「歩く」科学が示す減量法
- カテゴリ:スポーツ生理学
- 2010.03.04
以前は、健康づくりのための運動といえば、ジョギングやエアロビクスが代表でしたが、最近では
「速めに歩くこと」(Walking)が注目されています。
これは主に、筋肉や骨格に過大な負担がかからないという長所の故にですが、「歩く」ことを生理
学やバイオメカニクスから見ると、非常に良い面があることが分かります。
しかも、ボディビルダーや、減量を必要とする他のスポーツの選手にとって重要な、「いかにして
筋肉を残し脂肪を落とすか」という問題のヒントにもなり得るのです。
筋や骨を維持し、余分な脂肪だけを上手に落とすことは、健康づくりにのみならず、さまざまなス
ポーツにおいても重要です。
そのためには、糖質、脂質、アミノ酸(タンパク質の構成成分)からなっているエネルギー源のう
ち、脂質が多く使われる運動をすれば良いことになります。
さまざまな運動をしている時に、何がエネルギー源として使われているかを知ることは容易では
ありませんが、生理学的には可能です。
自動車のガソリンに、アルコールなどを混ぜ、それらの混合比を当てるゲームを想像して下さい。
いろいろな推論の方法がありますが、最も確かな方法は、排気ガスを分析することでしょう。
ヒトの場合も同じです。呼気と吸気のガス分析を行い、(体の外に排出された二酸化炭素の体
積)÷(体にとり込まれた酸素の体積)を計算します。
これを呼吸比(RQ)と呼びます。
ごく大ざっぱな言い方をすると、RQが1に近ければ、使われているにはほとんど糖質ですが、0.7
くらいであば、糖質、脂質ほぼ半分です。
運動の強さをさまざまに変えてRQを測ってみると、RQは運動強度が高いときに1に近く、運動強
度を下げるに従って小さくなることがわかります。
例えば、若い人では、心拍数が120~130/分程度になる運動(極めてゆっくり走るくらい)をする
時に、糖と脂質が半分ずつ使われていることになります。
また、運動をはじめてから脂質が使われはじめるまでには20~30分程度の時間がかかることも
わかっています。
つまり、脂肪をエネルギー源として使うためには、緩やかな運動を30分以上続ける必要があると
言えるでしょう。
余分なエネルギーを使うために「速めに歩く」ことが良いことは、バイオメカにクスからも示すこと
ができます。
まず、筋肉のエネルギー効率から見てみましょう。
筋肉が収縮するとき、仕事(力学的エネルギー)と熱を発生させます。
1秒間に筋肉が仕事をする量は、負荷の大きさが最大筋力の30%くらいのときに最大です。
1秒間に筋肉が発生する熱は、もう少し軽いところ(最大筋力の20%程度)で最大になります。
全エネルギーは仕事と熱の和ですから、負荷がかなり軽いときの方が、重いときよりエネルギー
の消費が大きいことになります。
この点からも、「速めに歩く」ことは、丁度良い負荷になると想像されます。
それでは、歩くこと自体のエネルギー効率はどうでしょうか。
運動をした時のエネルギー消費量は、先ほどと同様、呼気・吸気のガス分析を行い、体の中に取
り込まれた酸素の量(酸素摂取量)を測れば、これから推定することができます。
専門的にはむずかしい問題もありますが、大雑把に見積って、酸素摂取量が1リットルのとき、
5kcalのエネルギーを消費したと思って下さい。
この様な方法で、マルガリアという生理学者は、人が色々な速度で歩いたり、走ったりした時のエ
ネルギー消費を測りました。
1kmを移動するのにどれだけのエネルギーを使ったかをエネルギー効率とみなすと、歩くときに
は、(話しができすぎの様ですが)時速4kmが最も効率の良い速度になります。
このような速度で歩いている時には、銃身の上下動を前進のためのエネルギー獲得にうまく利用
し、「卵がころがる」様な運動をしていると考えられます。
一方、走る時には、上に向かって強くジャンプをしますので余分にエネルギーを使うことになりま
すが、エネルギー効率は速度によらずほぼ一定です。
速く走ってもあまりエネルギー効率が悪くならないのは、アキレス腱がバネの様な働きをしてエネ
ルギーを節約からだと言われています。
さて、歩く速度を4km/時から上げていくと、エネルギー効率も次第に悪くなり、8km/時ほどで、走
る場合と同じになります。(ですから、これ以上の速度で歩く競歩は驚くほどきつい運動なのです)
このことから、同じ距離を「速めに歩く」場合と、それなりの速度で走る場合とでは、同程度のエネ
ルギーを使うことになります。
しかも、歩く方が負荷は小さく、長時間かかりますので、脂質をたくさん使うと考えられます。
きびしいダイエット中に(低血糖で)高い強度の運動をむやみに行うと、「ストレスホルモン」と呼ば
れる糖質コルチコイド(副腎皮質ホルモン)が分泌されます。
このホルモンは、筋肉を残しながら脂肪を落とすためには、もちろん高い強度のトレーニングを続
ける必要があります。
しかし同時に、トレーニング前の低血糖を防止することと、脂肪を上手に使う工夫も大切です。
通勤時の歩く距離を増やしたり、気晴らしを兼ねて山歩きするのも一案でしょう。
石井直方 東京大学大学院教授 理学博士
Kentaiニュース101号(1993年10月発行)より転載
