって作ったGIPのないマウスは、高脂肪食でも太らないことが報告されて
います。
脂肪を制限しないダイエットでは、おそらくこのGIP活性が徐々に上昇するため、長期的にみると
ダイエット効果が低下してくるものと考えられます。

高脂肪食が頭のはたらきを悪くする?
最近、動物実験から、高脂肪食によって頭が悪くなる可能性のあることが示されました。
Granholm(2004),Morleyら(2004)はそれぞれラットとマウスに、通常の餌と、カロリーが同じで
脂肪の割合の高い餌を与え、迷路学習の効果を比べました。
その結果、高脂肪食を与えられた場合、ラットでもマウスでも学習効果が低下しました(記憶力が
悪くなった)。
そのメカニズムは不明ですが、脂肪摂取量そのものより、摂取した脂肪の「質」に問題がある可
能性があります。

植物性脂質でも安心できない
従来、「動物性脂肪は体に悪く、植物性脂肪は体によい」といわれます。
事実、動物性脂肪を過剰に摂取すると、血中の中性脂肪が増え、動脈硬化や心筋梗塞の原因と
なります。
中性脂肪には、動脈硬化を促進する「低密度リポタンパク」(LDL)と、逆にこれを抑制する「高密
度リポタンパク」(HDL)があり、動物性脂質がLDLとHDLの両方を増やすのに対して、植物性脂
質はHDLの方をより増やすとされています。
しかし、植物性だからといって安心はできません。
元来植物性であった脂質の中にも、「トランス脂質」という脂質を含むものがあり、これがもっぱら
LDLを増加させることがわかりました。

シス脂質とトランス脂質
脂肪(脂質)は脂肪酸とグリセロールからできています。
脂肪酸には、炭素と炭素の間に「二重結合」という結合がなく、安定した構造をもつ「飽和脂肪酸」
と、二重結合があり不安定な構造の「不飽和脂肪酸」があります。
飽和脂肪酸をもつ脂質は、全体として分子の鎖がまっすぐで、互いの方向が揃いやすいために、
常温では密にパックされやすく固体になります。
動物性脂肪は主にこちらです。
一方、不飽和脂肪酸をもつ脂質は、分子の鎖が途中で折れ曲がっているために方向が揃わず、
常温でも液体です。
植物性脂質は主にこちらです。
ところが、人間は植物性脂質の二重結合を自在に飽和結合に変え(還元する)、常温でやや固い
マーガリンにしたり、「日持ちのよい油」にしたりします。
しかし、この加工過程で、一旦飽和結合になったものが、前とは違った形で再び二重結合に戻る
ことがあります。
本来の二重結合は、脂肪酸の分子を折り曲げるようにできていて、これを「シス型結合」といいま
す。
これが、分子をまっすぐな形に維持するような「トランス型結合」に変わってしまう場合があり、こう
してできた脂質をトランス脂質と呼びます。

トランス脂質が細胞機能を損なう
トランス脂質は加工の工程で意図せず出来てしまう不飽和脂質です。
問題は、このような脂質が天然には少ないという点にあります。
細胞膜を構成するリン脂質は一般に、1本の飽和脂肪酸の鎖と1本の不飽和脂肪酸(シス型)の
鎖をもちます。
このおかげで、細胞膜は適度の固さと、液体としての性質(「流動性」)を併せもつことができま
す。
したがって、シス型の代わりにトランス型の不飽和脂肪酸が入ってくると、膜の流動性が低下し、
細胞の機能が損なわれてしまいます。
ガンの原因になるという指摘もあり、欧米ではこのトランス脂質が大きな問題になりつつありま
す。
上述の高脂肪食による学習効果の低下は、餌中のトランス脂質によって神経細胞の機能が低下
したことも一因ではないかと考えられます。
今回の結論として、長期的な高脂肪摂取は控えることと、加工をしていない脂肪の摂取を心がけ
ることが、ダイエットのためにも健康のためにも重要といえるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース171号(2005年6月発行)より転載

ローカーボそれともローファット?  1)低糖質ダイエットの効果

年中行事のように,「夏に向けてのダイエット特集」の取材が来る季節になりました。
これまで長い間、減量のための食事法として、「糖質(炭水化物)を減らすべきか脂質を減らすべ
きか」という問題が議論されてきました。
そこで今回と次回にわたり、低糖質ダイエットと低脂質ダイエットについて、それぞれの効果や問
題点などについて考えてみることにしましょう。

ダイエットとエネルギー収支
まず、肥満と減量について、エネルギー論的に考えてみます。
物理学の基本法則に「エネルギーは形を変えても消滅はしない」(エネルギー保存則)というもの
があります。
これに則れば、体脂肪の蓄積はあくまでもエネルギー摂取がエネルギー消費を上回っていること
が原因であり、減量するためにはこの関係を逆にすればよいということになります。
当然、生理学的にもこれは真実です。
栄養学の分野でも、まず基本として摂取カロリーと消費カロリーのバランスを正すことが重要とさ
れているはずです。
この場合、摂取する食品が糖質(4 kcal/g)であろうが脂質(9 kcal/g)であろうが、カロリーという
数字にすれば全く違いはありません。

アトキンスダイエットとは
一方、総摂取エネルギーよりも栄養素の量的バランスが重要であるとする考えもあり、その代表
が「アトキンスダイエット」といえます。
これは、故R. Atkins 博士が「アトキンス博士のダイエット革命」(1972)、「アトキンス博士の新ダ
イエット革命」(1999)で紹介した方法です。
その基本戦略は「総エネルギー摂取量を考慮するのではなく、選択的に糖質の摂取を減らす」こ
とにあるといえるでしょう(基本的比率例、糖質:タンパク質:脂質=2:3:5)。
原理的には、「代謝されやすい糖質を制限し、代謝されにくい脂質を制限しないことが、最終的に
脂質代謝を高めることにつながり、体脂肪を減らす」とされています。
また、「糖質を摂取することが、余剰の糖質からの体脂肪の合成を助長する」としている点は、「低
インスリンダイエット」と一脈通ずるところがあります。

タンパク質のエネルギー獲得効率
アトキンスダイエットは、数万を超える臨床経験にもとづくものとされていますが、前術のようなエ
ネルギー論的考えに立った批判も多く、議論の的になってきました。
ところが昨年、Feinmanらは、糖質とタンパク質を比較した場合、タンパク質では摂取したエネル
ギーのうちより多くが熱になってしまう、すなわちエネルギー獲得効率が悪いことを示しました。
このことは、同じ総エネルギー摂取量でも、低糖質、高タンパク食の方が高いダイエット効果をも
つことを示唆しています。
実際、Mikkelsenらは12名の男性を対象に、身体のエネルギー消費量を正確に測る実験を行
い、同じカロリー摂取量でも、高タンパクダイエットの場合には平均約4%エネルギー消費が高く
なると報告しています。
高々4%ですが、1日当たり100 kcal程度に相当しますので、無視できない数字でしょう。

アトキンスダイエットは効果があった
アトキンスダイエットのような低糖質ダイエットが本当に効果的かという研究も相当数行われてき
ています。
その中で信頼性の高いものとして、Samahaら(2003)、Fosterら(2003)が、最も権威のある医
学誌"New England Journal of Medicine"に報告した研究が挙げられるでしょう。
これらの研究では、低糖質、高タンパクダイエットと、同カロリーでの低脂質ダイエットの効果を比
べ、前者の方が6ヶ月で約2倍の体脂肪減量効果があったとしています。
しかし、期間を1年間に延長すると、最終的に両者の間に差がなくなることも報告されています。

指摘される問題点
一方、何らかのデメリットはないのでしょうか。
一般に、特定の生理学的効果の高いダイエットやトレーニング法ほど、長所の裏返しとしての短
所を必然的にもつといえます。
指摘されている点をいくつか挙げると、昼間に眠気を誘発しやすい、痛風のリスクを高める可能
性がある、「機嫌が悪くなる」などです。
3番目については、糖質の低下が、心理的ムードを良くする脳内物質、セロトニンの分泌を下げる
ためと考えられています(女性はセロトニンの分泌が少なく、機嫌を保つのに甘いものが必要の
ようです)。
一般に、脳は糖質を主要なエネルギー源としていますので、極度の低糖質には注意する必要が
あるでしょう。
しかし、糖質の制限が一定の範囲内であれば、長期的に見て憂慮すべき副作用はないというの
が、米国生理学会の見解になっています。
一方、最近になって食品に含まれる「トランス脂質」が健康に重大な影響を及ぼすことがわかって
きました。
この点については次回に詳しくお話ししますが、やはり脂質を制限することも重要となるでしょう。
これまでの情報から総合的に判断すると、「短期的には低糖質」、「長期的には低脂質」がよいと
解釈しておくのが妥当と思われます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース170号(2005年4月発行)より転載

体脂肪量と筋量に及ぼすカルニチンの効果

カルニチンが脂肪酸のキャリアーとして、脂質代謝に重要なはたらきをしていることは古くから知
られていますが、ここ数年の間に体脂肪の減量用サプリメントとして急速に広がってきているよう
です。
そこで今回はカルニチンについての最近の研究動向をお話ししましょう。

カルニチンのはたらき
脂肪組織中の脂肪細胞に蓄えられた中性脂肪(トリアシルグリセロール)は、ノルアドレナリンや
成長ホルモンの作用によって、まず脂肪酸とグリセロールに分解され、血中に放たれます。
筋線維や心筋細胞などはこれらを取り込み、代謝してエネルギーを獲得します。
グリセロールは解糖系に入り代謝され、脂肪酸は「β酸化」という過程を経てアセチルCoAという
物質になり、酸化系(有酸素過程)で代謝されます。
β酸化も有酸素過程も、細胞内のミトコンドリアという小器官で行われますが、脂肪酸はそのまま
の形ではミトコンドリアの中に入れません。
そこで必要になるのがカルニチンです。
まず、脂肪酸とカルニチンが結合して「アシルカルニチン」という物質になります。
次に、ミトコンドリアの膜にあるトランスロカーゼという酵素のはたらきによって、アシルカルニチン
はミトコンドリアの中に運ばれます。
カルニチンはリジンからつくられるアミノ酸様物質で、通常体内で合成され、心筋、骨格筋、肝臓
などに多く含まれます。
一方、血液中にも一定量のカルニチンやアシルカルニチンが存在し、必要に応じて動員可能な
体制となっていると考えられています。

期待される効果:筋量増大も?
血液中に常時カルニチンが存在することから、カルニチンを外から摂取することによってその血
中の量を増せば、脂質代謝が改善され、体脂肪の減量だけでなく、持久力の向上にもつながる
可能性があります。
また、筋タンパク質に多く含まれる分岐鎖アミノ酸(BCAA)と脂肪酸の代謝は競合関係にあります
ので、脂肪酸の代謝が増進すれば、BCAAの代謝が低下する、すなわち筋タンパク質の分解が
抑制されて筋量が増加することも期待できます。
一方、Cipolla ら(1999)は、ヒト脂肪組織から摘出した動脈にカルニチンを作用させると、動脈が
拡張することを見出しました。
したがって、カルニチンには、脂肪酸のキャリアーとしてだけでなく、脂肪組織内の血液循環を活
性化することで、脂質代謝を促進する可能性が示唆されます。

家畜への効果
上記のようなカルニチンの脂肪減量と筋量増大効果は早くから期待され、家畜の飼料に配合す
ることで、良質の食肉を多量に得られないかという研究が数多くなされてきました。
ニワトリでは、効果的とする報告が多いようです。
例えば、Rabieら(1998)は、カルニチン投与によって、体重の増加、胸筋および腿筋の増加、腹
部脂肪量の減少が起こると報告しています。
しかし、Celikら(2000)によると、こうした効果は主にヒヨコの時期に発現し、成鳥になってからは
認められないということです。
同様に、ブタでも、カルニチンは脂肪の減少と除脂肪量(LBM)の増加をもたらすようです(例えば
Owenら、2001)。
ラットやネコなどの実験動物の場合にも、体脂肪量、肝脂肪量の減少、脂質代謝の上昇、筋量の
増加などを示す報告が多く見られます。

ヒトへの効果
ヒトへのカルニチンの効果はどうでしょうか。
アスリートを対象としたGattiら(1998)の報告では、血中カルニチン濃度が高いほど体脂肪量が
多く、LBMが少ないという関係が見られるようです。
これは、筋量が多いほど、筋によるカルニチン消費量が増えることを示唆しています。
また、Chaら(2001)は、持久競技選手を対象としてカルニチンとカフェインの効果を調べ、これら
が自転車エルゴメータでの運動持続時間を延伸し、その効果の大きさは
(カルニチン+カフェイン)>カルニチン>カフェイン
であると報告しています。
一方、こうした効果に否定的な研究もあり、確定的な結論を出すにはもう少し研究が必要のよう
です。

高齢者には大きな効果
Pistoneら(2003)は最近、高齢者(84名)を対象として30日間のカルニチン摂取の効果を調べ、
有意な体脂肪減量(約3kg減)、筋量増加(約2kg増)、血中総コレステロール濃度の低下、心理
テストによる疲労度の低下などが認められたと報告しています。
高齢者ではカルニチン合成活性が低下しているため、このような大きな効果が発現するのかもし
れません。
動物とヒトを対象とした研究結果を総合的に見れば、成長期と高齢期には効果のある可能性が
あると思われます。
これらの時期には、赤身肉など、カルニチンを多く含む食品を摂る必要があるということかもしれ
ません。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース164号(2004年4月発行)より転載

活性酸素は老化に関係しないか?

最近,「アンチ・エイジング」(「抗加齢」,より的確には「抗老化」)ということばが目を引くようになり
ました。
「自然科学上最大の問題」のひとつとされてきた「老化」のメカニズムについても研究が進んでき
ており、つい最近では老化を防止する,全く新しいホルモンも発見されています。
2005年の7月には、老化の主要因が活性酸素であるという「活性酸素説」を否定する研究
(Kujothら,Science, 2005)が新聞で紹介されました。
運動に関係する人々の中には、これを読んで胸をなでおろした方もあるかと思います。
運動は活性酸素を多量に生み出すため、方法や量を誤るとかえって老化を加速すると考えられ
てきたからです。
しかし、上記の研究論文をよく読むと、決して活性酸素と老化の関係を否定しているわけではな
く、安心するのは早計であることがわかります。
そこで今回は、老化、活性酸素、運動の関係について、最近の知見をもとにまとめてみたいと思
います。

老化とは何か
老化とは、総体的に見れば、加齢に伴ってさまざまな生理機能が低下することをいいます。
もう少し専門的には、1)細胞死の進行、2)内分泌機能、中枢神経系、免疫系の機能低下、3)環
境適応能の低下などによって、全身の恒常性が損なわれていくこととされています。
これらの1)―3)の過程がどのようにして起こるかは不明で、遺伝子にそのようにプログラムされ
ているとする説、遺伝子DNAの複製が繰り返されるに従ってエラーが蓄積していくとする説、抗酸
化機能の低下による酸化ダメージが原因とする説(活性酸素説)などが提唱されています。

老化の活性酸素説
これらの説が主張する過程はいずれも、多かれ少なかれ老化に関与しているものと考えられます
が、中でも活性酸素による酸化ダメージは、生活習慣などによって対処できる可能性が高いとい
う観点から、最も注目されてきたといえるでしょう。
その実験的根拠としては、1)生体内で生じる活性酸素が遺伝子DNAを傷つけること、2)生体内
の抗酸化酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の活性が加齢とともに低下するこ
と、3)ヒトのSOD遺伝子をショウジョウバエに組み込むと、ハエの寿命が著しく延伸すること、な
どがあげられます。

ミトコンドリアの関わり
生体内で活性酸素を最も大量につくるのは、ミトコンドリアという細胞内器官です。
ミトコンドリアは、酸素を用いてエネルギーを生産する(有酸素性代謝)役割をもち、細胞の核にあ
る遺伝子とは別に、固有の遺伝子(ミトコンドリアDNA)をもっています。
ミトコンドリアが有酸素性代謝を行う際には、取り込んだ酸素のうち2-5%が半ば必然的に活性酸
素になることがわかっています。
活性酸素説では、こうして作られた活性酸素がミトコンドリアDNAに変異を引き起こし、その結
果、有酸素性代謝における活性酸素の生成量がさらに増えるという悪循環を経て、ミトコンドリア
の機能不全が起こるとしています(Harman, 1972)。
ミトコンドリアの機能不全は、細胞のエネルギー生産に重大な影響を及ぼしますので、細胞本体
の機能不全や細胞死につながると考えられます。
こうして最近では、哺乳類などの高等動物の老化にはミトコンドリアの機能が深く関わっていると
する考えが有力になってきました。

活性酸素と関係なく起こる老化?
冒頭にご紹介した Kujothらの研究は、ミトコンドリアDNAに生じる変異と老化の関係をより直接
的に調べたものです。
彼らは、ミトコンドリアDNAの複製に関わる遺伝子を改変し、DNAの複製時にエラーが起こりやす
い組み替えマウスを作りました。
このマウスでは、通常のマウスに比べ寿命が半分以下に縮まり、脱毛、筋の萎縮、聴覚の減退、
心臓や腎臓の萎縮など、老化に伴う変化が著しく加速されました。
このとき、活性酸素による酸化ダメージの程度を、DNA,脂質、タンパク質のそれぞれのレベルで
調べると、組み替えマウスでも通常のマウスでもほぼ同じでした。
一方、組み替えマウスでは細胞の自殺(アポートシス)を引き起こす酵素の活性が著しく高まって
いました。
これらのことから、1)老化にはミトコンドリアDNAの異常が関わること、2)ミトコンドリアDNAの異
常によって、活性酸素の生成量がさらに増えるとする仮説は誤りであること、3)ミトコンドリアDNA
の異常は細胞のアポトーシスを引き起こすこと、などが示されました。
これらのうちの3)については、ミトコンドリアの膜の機能が損なわれ、チトクロームc というタンパ
ク質が細胞質中に漏れ出ることが引き金となると考えられています。

やはり過激な運動は要注意
Kujothらの研究は、ミトコンドリアDNAの複製にエラーが起こるようにすれば、活性酸素とは無関
係に老化が起こりうることを示していますが、老化と活性酸素が全く無関係であることを示してい
るわけではありません。
正常な個体では、むしろ活性酸素によるダメージによってDNAに異常が起こり、それ以降は、組
み替えマウスの場合と同様のプロセスによって老化が進行するという可能性も十分に残っていま
す。
やはり今のところ、自身の抗酸化機能を大きく超えて酸素を摂取するような、過激な運動には注
意する方が賢明だと思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース173号(2005年10月発行)より転載

スポーツ遺伝子

ヒトゲノム(遺伝子情報)解析が一段落し、個人差や体質に関わる遺伝子の研究が盛んに行われ
るようになってきています。
スポーツ能力や健康状態に関連する可能性のある遺伝子も近年次々と報告され、今やその数百
以上にのぼっています。
そんな中、ある民間企業の委託で、「スポーツ遺伝子検査」に関わる学術的サポートを行うことに
なりました。
そこで今回は、私自身が関わることになったACTN3という遺伝子を例に、スポーツ能力に関連す
る遺伝子について紹介します。

遺伝子の変異と多型
遺伝子は、私たちの体をつくるタンパク質の「設計図」といえます。
遺伝子DNA上には、アデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類の塩基が連なっていて、こ
れらの塩基の配列の順序が一種の暗号となっています。
例えば、筋タンパク質であるミオシンがつくられる時には、ミオシン遺伝子(MHC)上の暗号が読
みとられ、これをもとにミオシンが合成されます。
このような過程を、「遺伝子の発現」といいます。
一方、何らかの原因で遺伝子配列の一部が変化すると、目的とするタンパク質がつくられなくなっ
たり、十分に機能できなくなったりします。
これを「遺伝子の変異」といいます。
「突然変異」がよく知られますが、同じ変異が高頻度で観察される場合(通常1%以上)、これを
「遺伝子の多型」と呼びます。
遺伝子多型は個人差や体質の主な要因と考えられます。

ホモ接合型とヘテロ接合型
同じ一つのタンパク質をコードする(設計図となる)遺伝子についてみると、私たちは母方からも
らった遺伝子と、父方からもらった遺伝子の、一対のペアを持っています。
父方由来の遺伝子と母方由来の遺伝子が全く同じ場合を「ホモ接合型」、それぞれが異なる場
合を「ヘテロ接合型」といいます。

速筋線維に発現するACTN3
さて今回ご紹介する ACTN3という遺伝子は、α-アクチニン3というタンパク質をコードしています。
α-アクチニンは筋線維のZ膜という構造をつくるタンパク質です。
ヒトのα-アクチニンにはα-アクチニン2とα-アクチニン3の2種があり、それぞれの遺伝子を
ACTN2、ACTN3と呼びます。
ACTN2は速筋線維と遅筋線維の両方で発現していますが、ACTN3は速筋線維にのみ発現して
いることがわかっています。

ACTN3 の多型とスポーツ能力
ACTN3 には、α-アクチニン3のアミノ酸配列の中で577番目のアルギニン(R)の暗号となるべき
ところが、「暗号の読みとり終了指令」(X)に置き換わってしまう変異が30-40%という高頻度で存
在します。
このような場合、正常な遺伝子を「R」、変異をもつ遺伝子を「X」と略称します。
したがって、私たちがもつ遺伝子型には、「RR」(ホモ)、「RX」(ヘテロ)、「XX」(ホモ)の3通りが生
じます。
XX型では、正常なα-アクチニン3はつくられませんが、α-アクチニン2が肩代わりをすることで、筋
線維としての機能は維持されると考えられています。
オーストラリアのYangら(2003)は、さまざまなレベルの運動選手を対象として、ACTN3 の遺伝
子型の頻度を調べ、次のような結果を報告しています(RR:RX:XXのおよその存在比で示す。男
女とも同じ傾向):一般人で3:5:2、オリンピックレベルのスプリント/パワー系選手で5:5:0、オリ
ンピックレベルの持久系競技選手で3:4:3。
この結果から、少なくともひとつのR遺伝子を持っていることが、スプリント/パワー系競技には有
利にはたらくことが示唆されます。

日本人には持久力タイプが多い?
ACTN3の多型には人種差のあることも報告されています。
上記の存在比(一般人)、RR:RX:XX=3:5:2は白人の場合で、アジア系ではXX型が30%以上
存在するようです。
一方、アフリカ系黒人では、XX型は3%以下しかいないとされています。
これをストレートに解釈すると、遺伝的特性からみて、アフリカ系黒人はスプリント/パワー系競
技に向いていて、アジア系人種は持久系競技に向いているということになります。
日本人のデータはまだ十分になく、これから集まってくるという段階です。

トレーニングへの反応は?
仮にスプリント/パワー系競技選手でRR型であっても、安心はできません。
Ckarksonら(2005)は、筋力トレーニングによる筋力の伸び率を比較し、XX>RX>RRであった
と報告しています。
RR型はそもそもすぐれた筋力発揮特性をもつものの、かえって筋力トレーニングに対する反応性
が鈍いのではないかと思われます。
この点を克服するような、トレーニングの工夫があればこそトップレベルになれると考えるべきで
しょう。

生理学的メカニズムはまだ不明
ACTN3の多型は、これまでに報告された遺伝子多型の中で、スポーツ競技力との関連性が最も
顕著なものといえるでしょう。
しかし、その生理学的メカニズムはまだ明らかではありません。
そもそも、α-アクチニン3は速筋線維にしか発現しませんので、RR型とXX型では、見かけ上同じ
速筋線維でも収縮特性や疲労耐性が若干異なるのかもしれません。
また、ACTN3の遺伝子多型が筋線維組成(筋の中の速筋線維の割合)そのものに関連している
のかもしれません。
これらの点については、今後調べていく予定です。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース174号(2005年12月発行)より転載

感覚器官としての骨格筋

筋が運動するとホルモン様物質(マイオカイン)を分泌し、他のさまざまな器官に影響を及ぼすこ
とを紹介しました。
このことは、筋が単なる運動器ではなく、内分泌器官としてもはたらくことを示唆しています。
一方、筋組織内には多様な感覚受容器があることから、筋は感覚器官としてもはたらいていると
いえます。
このことは新しい概念ではありませんが、運動やトレーニングなどの効果を考える上でも重要で
す。

筋にはさまざまな受容器がある
筋にはさまざまな受容器(感覚器)があります。
特に有名なのは、筋紡錘と腱器官です。
筋紡錘は数本の特殊化した筋線維が鞘に収まった形態をしていて、筋の長さ変化(伸張)を受容
する器官です。
腱器官は、主に腱や筋と腱の接合部周辺にあり、筋の張力を受容する器官です。
これらの器官のおかげで、反射によるすばやい筋力調節や、適切な筋緊張の維持が可能になり
ます。
その他、筋には「パチーニ小体」、「バリサード終末」、「遊離神経終末」などの受容器があります。
筋内の全感覚神経のうち、約30%はこれらの受容器からの信号を伝えると考えられています。

化学受容器とその受容体
これらの中で、遊離神経終末と呼ばれる構造は、筋内の化学的環境を受容するために重要と考
えられています。
III型感覚神経という細い神経線維の末端が幾重にも枝分かれし、筋内膜(筋線維を包み込む結
合組織の膜)に埋め込まれたようになっています。
ここ数年間の研究から、この神経終末部の細胞膜上には、多様な受容体タンパク質があることが
わかってきています。
例えば、「バニロイド受容体」、「プリン受容体」、「酸受容体」、「ブラジキニン受容体」などです。
これらに特定の化学物質が結合すると、穴が開くようにタンパク質の構造が変化し(「チャネルが
開く」)、カルシウムイオンやナトリウムイオンが細胞の外から内へ流入します。
こうした過程が、刺激の受容の第一ステップとなります。

さまざまな刺激が受容される
「バニロイド受容体」は、トウガラシのアルカロイドであるカプサイシンを結合しますが、熱や酸(水
素イオン)にも同様に反応します。
「プリン受容体」は、ATPやその代謝産物であるアデノシンを受容します。
「酸受容体」は主に乳酸を受容し、「ブラジキニン受容体」は、炎症反応に伴って生じるブラジキニ
ンという「痛み物質」の一種を受容します。
これらのことから、筋の中にある遊離神経終末は、熱やさまざまな化学物質を受容するという複
合的な機能をもつと考えられています。

筋内の環境は全身に影響を及ぼす
怪我をすると筋が持続的に痛むのは、こうした化学受容のためです。
一方、化学受容は中枢に痛感覚を生じる以外に、複雑な全身反応を引き起こします。
その全容はまだ明らかではありませんが、例えば筋が損傷すると、傷ついた細胞から流出した
ATPなどが受容され、信号が脳に伝えられて痛みを生じるとともに、オピオイド様物質(β-エンド
ルフィンやエンケファリンなど)を生成させます。
周知のようにこれらの物質は鎮痛作用をもちますが、自律神経系、内分泌系、免疫系などにも作
用することがわかってきています。
大きな怪我のような場合には、出血を抑えるように血圧を低下させたり、感染を防ぐために免疫
系を活性化したりします。
また、成長ホルモンなどの分泌も促しますが、これによって損傷部位の修復が増強されると考え
られます。

筋運動は全身的な効果をもつ
筋が運動すると、筋内の化学的環境が大きく変化します。
特に、レジスタンストレーニングのような強度の高い運動では、筋線維から乳酸、水素イオン、
アデノシンなどの物質が排出され、これらが遊離神経終末を刺激して、さまざまな全身性の
反応を誘発すると考えられます。
例えば、運動開始直後から、すみやかに心拍数が上昇するのは、こうした化学受容による反射の
効果と考えられています。
また、セット間の休息時間の短いトレーニングを行うと、交感神経の活性化や成長ホルモンの分
泌亢進が起こりますが、これにも筋内の化学受容が関与していると考えられます。
特に、加圧トレーニングやスロートレーニングの場合のように、筋の循環が制限された状態では、
生成された代謝産物などが除去されず蓄積しますので、こうした全身性の反応が著しく増強され
るのでしょう。
「トレーニングすると気分が良くなる」ことには、脳内オピオイド様物質の鎮痛作用が関与している
と考えられます。

マッサージや温熱療法との関連性
筋痛、筋疲労、全身疲労などを和らげるために、マッサージ、指圧、鍼灸、温熱療法などが用いら
れます。
これらは確かに効果があるのですが、そのメカニズムについては十分に解明されていません。
おそらく、神経終末が集まっている部分(いわゆる「ツボ」)を圧迫したり熱したりすることで、上記
のような全身性の反応を上手に引き出しているものと思われます。
こう考えると、レジスタンストレーニングそのものについても、上手に行うと筋にあるすべての「ツ
ボ」を一気に刺激するような効果があるのかもしれません。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース176号(2006年4月発行)より転載

内分泌器官としての筋

脂肪細胞は単にエネルギーを貯蔵するだけでなく、レプチン、アディポネクチン、レジスチン、
TNF-αなど約20種類に及ぶ物質を分泌し、これらが脳を含む他の器官のはたらきに影響を及ぼします。
中でも、レジスチンやTNF-αは,糖尿病や動脈硬化の直接の原因物質となることから、脂肪を増
やし過ぎないことが健康のたにも重要となるわけです。
一方、骨格筋も単なる運動器ではなく、さまざまな物質を分泌する内分泌器官としてはたらくので
はないかという発想も可能になります。
私自身はこうした着想をもって研究をしてきましたが、最近、全く同じことを考えている研究者が
世界にいることがわかりました。
Pedersenというデンマークの免疫学者のグループです。
そこで今回は,最近の研究をもとに、「筋が運動すると、健康によい物質を分泌するのではない
か?」という可能性について探ってみます。

運動すると筋はいろいろな物質を出す
筋が運動すると、何種類かの「成長因子」と呼ばれる物質を分泌します。
例えば、強い筋運動によって、ミオスタチンという成長因子の生成・分泌が低下し、IGF-I(インスリ
ン様成長因-I)の生成が増加します。
また、私たちの最近の研究から、血管を新生するはたらきをもつVEGFという成長因子の生成も
増えることがわかりました。
ミオスタチンは筋の成長・肥大を抑制し、IGF-Iはこれを促進しますので、これらの物質は、運動や
トレーニングに適応して筋が肥大するという、局所的適応を担っているものと考えられます。

内分泌器官の条件
内分泌器官は、ホルモンを分泌する器官です。
ホルモンは、全身を循環し、他器官のはたらきを微量で調節する物質をいいます。
上に挙げた成長因子は、微量でさまざまな細胞の機能を調節する物質ですので、ホルモンにもな
りえます。
しかし、筋が分泌した成長因子が、筋以外の器官に作用を及ぼさなければ、「筋が内分泌器官で
ある」とはいえません。
脂肪組織が分泌するレプチンは、中枢神経にはたらいて食欲を抑えたり、行動活性を高めたりし
ますので、脂肪組織は立派な内分泌器官といえます。

最初の「ミオカイン」:IL-6
以前から、筋運動後に、インターロイキン-6(Interleukin-6;IL-6)という物質の血中濃度が上昇す
ることが知られています。
インターロイキンとは、「白血球の間で情報伝達をするタンパク質」という意味で、炎症、浮腫など
の一連の免疫反応が起こるときに白血球から分泌される「サイトカイン」の一種です(上記の成長
因子もサイトカインに含まれます)。
筋運動後に増加するIL-6も、筋の微小損傷に伴って起こる免疫反応によるものと考えられてきま
した。
しかし、Pedersenら(2005)は、筋が運動すると、1)筋損傷とは無関係に筋線維そのものから
IL-6が分泌されること、2)こうして増加した血中IL-6が、血管壁に対して炎症を起こしにくくする作
用(抗炎症作用)をもち、動脈硬化を予防する効果があること、を示しました。
このことは,筋が内分泌器官でもあることを強く示唆します。
彼らはまた、脂肪から分泌されるレプチン、レジスチンなどのサイトカインが「アディポカイン」と総
称されるのにならい、筋から分泌されるサイトカインを「ミオカイン」(myokaine)と呼ぶことを提唱
しています。

IL-6のさまざまな効果:「部分やせ」は可能だ
炎症反応の進行に伴い、インターロイキンはIL-1からIL-10まで、番号順に作られていきます。
IL-6は、炎症中期に現れることから、炎症反応の収束にかかわると考えられます。
したがって、筋が運動後、IL-1などを経由するとなくIL-6を分泌すると、抗炎症効果をもたらすので
しょう。
また、IL-6は,1)肝臓にはたらいてグリコーゲン分解を促進する、2)脂肪細胞にはたらいて脂肪
分解を促進する、3)脳にはたらいて「疲労感」を引き起こしたり、神経細胞のアポトーシス(プログ
ラム死)を防いだりすることなどが示唆されています。
これらの点については、まだ実証されたわけではありませんが、筋から分泌されるIL-6が脂肪分
解を促進するとなれば、当然よく動かした筋の近傍にある脂肪は落ちやすいことになります。
つまり、「部分やせ」が可能なことになるでしょう。

筋を動かすことが健康につながる?
これまでのところ、「ミオカイン」と呼べるものはIL-6のみですが、それでも肥満、動脈硬化、認知
症などを防ぐ効果のある物質を筋が分泌することになります。
さらに、IGF-IやVEGFをはじめとしたさまざまな成長因子が、他器官にも影響を及ぼすことが実
証されれば、これらもミオカインの仲間入りをすることになるでしょう。
全く新しい物質が発見される可能性もあります。
筋は体重の約40%もの割合を占めますので(30歳台の男性)、全身の筋をよく動かすトレーニン
グは、まさに「最大の内分泌器官」を活性化し、「健康に良い物質」の分泌を促すことになるでしょ
う。
また、高強度の運動を伴わずに、筋にこれらの物質を効率的に分泌させる方法が開発されれ
ば、最先端医療にもつながる可能性があり、実際にそのような研究を行っているところです。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース172号(2005年8月発行)より転載

「下り坂運動」が糖尿病を予防する

2005年の米国心臓学会大会でオーストリアの Drexelらが報告した研究結果がきっかけとなり
「下り坂運動」の糖尿病予防効果が注目されてきています。

下り坂運動が耐糖能を高めた
Drexelらはスキーリゾートを利用し、普段運動をしていない被検者45名に、2ヶ月間ずつ、2種類
の運動をさせました。
ひとつは、歩いて山を登り、スキー用のリフトで下りるというもの。
もうひとつは、逆に同じ山をリフトで登り、歩いて下りてくるというものです。
これらを週3-5日行わせ、それぞれの2ヶ月の前後で、糖代謝と脂質代謝の変化を調べました。
当初彼らは、「上り坂トレーニング」のみに効果があるものと予測していましたが、結果は全く予想
外のものだったそうです。
血中トリグリセリド(中性脂肪)濃度は、予想通り「上り坂トレーニング」後にのみ低下しました。
しかし、グルコースを摂取したときに血糖値を維持する能力(耐糖能)は、「下り坂トレーニング」後
にのみ著しく向上しました。
耐糖能は血糖の取り込み能力に関わり、これが低下することがII型糖尿病のはじまりといえます
ので、「下り坂トレーニング」は糖尿病の予防に効果的なことが示唆されます。

コンセントリックとエキセントリック
筋の収縮形態には、筋が短縮しながら力を発揮する短縮性収縮(コンセントリック収縮)と、筋が
伸張されながら力を発揮する伸張性収縮(エキセントリック収縮)があります。
バーベルを持ち上げるのはコンセントリック、ブレーキをかけながら下ろすのはエキセントリックと
なります。
山を歩いて下ったり、スキーで滑り降りたりする場合は、全体として見ると、筋をブレーキとして使
うのでエキセントリックです。
山を下ることは、エネルギー的に見れば、山から一気に飛び降りるのと同じです。
ただし、飛び降りた場合には、体が山頂にいるときの位置エネルギーのすべてを着地の瞬間に
吸収するため、粉々に壊れてしまいます。
歩いて下りれば、このエネルギーを一歩一歩に分散して受け止められます。
スキーの場合も同じです。

エキセントリック収縮の3つの特徴
筋をブレーキとして使うエキセントリック収縮には、3つの特徴があります。
まず、エネルギー消費が少ないこと。
上記のように、エキセントリック収縮では、外界からエネルギーを与えられますので、筋としてのエ
ネルギー消費もきわめて小さくなります。
この外界から与えられたエネルギーのうち、大部分は筋中の微細構造に吸収されます。
そこで、筋の微小な損傷が生じ、その周辺に炎症が起こって遅発性筋痛、いわゆる「筋肉痛」に
なります。筋の微小損傷と遅発性筋痛を起こしやすい、これが2番目の特徴です。
3番目の特徴は、「速筋線維の優先的動員」です。
コンセントリック収縮では通常、エネルギー効率のよい遅筋線維から優先的に使われ、負荷が大
きくならないと速筋線維は使われません。
一方、エキセントリック収縮では、負荷が小さくとも速筋線維から優先的に動員されることが、筋
電図解析によって明らかにされています。
確かに、筋をブレーキとして使うのであれば収縮の速い速筋線維から使った方がより安全で確実
でしょう。

エネルギー代謝との関連性
エキセントリック収縮で優先的に使われる速筋線維は、糖を主なエネルギー源とします。
したがって、エキセントリック収縮を繰り返すようなタイプのトレーニングを行うことによって速筋線
維の肥大や機能向上が起これば、血糖の吸収能も向上することが期待されます。
特に、大腿四頭筋や大殿筋のように大きな筋が血糖をよく取り込むようになれば、全身的な耐糖
能の改善にも効果的と考えられます。

短期的には逆効果も
一方、Sherman ら(1992)は、高強度のエキセントリック運動を1回行った後に、全身の糖代謝が
どのように変わるかを調べています。
彼らは上記と全く逆の結果を得ており、遅発性筋痛が起こっているような状態では耐糖能が低下
すると報告しています。
これはおそらく、筋線維に微小な損傷が起こっている状態では、筋線維の活動そのものが低下す
るために、糖の取り込み能も一時的に低下するのであろうと考えられます。
したがって、Drexel らの研究結果は、あくまでも長期的なトレーニング効果とみなすべきでしょう。

健康づくりのためのヒント
これらの研究は,健康づくりのためのいくつかのヒントを与えてくれています。
まず、糖尿病や循環器の疾病のため、きつい運動ができない人でも、「階段下り」や「坂下り」のよ
うに、エネルギー的に「楽な」運動であればできる可能性があります。
このことは、オフィスビルで働く方々にも朗報かもしれません。
また、健康づくりのためのトレーニングでも、適度のエキセントリック収縮は利用すべきでしょう。
ただし、やりすぎて筋痛がおさまらないような状態になると、かえって逆効果となりますので、注意
も必要です。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース175号(2006年2月発行)より転載

運動・トレーニングが遺伝子を変える?

以前、「Q & A 運動と遺伝」という本を監修しました(大修館,2001)。
その中に「運動は遺伝子を変えるか?」という項目があり、「運動は遺伝子のはたらきを調節するが、
遺伝子そのものは変えない」と解説しました。
これは基本的に正しいのですが、最近の研究から,運動などの環境要因が遺伝子自体の構造を変
えるという、驚くべきことが起こる可能性も示されています。

運動能力と遺伝子
運動能力には遺伝的素質が関係しています。
実際にどのような遺伝子が関係しているかについても研究が進み、100を超える遺伝子がその候補
に上がっています。
筋の構造タンパク質である「α-アクチニン3」や、筋の成長を抑制するタンパク質である「ミオスタチン」
をつくる遺伝子は、その代表例といえるでしょう。
これらの遺伝子には「多型」といって、個人間に小さな差異があり、つくられるタンパク質の機能にも
個人差が生じます。

遺伝子の発現とその調節
ヒトには約3万個の遺伝子があります。
しかし、すべての遺伝子が常時はたらいているわけではなく、必要なときに必要な遺伝子がはたら
き、目的とするタンパク質がつくられます。
遺伝子からタンパク質がつくられることを「遺伝子の発現」といい、遺伝子発現のスイッチをオンに
したりオフにしたりすることを「遺伝子発現の調節」といいます。
例えば、筋力トレーニングをすると、筋ではその成長を促すIGF-IやIGF-IIなどの成長因子の遺伝子
発現が上昇し、逆に筋の成長を抑制するミオスタチンの遺伝子発現が低下します。
これらの遺伝子に多型があれば、同じトレーニングをしても、その効果には個人差が生じることになります。

トレーニングの「くりかえし効果」と「長期記憶」
上記のメカニズムは遺伝子のはたらきの基本ですが、実はトレーニングの効果を完全には説明できません。
経験からわかるように、筋力トレーニングを1回行っても、その効果はすぐには現れません。
4週間、8週間とトレーニングを続けることで初めて、筋の成長に関連した遺伝子の発現に持続的な
変化が現れます。
これを「くりかえし効果」と呼ぶことができます。
一方、2回/週以上の頻度でトレーニングを行って増加した筋力は、その後1回/週程度に頻度を落
としても維持できたり、トレーニングのキャリアが長いほど、トレーニングを中断した後の筋力低下の
速度が遅かったりします。
これは、トレーニング効果の「長期記憶」と呼ぶことができます。
いずれも,単純な遺伝子発現の調節では説明できず、未解明の問題です。

一卵性双生児の共通点と相違点
これらの問題に対するヒントが、Estellerら(2005)による一卵性双生児の研究の中に隠されています。
一卵性双生児は、全く同一の遺伝子をもっています。
Komiら(1976)の研究によれば、筋の速筋線維と遅筋線維の割合も、一卵性双生児では同じになります。
したがって、運動機能でも類似している可能性が高く、マラソンの宗兄弟などはそのよい例といえます。
一方、疫学的研究から、一卵性双生児が必ずしも同じ病気で死亡するわけではないことなども知られています。
Estellerらは、80組の一卵性双生児について、全ての遺伝子の発現を網羅的に調べました。
その結果、たとえ遺伝子は同じでも、個々の遺伝子の発現には差があり、その差が年齢とともに
大きくなることがわかりました。
この結果は、生活環境の違いが、蓄積的に、そして長期にわたって遺伝子発現に影響を及ぼす
ことを示唆しています。
運動やトレーニングにも同様の効果があるものと考えられます。

環境が遺伝子を変えるしくみ
このように、環境が長期にわたって遺伝子発現に影響を及ぼすしくみに、遺伝子の構造の変化が
関わっているという説が提唱されています。
とはいっても、遺伝情報そのものが「書き変えられる」わけではありません。
遺伝子はDNAでできた長い糸状構造をしています。
この糸の上に遺伝情報が一列に並んでいる、いわば長い磁気テープのようなものです。
細胞の核の中では、この長いDNAの糸が、「ヒストン」という「糸巻き」のような形をしたタンパク質に
巻きとられ、整然とコンパクトに収納されています。
環境の刺激が加わると、隣り合う糸上のDNAどうしが、「メチル化」という反応によって結合することが
起こります。
さらに、ヒストンにも徐々に変化が起こり、別種のタンパク質がこれに結合することで、「ケバケバ」が
生えたようになります。
これらの構造変化が起こると、DNAの糸が「ほぐれにくく」なります。
その結果、特定の遺伝子の発現が長期にわたって抑制され、相補的に別の遺伝子の発現が
増強されるのではないかと考えられています。

継続と習慣化の重要性
こうした遺伝子の構造変化は、まだ仮説の段階ですが、2つの重要なことを示唆しています。
ひとつは、遺伝子は必ずしもスポーツ能力の決定的要因ではないこと。
もうひとつは、運動やトレーニングを継続し、習慣化することの重要性です。
それにより、運動の効果が遺伝子上にある程度定着する可能性も考えられます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース177号(2006年6月発行)より転載

メタボリックシンドロームになりやすい体質

最近、「メタボリックシンドローム」ということばをよく耳にするようになりました。
これを日本語に直訳すると「代謝性症候群」となり、「糖質,脂質などの代謝の問題に起因する
インスリン抵抗性,高血圧,高脂血症などの疾病」ということになります。
放置すると、糖尿病,動脈硬化,心筋梗塞,脳血管障害などの重篤な生活習慣病につながります。
一方、こうした状態は内臓脂肪の蓄積と密接な関係があることから、「内臓脂肪症候群」と
訳される場合が多いようです。
最近の研究から、このメタボリックシンドロームになりやすい体質に関する理解が進んできましたので、
今回はこの点についてご紹介します。

内臓脂肪が問題となる理由
内臓脂肪の由来については、正確には分かっていませんが,元来腸間膜などに微量に存在していた
脂肪前駆細胞や多能幹細胞(何種類かの細胞に分化する能力を持った細胞)、骨髄で作られ全身を
循環する多能幹細胞などの細胞が増殖し、脂肪となったものと考えられています。
こうした若い脂肪組織は内分泌活性が高く、以前ご紹介したように、レジスチン、TNF-α、
インターロイキン-1、PAI-1、などの「アディポカイン」という物質を多量に分泌します。
これらの物質は,インスリン抵抗性、糖尿病、動脈硬化などの直接の原因となります。
一般に女性は皮下脂肪の細胞数が多く、脂肪のキャパシティーも大きいために内臓脂肪が付きにくく、
逆に皮下脂肪のキャパシティーの小さな男性は内臓脂肪が付きやすいと考えられます。
疫学的調査から、厚生労働省では、ウエストサイズが男性で85 cm、女性で90 cm を超えると
メタボリックシンドロームの危険性が高いと規定しています。

β3-受容体の多型
遺伝子の変異が1%以上の頻度で起こる場合、これを「多型」といいます。
特に、DNA配列をつくる塩基が1個だけ置き換わった多型を「1塩基多型」
(single nucleotide polymorphism: SNP)といいますが、
ヒトの全ゲノム上には約一千万か所のSNPがあり、体質や素質を含む個性の源と考えられています。
肥満体質に関連したSNPとして最もよく知られるものが、「β3 アドレナリン受容体」(β3-AR)をつくる
遺伝子の多型です。
この多型は最初、肥満が多いピマインディアンで見つかったもので、1個の塩基の置換により、
64番目のトリプトファンというアミノ酸がアルギニンに変わってしまいます。
その結果、β3-ARの機能が著しく低下します。
β3-ARは脂肪細胞の細胞膜にあり,アドレナリンやノルアドレナリンを受容すると、
細胞内で中性脂肪を分解する酵素「ホルモン感受性リパーゼ」を活性化します。
したがって、このSNPは脂肪分解活性の低下につながります。
実は、日本人にもこのSNPが多く、34%の人が持っています。
Sakane(2001)の調査によれば、このSNPを持つ人は、そうでない人に比べて
内臓脂肪量が平均で50%多いとされています。
さらに、このSNPを持つ人は、安静時代謝が約200 kcal/日低いと報告されています。

脱共役タンパク質の多型
脱共役タンパク質(uncoupling protein: UCP)はミトコンドリアという細胞小器官にあって、
有酸素性代謝とATP合成反応の間の共役を妨害し、栄養素のエネルギーをすべて熱にしてしまう
タンパク質です。
エネルギーの浪費のようですが、体温の発生に重要です。
UCP-1は「褐色脂肪」,UCP-2は白色脂肪、UCP-3は主に筋肉にあります。
このうち、遺伝子多型がよく研究されているのはUCP-1です。
UCP-1の遺伝子には、3826番目の塩基がアデニンからグアニンに置き換わったSNPがあり、これによって
正常なUCP-1ができなくなってしまいます。
日本人の24% がこのSNPを持っています。ヒトでは、褐色脂肪は胸からわきにかけて40g
程度しかありませんが、UCP-1のはたらきによって、体熱生産のうちの約20%を担っています。
基礎代謝のうち約60%は体熱生産に使われますので、UCP-1のSNPによって、
基礎代謝が(60%×20%)=12%、すなわち100 kcal/日以上低下します。

脂肪細胞を増殖させるPPAR-γ
反対に,プラスの効果をもつSNPもあります。
PPAR-γと呼ばれるタンパク質は、脂肪前駆細胞やその他の幹細胞が脂肪細胞に分化するときに重要な
はたらきをします。
すなわち、脂肪細胞の増殖そのものに関係しています。
このタンパク質には、12番目のプロリンがアラニンに置き換わるSNPがあります。
PPAR-γ欠損マウスは,高脂肪食でも太らないため、ヒトでも「太りにくい体質」に
関係しているものと想像されています。

ケーキ1個分のハンディ
上のβ3-ARとUCP-1について見ると、日本人のうち(34%×24%)=8.2% の人は、双方が正常型の
人に比べ、安静時代謝が少なくとも300 kcal/日低いということになります。
1日あたりケーキ1個分のハンディといえます。
たかがケーキ1個分ですが、体脂肪に換算すると、約40 gになります。
1年では,体脂肪約14 kg です。
運動に換算すると、約5 km/日 のジョギング(体重60kgの場合)に相当します。
このように考えると、メタボリックシンドローム予防のためには、まず自分の遺伝的特性を
知っておくことが有用と思われます。
若い人の場合、普段は太っていなくとも、活動量が減ったときに太りやすい傾向があると要注意でしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース178号(2006年8月発行)より転載

運動・トレーニングと体内環境:(2)トレーニング効果の「転移」現象

前回、筋損傷からの回復過程が、何らかの循環因子(血液中の因子)によって促進され、
この因子が加齢とともに減少するという研究をご紹介しました。
このことは、レジスタンストレーニングによる筋肥大効果が、同様の循環因子によって
左右される可能性も示しています。
そこで今回は、この点に関連した、私たちのグループの研究についてご紹介します。

筋力の「交叉転移」
片側の腕や脚にトレーニングを行うと、トレーニングしていない、反対側の腕や脚の
筋力も若干増大するという現象は古くから報告されており、筋力の「交叉転移」と
呼ばれてきました。
こうした現象は、主に筋力発揮のための中枢神経系の学習効果によるものと考えられ、
「交叉学習」とも呼ばれます。

筋肥大は転移するか?
一方、トレーニングの筋肥大効果は他の筋に転移するのでしょうか?
もしそのようなことを起こすことができれば、障害を受けた筋の治癒を促進したり、
トレーニングしにくい筋の肥大を増強したりするために利用可能と考えられます。
しかし残念ながら、筋肥大効果の転移を示す研究はこれまでにひとつもなく、
そのことが、筋力の交叉転移を中枢神経系の学習効果によるものとする有力な
証拠となってきました。

脚のトレーニング効果が腕に転移した
私たちの研究グループでは、ここ10年以上にわたって、「加圧トレーニング」の
研究を進めてきました。
現在ではすっかり有名になりましたが、このトレーニング法は、最大挙上負荷の
20%(20%1RM)というきわめて低負荷でも筋力増強と筋肥大を引き起こします。
また、種々の局所性成長因子に加え、成長ホルモン、アドレナリンなどのホルモンの
分泌を強く刺激するという特徴をもちます。
そこで私たちは、加圧トレーニングを用いることで、
筋肥大効果の転移が見られるかもしれないと考え、次のような実験を行いました。
まず、2つのグループに、同じ上腕二頭筋の低負荷トレーニング(50%1RM)を行わせ、
続けて一方のグループ(加圧群)に大腿筋の加圧トレーニング(強度30%1RM)、
他方のグループ(通常群)に大腿筋の通常トレーニング(強度30%1RM)を行わせました。
3ヶ月後、加圧群でのみ大腿筋が肥大しましたが、同時に、加圧群でのみ上腕二頭筋の
肥大と筋力増加が認められました(Madarameら、2008)。
極端な言い方をすれば、脚の筋肥大効果が上腕の筋に転移したということになります。
こうした効果には、全身を巡る循環因子が関与していると考えるのが最も自然です。

低負荷でも運動刺激は不可欠
一方、大腿筋の加圧トレーニングを行っても、上腕二頭筋のトレーニングを
全く行わなかった場合には、筋力増加も筋肥大も起こりませんでした。
つまり、この実験では、上腕二頭筋に対して、
「通常では筋肥大を引き起こさない強度」のトレーニングを負荷した点が
キーポイントとなっています。
したがって、筋肥大には、たとえ負荷強度は低くとも、運動やトレーニングに伴う
局所的刺激が不可欠であり、その条件下で何らかの循環因子が作用すると、
筋肥大が強く増強されるということになります。おそらく、運動刺激と循環因子は、
「AND」の理論関係になっていて、生体内では、両方の条件が満たされることで
「本当に必要な部分の筋が的確に肥大する」という仕組みを形成しているのでしょう。
本来の適応の仕組みからみて、「脚のトレーニングをしたら腕まで太くなった」ということが
起こってしまうと、生体にとってはかえって不都合といえます。

効果の本体は不明
このような筋肥大の効果転移に、どのような循環因子が関与しているかは、実際のところ不明です。
加圧トレーニングには、成長ホルモンやIGF-1(インスリン様成長因子)などの分泌を
強く刺激するという特徴がありますので、これらのホルモンが関与している可能性はありますが、
確かではありません。
以前ご紹介した、運動によって筋から分泌される循環因子(マイオカイン)かもしれませんし、
全く未知の新規因子かもしれません。その本体を解明するための研究がスタートしたばかりです。

トレーニングプログラムへの応用
最後に、筋肥大の効果転移を、通常のトレーニングプログラムにどのように
応用可能かを考えてみましょう。
まず、脚筋などの大筋群を対象とした、大容量のトレーニングほど、ホルモンなどの分泌を
強く促すと考えられます。
したがって、スクワットのような種目を上手く利用することが重要でしょう。
例えば、胸や上腕の筋量が不足しているという課題がある場合、これらの部分の
トレーニングのみをセパレートして集中的に行うより、同一のセッション内で
スクワットなどの種目と組み合わせた方が、より効果的である可能性があります。
これは、従来の考え方には反するかもしれません。
また、体幹深部筋などのように、トレーニングしにくい部位や筋肥大効果が得にくい部位の
トレーニングを、スクワットなどと組み合わせて行うことで、筋肥大効果を助長できる
可能性が考えられます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース186号(2008年9月発行)より転載

運動・トレーニングと体内環境:(1)加齢とトレーニング効果

最近、京都大学のグループが開発した、皮膚由来の多能性幹細胞(iPS細胞)が
大きな話題となりました。
原理的には、どの組織・器官も再生できる細胞集団を、本人の皮膚からつくることができますので、
再生医療にとって画期的な技術と考えられます。
一方、多能性幹細胞を予定どおりに目的の器官に分化させるには、細胞の周囲の環境が
重要となりますが、この点については、まだまだ課題が多く残されています。
こうした細胞周辺の環境は、運動・トレーニングの効果、老化、栄養などにも密接に
関係していると考えられます。
そこで、今回と次回にわたり、体内環境をつくる要素である循環性因子(血液中の因子)と
老化、トレーニング効果の関連について考えてみようと思います。

若いマウスと老齢マウスをつないでみる
スタンフォード大のConboyら(2005)は、科学雑誌「ネイチャー」に、きわめて興味深い
研究結果を報告しています。
彼らは、2匹のマウスの腹部の血管どうしをつなぎ合わせ、血液循環を共有させる実験系
(parabiosis)を用いました。
若いマウスと若いマウス(Y-Y)、若いマウスと老齢マウス(Y-O)、
老齢マウスと老齢マウス(O-O)をつなぐペアをそれぞれつくります。
そして、ペアの片方の後肢筋にドライアイスを当てて小さな筋損傷を起こさせ、
その修復過程を調べたのですが、それぞれのペアでどのような差が出たでしょうか?

老齢マウスの筋の回復力が増した
筋が損傷を起こすと、筋の幹細胞である筋サテライト細胞が刺激され、増殖・融合して
新しい筋線維をつくります。
通常の若い個体では、損傷後5日くらいで、筋サテライト細胞がさかんに増殖している様子が
観察されます。
程度こそ違いますが、強いトレーニングを行った後にも、同様の過程が進行します。
さて、Y-Yのペアでは、損傷後5日目で良好な筋サテライト細胞の増殖が観察されましたが、
O-Oのペアでは、細胞の増殖はあまり起こっていませんでした。
一方、Y-Oのペアで、老齢マウス(O)の方の筋に損傷を起こさせると、Y-Yのペアと
ほとんど同程度の細胞の増殖が起こりました。
すなわち、若いマウスの血液が混ざることで、老齢マウスの筋の修復能力が
改善したことになります。

細胞ではなく血液に問題があった
ところが、ここで一つ疑問が生じます。血液中に骨髄由来の多能性細胞があって、
若いマウスの血液中のこうした細胞が、老齢マウスの筋の中に移動して増殖したのではないか、
という可能性です。
そこで、Conboyらは、若いマウスのすべての細胞を予め蛍光タンパク質で標識しておくことで、
老齢マウスの筋で増殖した細胞が、蛍光を発しない、老齢マウス自身の
筋サテライト細胞であることを示しました。
さらに、筋からサテライト細胞を単離して培養し、老齢マウス由来の筋サテライト細胞に
若齢マウスの血清を加えると増殖がさかんに起こること、若齢マウス由来の筋サテライト細胞に
老齢マウスの血清を加えると増殖が抑制されることを示しました。
以上の結果は、加齢によって筋の修復能力が低下すること、その原因は筋サテライト細胞自身に
あるのではなく、血液中の何らかの循環性因子にあることを示しています。

何が効いているのか?
では実際に効いている循環性因子は何でしょうか?この答えについては、
現在のところ全くわかっておらず、候補を完全に絞り込むまでにはもう少し時間がかかりそうです。
しかし、とりあえず、血液中にあり、筋サテライト細胞の増殖に関連のありそうな物質で、
しかも加齢とともに減る物質に着目することは意味のあることでしょう。
その一番手としては、インスリン様成長因子(IGF-I)が上げられます。
これまで何度かご紹介したように、IGF-Iは筋サテライト細胞の増殖を促します。
循環性のIGF-Iは、主に成長ホルモンの刺激を受けて肝臓から分泌され、
成長ホルモンもIGF-Iも加齢とともに分泌量が激減します。
しかし、老齢マウスの血清中のIGF-Iが減っているかどうかは簡単に調べられますし、
Conboyらの論文にそのことが全く触れられていないことから類推すると、
事はそう単純ではないのかも知れません。

加齢とトレーニング効果
筋の修復能力に限らず、全身の老化が、血液中の循環性因子の変化によるものであるとする
考え方は昔からあり、「老化のシステミック・コントロール学説」と呼ばれています。
特に、血中のホルモンは微量で全身の器官に強い影響を及ぼすために着目されてきました。
今回ご紹介した研究は、必ずしもこの学説を支持するというわけではありませんが、
血液中に含まれる何らかの因子が筋の修復能力を左右していることを明らかにした点で重要です。
よく、「年をとったので筋肉痛がなかなかとれない」とか、
「年をとるとトレーニングしても筋肉がつきにくい」などという言葉を耳にします。これらは、
おそらく実際にあり得ることで、しかも筋自体に問題があるのではなく、
循環性の因子の方に問題がある可能性が高いと思われます。
高齢期のトレーニングでは、筋に過度のストレスをかけず、自律神経や内分泌系の活性化に
効果のある方法が有用といえるでしょう。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース185号(2008年5月発行)より転載

エアートレーニング!?

07年の11月に、「筋肉まるわかり大事典(第2巻)」という本を出版しました。
既刊の第1巻の続編で、質問に対する回答という形式をとっていますが、
編集者の方の持ってくる質問の中には答えに窮するものも多く、苦労しました。
そのひとつに、「エアートレーニングとは?」というのがありました。
どうやら、「エアーギター」のように、バーベルを持ったつもりで行う
トレーニングのようでした。
その時点では、何やら怪しげに思えましたので、「コアートレーニングの間違いでは?」
などといって、結局この項目は没になりました。
しかしその後、別の総説を執筆している最中に、ひょっとすると「エアートレーニング」は
可能かもしれないという発想に至りました。

筋力増強・筋肥大のトレーニング条件
ご存じの通り、筋力を高めたり、筋を肥大させたりするためには、いくつかの条件を
満たす必要があります。
通常のアイソトニックトレーニングの場合には、
1)負荷強度として65%1RM(1RMは最大挙上負荷重量)以上を用い
2)最大反復回数(RM)ないしそれに近い反復回数で
3)3セット以上行う
という条件です。
これは、多数の実験結果にもとづく「最低保証ライン」のようなもので、
アメリカスポーツ医学会(ACSM)が定めるスタンダードにもなっています。

なぜ負荷が小さいとだめなのか
最低でも1RMの2/3の負荷強度が必要なことを説明する生理学的メカニズムは、
筋線維の動員順序にあります。
トレーニングによって肥大するのは主に速筋線維ですが、通常の筋力発揮では、
遅筋線維から優先的に動員されます。
つまり、大きな力を発揮しないと、速筋線維は使われないので、
トレーニング効果も現れないということになります。
ところが、事はそう単純でもありません。
例えば、40%1RMの負荷で50回ほど反復をすれば、最後の疲労困憊に近いところでは
速筋線維を使わざるを得ない状態になりますが、筋肥大や筋力増強効果はあまり得られません。
おそらく、負荷の大きなトレーニングの各セットで、筋の中の速筋線維を
くまなく使いきること、しかも1セットだけでなく、繰り返し何度も疲労困憊にまで
追い込むこと、という代謝的な要素が重要であろうと考えられます。

筋を手っ取り早く疲労に追い込む技術:加圧トレーニングとスロー法
低負荷で筋が肥大する「加圧トレーニング」は、手っ取り早く、しかも繰り返し速筋線維を
疲労に追い込む技術ということができます。
この方法では、筋の静脈を加圧によって制限しますので、筋の中がきわめて低酸素状態に
なります。
こうした状態では、有酸素性代謝に依存する遅筋線維はすぐに機能低下しますので、負荷が
軽くとも速筋線維に頼らざるを得なくなります。
「スロトレ」で知られる「筋発揮張力維持スロー法」(TanimotoとIshii, 2006)では、
外的な加圧は用いませんが、筋自体の収縮による内圧上昇を利用して筋内循環を
制限することで、加圧の場合と同じようなメカニズムがはたらきます。

拮抗筋を負荷として利用する
「スロトレ」の場合、確かに負荷は低くすることが可能ですが、最低限、「筋内圧によって
循環が制限されはじめる負荷強度」が必要です。これは、1RMの40〜50%になります。
したがって、いくら「スロトレ」でも、これ以下の負荷、まして「空気」では
負荷になりえないと考えられます。
ところが最近、丹羽と高柳(2006)は、30%1RMのレッグエクステンションを
「ゆっくりとした動作」で行わせることで、大きな筋力増強が認められたと報告しています。
この研究では、拮抗筋であるハムストリングスの活動に着目していて、
30%1RMでトレーニングしている時には、ハムストリングスの活動が上昇し、
同時に主動筋である大腿四頭筋の筋活動もきわめて強くなっています。
つまり、拮抗筋の活動を負荷として利用していることになります。

軽い負荷、スローで「意識」すること
丹羽と高柳の研究には、「スローに行う」以外に、
「主動筋に意識を集中する」というポイントがあります。
科学的に扱いにくいポイントですが、これが「主動筋をより強く活性化する」ことに
つながれば、重量の相対負荷が小さくなりますので、必然的に挙上速度が増すことになります。
ここであえて「スローに行う」ためには、拮抗筋でブレーキをかける必要性が
生じるものと思われます。
一方、70%1RMという高強度で行った場合には、「意識」をしても拮抗筋の活動は
上昇しませんでした。
これは、「相反抑制」といって、主動筋が強く収縮したときに、拮抗筋に対して
邪魔をしないように抑制をかける反射がはたらくためだと思われます。

究極の「エアートレーニング」
このように考えると、「エアートレーニング」は可能でしょうが、相反抑制という
自然な生理機能と、どのように折り合いをつけるかが問題となると思われます。
特に、主動筋自体の筋活動がきわめて高い状態でできるかどうかは、それなりに訓練が
必要でしょう。
ボディビルの「ポージング」は、最大限に筋を緊張させながら止まっていたり、
ゆっくりと動いたりしますので、「究極のエアートレーニング」といえるかもしれません。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース184号(2008年2月発行)より転載

レジスタンストレーニングは基礎代謝を本当に上げるか?

先日、ある講習会で、「レジスタンストレーニングによって基礎代謝が上がるという先生と、
上がらないという先生がいるが、どちらが正しいのか?」と質問されました。
実際、これまでの多くの研究が、レジスタンストレーニングによって代謝(エネルギー消費)が
上昇することを報告していますが、これに反論する研究報告もあります。
また、「基礎代謝アップ!」というキャッチコピーがむやみに氾濫している感も否めません。
そこで今回は、トレーニング、筋肉量、代謝の関係について、
改めてまとめてみることにしました。

基礎代謝と安静時代謝
代謝は大きく、基礎代謝、安静時代謝、活動時代謝に分けることができます。
基礎代謝とは、生命の維持に必要な最小限の代謝をいい、

1)前日の夕食後から12時間以上絶食
2)横臥位で安静
3)覚醒している
4)室温20℃

という条件で測ります。
安静時代謝は、椅子に安静に座っている状態で測り、基礎代謝より20%ほど高くなります。
これは主に、座位による循環器への負荷と、姿勢維持のための筋活動による増加分です。
基礎代謝は微妙な条件の違いによって変動するため、正確に測定することがむずかしく、
研究でも安静時代謝の方が好んで用いられるようです。

基礎代謝に影響を及ぼす要因
基礎代謝を測るときには、基本的に呼吸筋を除く骨格筋は弛緩しています。
したがって、基礎代謝は体温維持のための熱生産、神経系の活動、呼吸・循環、
肝臓や腎臓の活動などによりますが、その60%近くは、熱生産とされています。
骨格筋は大部分弛緩しているものの、脱共役タンパク質(UCP-3)というタンパク質の
はたらきによって熱を生成し、体熱生産のうちの約60%を担っていると考えられています。
これらのことから、骨格筋は基礎代謝のうちの約30%を担っていると推測されます。
一方、筋、肝臓。腎臓、褐色脂肪などでの熱生産は、甲状腺ホルモンや交感神経活動によって
高まりますので、内分泌活性や自律神経活性も基礎代謝に影響を及ぼします。

筋肉量と基礎代謝
一般成人男性では、基礎代謝量は1600 kcal/日ほど、筋肉量は体重の約40%と
されています。
体重60kgの場合、24 kgの筋で1600 kcalの30%、すなわち480 kcal を生成することになり、
単純計算で、筋肉1 kg当たり20 kcal/日程度のエネルギーを消費すると推定されます。
したがって、レジスタンストレーニングによって筋肉量を1 kg増やすと、基礎代謝量は
20 kcal/日程度増える勘定になりますが、これは期待するほど大きな数字では
ないかもしれません。

肯定的な研究
レジスタンストレーニングによって代謝が増えることを具体的に示した最初の研究は、
Pratleyら(1994)によるものでしょう。
彼らは、50~65歳の男性を対象に、16週間の高強度トレーニングを行わせました。
その結果、筋力が約40%、除脂肪量が約2 kg、安静時代謝が
約500 kJ/日(約120 kcal/日)増加しました。
すなわち、筋肉量1kg当たり約60 kcal/日の増加が期待されることになります。
一方、トレーニング前後で、除脂肪量当たりの安静時代謝を比べてみると、
これも有意に増加していました。
そこで、安静時の血中ホルモン濃度を調べてみると、ノルアドレナリン濃度が
約36%上昇していました。
このような結果から、トレーニングによる安静時代謝の増加は、筋肉量の増加と、
交感神経活性の上昇の複合効果によるものであることが示唆されます。
その内訳は、上述の熱生産から推定すると、筋肉量の増加による部分と交感神経活性の
上昇による部分が半々くらいとなるでしょう。
この研究とほぼ同様の結果が、61~77歳の高齢男女(Hunterら、2000)、
平均年齢20歳の若年男性(Dolezal& Potteiger、1998)を対象とした研究などでも
報告されています。
Hunterらの報告では、1日当たりの総代謝量も12%(約200 kcal)増加し、
安静時の脂質代謝(脂質をエネルギー基質とする割合)も上昇しています。

否定的な研究
一方、レジスタンストレーニングには、代謝を高める効果をあまり期待できないとする
研究もいくつかあります。
代表的な研究はPoehlmanら(2002)によるものでしょう。
彼らは、若い健常女性に6ヶ月間レジスタンストレーニングを行わせた結果、除脂肪量は
平均1.3 kg増加したものの、1日当たりの総代謝量は全く変化しなかったと報告しています。
安静時代謝はわずかに増加しましたが、除脂肪量当たりに換算すると差が出ませんでした。

トレーニング方法が重要?
総合的に判断すると、3~6ヶ月のレジスタンストレーニングで除脂肪量を2 kg程度増量し、
安静時代謝を40~120 kcal/日ほど増やすことは可能でしょう。
ただ、40kcalという値は微妙な数値で、統計学的に意味をなさない場合もあるでしょう。
安静時代謝をより増やせるかどうかは、交感神経の活性化にかかっている可能性があります。
すでにご紹介した通り、レジスタンストレーニングによる交感神経と内分泌系の活性化には、
負荷の挙上速度やセット間インターバルなど、処方に現れにくい要素が強い影響を
与えますので、トレーニングのテクニックが重要になるのではないかと思います。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース183号(2007年11月発行)より転載

エアロビックが先かレジスタンスが先か

前回「ダイエットの基本原理を見直そう」で、体脂肪を減量するための「王道」はやはり運動で
あること、エアロビック運動には直接のエネルギー源として脂肪を代謝する(燃焼する)効果が
あり、一方レジスタンス運動には、筋量を増すことで安静時代謝を高めたり、ホルモン分泌を
刺激して脂肪の分解を促進したりする効果があることをお話ししました。
つまり、これらの両方のタイプの運動を行うのが理想的です。
私たちの研究グループでは、より効果的に体脂肪を減らすために、エアロビックとレジスタンスを
どのように組み合わせたらよいかを調べてきました。
「エアロビック運動でより効果的に脂肪を落とすには?」にも一部をご紹介しましたが、
最近その研究成果をいくつかの論文にまとめて欧米の学術誌に出版しましたので、
このテーマについて、もう少し詳しくお話ししましょう。

「教科書的」にはエアロビックから
トレーニングの教科書では、複数のタイプの運動やトレーニング種目を組み合わせる場合、
「最も重要な」ものから行うべきとされています(「プライオリティー」の原則)。
疲労していない、元気なうちに行った運動の方が、より効果が高いと考えられるからです。
したがって、「体脂肪を落とすこと」が最優先課題である場合には、脂質の代謝に最も効果的な
エアロビックをまず行い、残りの時間で筋肉を落とさないためにレジスタンスを行っておくという
のが、教科書的には正解です。

体脂肪の「分解」と「燃焼」
しかし、ここで前回のお話しを思い出してください。
体脂肪の代謝には、中性脂肪が脂肪酸とグリセロールに分解されるステップと、
脂肪酸とグリセロールの代謝(いわゆる「燃焼」)という2つのステップがあり、
この2つのステップを完結する必要があります。
まず、中性脂肪の分解には、アドレナリンや成長ホルモンなどのホルモンが重要です。
これらのホルモンの分泌はレジスタンストレーニングによって強く刺激されますので、
レジスタンス→エアロビックの順に運動を行った方がよいのではないかと類推されます。

脂肪の分解を促すレジスタンス運動
実際、Ronsenら(2002)は、レジスタンス運動を行うと、その後約48時間にもわたり安静時の
エネルギー消費(安静時代謝)が高く、脂質代謝も高まった状態が持続すると報告しています。
少量の成長ホルモンを静注した場合、1時間後から中性脂肪の分解産物である遊離脂肪酸の
血中濃度が上昇し始め、その後少なくとも6時間以上持続します。
したがって、Ronsenらの実験結果は、主に成長ホルモンによって脂肪が持続的に分解され、
エネルギー源として利用されやすい状態になっているためと解釈されます。

レジスタンス→エアロビックで脂質代謝が高まった
そこで、私たちは、

1)60分間のエアロビック(強度は50%最大酸素摂取量)のみを行う[Eタイプ]

2)30分間のレジスタンス(10RM強度で行う典型的な筋肥大タイプのトレーニング)の
 20分後に1)と同じエアロビックを行う[RE20タイプ]

3)同じレジスタンスの120分後に同じエアロビックを行う[RE120 タイプ]

の3通りのプログラムの効果を調べました。
その結果、エアロビック運動中の血中遊離脂肪酸濃度はRE120=RE20>E、
血中グリセロール濃度はRE20>RE120>Eとなりました。
さらに、呼気ガス分析(呼吸交換比)から計算した、エアロビック運動中の脂質代謝量(脂質の
酸化の程度)も、RE20>RE120>Eとなり、実際にレジスタンス→エアロビックの順で運動を
行うと、脂質代謝が増進することが確かめられました(Gotoら、2007)。

どのくらいのインターバルがいいか
しかし、上の結果には、予想外の面もあります。
成長ホルモンの注射では、1時間後に脂肪分解が始まり、2時間後にほぼ最大値に達しますので、
RE120が最も効果的であろうと予想したからです。
おそらく、より早く脂肪分解を刺激するアドレナリンやノルアドレナリンの効果が大きいものと
考えていますが、さらに詳細な検討が必要です。
いずれにしても、脂質代謝を高めるという観点では、レジスタンス→エアロビックの順序が
よいことは確実です。
そのインターバルについては、20分-120分の間で効果がありますが、
短い方がよいであろうというのが現時点での結論です。

順序を逆転すると成長ホルモンの分泌が起こらない
一方、順序を逆転して、エアロビック→レジスタンスにしたらどうでしょうか?
実はこの点については、より早く研究を行っていて、
エアロビック(上記と同様)→レジスタンス(上記と同様)の順に運動を行うと、
レジスタンス運動中の成長ホルモンの分泌が完全に抑えられてしまうことを
すでに報告しています(Gotoら、2005)。
この場合、その後の持続的な脂肪分解までは測定していませんが、少なくとも、
レジスタンストレーニングによる筋力強化の点では明らかにマイナスでしょう。

ウオームアップ程度では大丈夫
安全かつ効果的にレジスタンストレーニングを行うためには、10分程度、軽いエアロビックを
行ってウオームアップをする必要があります。
これでホルモン分泌が抑制されてしまっては困りものです。
しかし、心配は無用。この程度のエアロビックでは影響は皆無です。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース182号(2007年4月発行)より転載

ダイエットの基本原理を見直そう

エネルギーは消滅しない
基本的な物理法則のひとつに「エネルギー保存則」があります。
体脂肪は約7 kcal/g のエネルギーをもっていますが、このエネルギーが消滅すること、
すなわち「脂肪が消滅する」ことはありえません。
したがって、体脂肪を減量するためには、食事によるエネルギー摂取を減らすか、
運動によるエネルギー消費を増やすかして、総エネルギー収支を赤字にすることが絶対条件に
なります。
こうしたエネルギー収支のコントロールなしに、「これを食せば痩せられる」という食品や
サプリメントはありません。
また、体脂肪から遊離した脂肪がそのまま便や尿として排出されることもありません。

体脂肪の代謝には「分解」と「燃焼」の2つのステップがある
体脂肪の代謝には、中性脂肪が脂肪酸とグリセロールに分解されるステップと、
脂肪酸とグリセロールの代謝(いわゆる「燃焼」)という2つのステップがあります。
中性脂肪の分解には、いくつかのタイプのリパーゼという酵素がはたらきます。
脂肪細胞では、「ホルモン感受性リパーゼ」がはたらき、この酵素はアドレナリン、
プロスタグランジン、成長ホルモン、インターロイキン-6(IL-6)などで活性化されます。
体脂肪を減らすには、まずこのステップを活性化する必要があります。
しかし、分解された脂肪酸やグリセロールを次のステップで二酸化炭素と水にまで分解し
(燃焼)、エネルギー源として利用しなければ、最終的に脂肪を減らすことにはつながりません。

脂肪の代謝を完結する戦略1:有酸素運動
脂肪細胞から血中に遊離された脂肪酸とグリセロールは、骨格筋、心筋、褐色脂肪細胞などで
代謝され、エネルギー源になります。
この過程は、有酸素性代謝系でのみ行われます。
したがって、脂肪の代謝を完結するためには、エアロビックエクササイズを行うか、
体熱生産を高めるかのいずれかが必要になります。
しかし、運動そのものによるエネルギー消費は、残念ながらさほど大きくはありません。
例えば、30-45分ほどウオーキングをした場合には、100-150 kcalのエネルギー消費になります。
このうち、約半分が脂肪によって供給されますので、7-10 gくらいの脂肪が減ることになります。
すなわち、毎日ウオーキングしても、1ヶ月で減る脂肪はたかだか210-300 gと考えられます。

脂肪の代謝を完結する戦略2:筋量増加
もうひとつの戦略は、日常生活でのエネルギー消費を高めることです。これには、
筋量を増やすことが効果的です。
骨格筋は、体温維持に重要な役割を果たしていて、体熱生産の約60%、基礎代謝の約40%を
担っています。
したがって、筋量を増すことは、安静時代謝や基礎代謝の増加につながります。
いくつかの研究から、トレーニングによって筋量が1 kg増えると、安静時代謝が50-100 kcal/日
増えるとされています。
これは、何もしなくても30分ほどのウオーキングを行ったことに相当します。
このようなことから、前回ご紹介したように、レジスタンストレーニングとエアロビック運動を
上手に併用することが大事といえます。
逆に、下手なダイエットを行うことで、筋量を落としてしまうと、一時的に体重は減っても、
かえって太りやすい体質をつくってしまうことになります。

食事とサプリメントの効果
上の基本戦略に加え、必要に応じて食事によるカロリー制限を300 kcal/日ほど行えば、
1ヶ月に2 kg程度の脂肪を減量することも可能になります。
これがダイエットの「ゴールドスタンダード」と考えてよいでしょう。「1-2週間で楽々減量」は
理論的にありえません。
一方、脂肪の減量の助けになる栄養素やサプリメントも確かに存在します。
有酸素性代謝に必要なビタミンB類や、細胞内での脂質の輸送を助けるカルニチンなどが
その代表でしょう。
また、分岐鎖アミノ酸(BCAA)を含む混合アミノ酸は、運動時の筋タンパク質の分解を
抑制することが確かめられており、結果的にエネルギー供給における脂質への依存度を
(わずかに)高めると考えられます。
筋量の増加にもプラスの効果があることが分かっていますので、安静時代謝を高める
助けにもなるでしょう。
しかし、重要な点は、あくまでも運動とこれらを併用することで、長期的にみて
体脂肪を減らしたり、太りにくい体質をつくったりする効果があるということです。
この点をしっかり理解しておけば、ダイエットにまつわる怪しげな情報に振り回されずにすむと
思われます。

石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース181号(2007年2月発行) より転載

エアロビック運動でより効果的に脂肪を落とすには?

運動生理学では、「運動によって体脂肪を落とすには、低-中強度のエアロビック運動を
長時間行う必要がある」ということが半ば常識になっています。
実際、アメリカスポーツ医学会(ACSM)の2006年の指針でも、
「最大酸素摂取量の40-60%の強度(40-60%VO2max)の運動を、一般人では
最低20分以上、肥満の場合には45-60分持続すること」となっています。
これは原則的には正しいのですが、たとえ強度が低くとも、45-60分間も運動を持続するのは
簡単なことではありません。
そこで、「休み休みやっても効果があるのではないか?」という研究も
いくつか行われてきています。
私たちの研究グループでは逆に、「むしろ休みを途中に入れた方がより脂肪が落ちる」
という確証を得つつありますので、今回はこの点についてご紹介します。

運動の強さと脂質代謝
体内で脂質を分解してエネルギーを得るには、酸素を用いて酸化するしか手はありません。
したがって、運動によって直に体脂肪を減らそうとすると、エアロビック(有酸素)運動を
行う必要があります。
もちろん、安静時の代謝を高めて脂肪を減らすという、もう一方の戦略も重要ですが、
今回はエアロビック運動そのものに焦点を当ててお話しします。
安静時には、エネルギー源のうちの約半分を脂質が、残りの約半分を糖質が担っています。
運動を始め、強度を徐々に高めてゆくと、40-60%VO2maxくらいまでは、
同程度(約50%)の脂質依存度が維持されますが、この強度を超えると、
さらに必要となる分のエネルギーは主に糖質によってまかなわれるため、
糖質への依存度が高まります。
したがって、低-中強度の運動を長時間行った方が、効率よく脂肪を落とすことができるわけです。
時々、低-中強度の運動をした時にだけ脂肪燃焼のスイッチが入るかのように誤解されますが、
そのようなことはありません。

体脂肪の分解と脂質代謝
体脂肪の減量には、最終的に脂肪組織の中の脂肪細胞に蓄えられている中性脂肪を
減らす必要があります。
脂肪細胞内の中性脂肪は、ホルモン感受性リパーゼという酵素によって、
脂肪酸とグリセロールに分解されます。
これらが血中に遊離し、筋などに取り込まれてエネルギー源となります。
脂肪細胞のホルモン感受性リパーゼは、アドレナリン、ノルアドレナリン、成長ホルモン、
インターロイキン-6(IL-6)などのホルモンによって活性化されます。
一方、インスリンはこの酵素の活性を抑制し、同時に糖の取り込みを活性化します。

運動の持続時間と脂質代謝
血中の脂肪酸(遊離脂肪酸)とグリセロールを測りながら、低-中強度のエアロビック運動を
開始すると、なかなかこれらの濃度が上昇してこないことがわかります。
グリセロールは運動開始とともに徐々に上昇しますが、脂肪酸は15分ほどしてから徐々に
上昇しはじめます。
いずれも、はっきり上昇したと認められるまでには20分ほどかかりますので、
「20分以上運動を持続しないと脂肪は分解されない」ということになります。
グリセロールの上昇が比較的早いのは、おそらく細胞膜を通りやすいアルコールだからです。

運動中のホルモン変化
脂肪の分解と血中への放出がなかなか進まない理由のひとつは、ホルモン反応にあります。
低-中強度の運動ではホルモン応答が鈍く、血中のアドレナリン、成長ホルモンなどは
緩やかに増加し、インスリンも緩やかに減少します。
これと対局にあるのが、筋力トレーニングなどの強度の高い運動で、
これらのホルモンはす速く反応します。
実際、私たちのグループでは、エアロビック運動の前に筋力トレーニングを行うことで、
エアロビック運動中の脂質代謝が増強されることを見いだしました。

「中休み」を入れた方が脂肪の分解が高まる
さて、上記の「筋トレ→休息→エアロ」と同様の効果は、うまくすると
「エアロ→休息→エアロ」でも起こるかもしれません。
そこで私たちは、60%VO2maxの運動を1時間行う場合と、20分の休息をはさんで
30分ずつ行う場合で、ホルモン応答と脂質代謝がどのように異なるかを調べました。
その結果、アドレナリン、成長ホルモン、インスリンなどの応答は、運動を分割した方が
トータルとして大きくなることが分かりました。
また、血中の脂肪酸とグリセロールも、脂質へのエネルギー依存度も、
最終的には運動を分割した場合の方が高く、しかも運動終了後にもしばらく高いレベルが
維持されました(Gotoら、2006)。

理想的なプログラムは今後の課題
この結果は、あまりに長く運動を持続するより、適宜「中休み」を入れた方が、
脂肪の減量には効果的であることを示唆しています。
しかし、何故そうなのかはまだ不詳です。
おそらく、運動から脂質代謝に至る数多くのステップのうち、いくつかの箇所は運動を
一時停止してもしばらく「オン」の状態にある、すなわち自動車でいえば「アイドリング」のような
状態にあるためと想像されますが、今後の研究が必要です。
また、「最も効果的な運動時間と休息時間」を知るためにも、
数多くの実験を行ってゆく必要があるでしょう。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース180号(2006年12月発行) より転載

分岐鎖アミノ酸(BCAA)の効果のメカニズム

夏の暑い日に冷たいものを飲もうと自動販売機をのぞくと、最近では必ずといっていいほど
アミノ酸飲料が入っています。
缶コーヒーを買おうとして、ついアミノ酸飲料の方に手が行ってしまうこともよくあります。
アミノ酸サプリメントには飲料以外にもさまざまなタイプのものがありますが、
市販されているものの多くは、分岐鎖アミノ酸(Branched-chain amino acids: BCAA)を
主要成分としています。
近年、この分岐鎖アミノ酸の効果についての研究が進んできていますので、
今回はこの点についてご紹介します。

分岐鎖アミノ酸(BCAA)とは 
私たちの身体を構成するタンパク質は、20種類のアミノ酸が多数つながってできています。
この20種類のアミノ酸の中には、アミノ酸分子の骨格をつくる炭素鎖が二股に
枝分かれしているものがあり、これを分岐鎖アミノ酸(BCAA)といいます。
ロイシン、イソロイシン、バリンの三つがこれに属します。これらはいずれも、
体内で合成することができない「必須アミノ酸」であり、栄養素として外部から摂取する
必要があります。
筋肉を構成するタンパク質(筋タンパク質)には特にこのBCAAが多く含まれており、
総アミノ酸量の約35%を占めるとされています。

BCAAは筋疲労を軽減する 
私たちの研究グループは、BCAA が特に筋タンパク質に多く含まれていることに着目し、
10年余り前に、ある食品メーカーと共同研究を行いました。そのときの仮説は、
「筋タンパク質が分解されると、まずBCAAが分解産物として生成されるはずであるから、
予め外部からBCAAを摂取しておけば、激しい筋運動後の筋の分解が低減されるのではないか」
ということでした。
実際、筋の微小損傷を引き起こすような高強度のエキセントリック運動後の筋力低下(筋疲労)
も、筋力の回復速度もBCAAの摂取によって改善されることが実証されました。
この研究が論文になったのは4年前ですが(Sugitaら、2002)、おそらく現在のブームの
火種となったものと思います。さらに最近では、筋運動後の遅発性筋痛(いわゆる筋肉痛)も、
BCAAの摂取によって緩和されることが示されています(Shimomuraら、2006)。

軽度の運動でも筋タンパク質は分解される 
上の研究は、遅発性筋痛を生じるような激しい筋運動を対象としていますが、
筋タンパク質の分解は、こうした激しい運動後に限って起こることではありません。
筋の内部では、絶えずタンパク質の分解と合成が起こっていて、特に運動時や飢餓時など、
エネルギー需要が高まったときには分解が亢進します。
BCAAの分解の第一段階では、"BCKDH"という酵素がはたらきますが、運動を行うと、
この酵素の活性が高まり、BCAAの分解が促進されることも明らかになってきています。
水野ら(2006)は最近、低強度の自転車漕ぎを20分×3セット行ったときの
筋タンパク質の分解を測定し、実際に分解亢進が起こること、特に高齢者では
その程度が著しいことを報告しています。
さらに、運動開始10分後にBCAAを摂取すると、若齢者、高齢者のいずれのグループでも、
筋タンパク質分解が有意に抑制されたということです。この研究は、ジョギングや
ウオーキングのような低強度の持久的運動によっても筋タンパク質の分解が高まり、
適度なタイミングでBCAAを摂取することがそれを抑制することを示している点で重要です。

筋タンパク質の合成を促すBCAA 
一方、BCAAが筋におけるタンパク質合成や糖の代謝を調節するはたらきをもつことも
明らかになりつつあります。
BCAAのうちのロイシンは、遺伝子DNAの情報を写し取ったmRNAから最終的にタンパク質が
合成される段階(翻訳過程)にはたらき、タンパク質合成を促進すると考えられています。
さらに、ロイシンとイソロイシンはともに、筋によるグルコースの取り込みを促すことも
わかってきました。
こうしたことから、BCAAはインスリンと同様の作用をもつと考えられるようになってきています。
筋タンパク質が分解されたときに生成されるBCAAが、筋により多くのグルコースを
取り込ませることでタンパク質以外のエネルギー源を確保させ、同時に筋タンパク質の合成を
促して筋の機能低下を防ぐという、「保護機構」が内在していると解釈できるでしょう。

メタボリックシンドロームにも効果?
 このように、BCAAがインスリン様のはたらきをもつこと、さらにその作用が骨格筋に
内在すること、の2点は、メタボリックシンドロームの改善のためにもきわめて
有用であることを示唆しています。
インスリンは、筋のタンパク質合成を高め、多くの器官にはたらいてグルコースの取り込みを
促し血糖を下げます。
しかし、インスリンは脂肪細胞による糖の取り込みも促進するため、結果的に体脂肪の合成も
促してしまいます。
一方、BCAAは筋でのみ強い作用を発揮しますので、筋量の増加、体脂肪の減少、血糖の
低下にはより好都合といえます。LaymanとWalker(2006)によれば、
高タンパク(体重1kg当たり1.5g以上)、低糖質(1日150g以下)食が、糖尿病や
メタボリックシンドロームを効果的に改善しますが、こうした効果にはおそらく、高タンパク食に
含まれるBCAAが重要な役割を担っていると考えられます。


石井直方 東京大学大学院教授 理学博士

Kentaiニュース179号(2006年10月発行) より転載